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舌痛症に効く薬は?神経・ストレス・自律神経にアプローチする治療薬
公開. 更新. 投稿者: 4,887 ビュー. カテゴリ:栄養/口腔ケア.この記事は約5分8秒で読めます.
目次
舌痛症に効く薬とは?―神経・ストレス・自律神経にアプローチする治療薬の実際

「舌がヒリヒリする」「ピリピリ焼けるように痛い」
それなのに歯科で診てもらっても「異常なし」と言われてしまう——。
このような症状で悩む人が少なくありません。
それが「舌痛症(ぜっつうしょう)」と呼ばれる病態です。
舌の見た目は正常でも、慢性的な痛みや違和感が続くこの症状。
原因がはっきりしないことも多く、薬の選択に悩む患者・医療者も多いのが現状です。
舌痛症に対して実際に使われている薬、その根拠、そして臨床的な考え方を勉強します。
舌痛症とはどんな病気?
舌痛症(Burning Mouth Syndrome)は、見た目に異常がないにもかかわらず、
舌や口の中にヒリヒリ・灼熱感・違和感などが長期間続く慢性疼痛の一種です。
特徴的なのは、次のような症状です。
・舌先・舌の縁がピリピリ、焼けるように痛む
・夕方に痛みが強くなる
・食事中は軽くなることがある
・見た目には潰瘍や発赤がない
・ストレスや緊張で悪化する
中高年女性(特に更年期前後)に多く、
歯科・内科・耳鼻科など複数の診療科を回るケースも少なくありません。
舌痛症の原因 ― 「神経」と「心」の複雑な関係
舌痛症の原因はひとつではなく、次の要素が複雑に関わっています。
①末梢神経の感作(過敏化)
舌の感覚を司る「舌神経」が過敏になり、実際の刺激がなくても痛みを感じる。
②中枢神経の異常興奮
痛みを抑える脳内の神経伝達がうまく働かず、痛みの信号が強化される。
③自律神経のバランス異常
ストレスや更年期で交感神経が優位になると、痛みや乾燥感が強まる。
④心理的要因・うつ傾向
慢性的な痛みが不安や抑うつを引き起こし、悪循環に陥る。
⑤口腔内環境(乾燥・カンジダ・金属アレルギーなど)
刺激因子が重なると症状が増幅する。
したがって治療も、「痛みを抑える」「神経を整える」「ストレスを軽減する」という多面的アプローチが必要になります。
舌痛症に使われる薬の種類
舌痛症の薬物療法は、実際には「神経障害性疼痛」と「心身医学的疼痛」の両方にまたがっています。
そのため、痛み止め(NSAIDs)はあまり効果がなく、神経伝達を調整するタイプの薬が中心です。
① 神経障害性疼痛治療薬(第一選択)
プレガバリン(リリカ®)
・神経の過剰興奮を抑える薬。舌のピリピリ・灼熱痛に有効例が多い。
・少量(75mg/日程度)から開始し、300mg/日まで増量。
・副作用:眠気・ふらつき・浮腫など。
ミロガバリン(タリージェ®)
・プレガバリンの改良型。
・効果は同等ながら眠気・めまいがやや少ない。
・1日10〜15mgから。
アミトリプチリン(トリプタノール®)
・三環系抗うつ薬。神経痛の痛みを和らげる。
・10〜25mg程度から少量投与。
・抗コリン作用(口渇・便秘)に注意。
デュロキセチン(サインバルタ®)
・SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)。
・神経障害性疼痛と抑うつ症状の両方を改善。
・20〜40mg/日で使用。
これらはすべて「痛みの感じ方そのものを下げる薬」であり、
「鎮痛薬」というよりも「神経回路を調整する薬」です。
② 精神・自律神経を整える薬
抗不安薬(エチゾラム、アルプラゾラムなど)
・舌の緊張感や灼熱感がストレスで増悪する場合に有効。
・長期連用は依存に注意。短期的サポートとして用いる。
抗うつ薬(SSRI・SNRI)
・痛みに伴う不安・うつの悪循環を断つ。
・デュロキセチン、パロキセチン、エスシタロプラムなど。
自律神経調整薬・漢方薬
・加味逍遥散、柴胡加竜骨牡蛎湯、半夏厚朴湯などが用いられる。
・更年期や不安を背景にした症例では有効例あり。
③ 栄養補助薬・神経修復サポート
ビタミンB12(メコバラミン:メチコバール®)
・神経修復作用を持つ。
・末梢神経障害に対してしばしば併用される。
・舌神経の感作が疑われる場合に。
鉄剤
・舌乳頭萎縮や貧血に伴う舌痛に。
・鉄欠乏性貧血がある場合には必須。
亜鉛製剤
・舌粘膜修復や味覚異常を伴う場合に使用されることもある。
④ 局所療法・対症療法
リドカイン含嗽:短時間の鎮痛目的。
人工唾液スプレー:乾燥による刺激軽減。
クロミプラミン含嗽(研究段階):局所的に抗うつ薬を作用させる試み。
いずれも根治には至りませんが、「痛みの緩和」「生活の質の向上」に寄与します。
プロテカジン(ラフチジン)は本当に効くのか?
一部の歯科口腔外科医の間で話題となったのが、H₂ブロッカーのラフチジン(プロテカジン®)です。
本来は胃酸分泌抑制薬ですが、中枢性の鎮痛作用を持つことが報告されています。
仮説的な作用メカニズム
・ヒスタミンH₂受容体を遮断し、痛み伝達経路(脊髄後角)での感作を抑制する。
・自律神経のバランスを整える可能性。
・唾液分泌を間接的に促すことで、乾燥刺激を軽減。
臨床報告
・国内での小規模報告では、舌痛症患者の約半数に症状軽減がみられたとの報告あり。
・ただしプラセボ対照試験は行われておらず、エビデンスレベルは低い。
・保険適応はなく、あくまで「経験的使用」とされる。
位置づけ
通常の治療(プレガバリン・アミトリプチリンなど)が効かない場合の補助的選択肢として検討されることがある。
効果があっても一過性のことが多く、単剤治療での根治は難しい。
舌痛症治療の実際 ―「痛みとともに生きる」アプローチ
舌痛症は、患者にとって非常につらい病気です。
しかし同時に、医療者にとっても「治療が難しい疾患」の一つです。
その理由は、器質的な異常が見つからないこと。
つまり「検査で何も出ないのに痛い」という状態は、痛みを可視化できない医療の限界を突きつけます。
だからこそ、治療の目標は「完全に痛みを消す」ではなく、
「痛みと共存しながら、生活の質(QOL)を取り戻す」
に置かれます。
薬物治療はそのためのサポート役であり、
痛みの回路を少しずつ鎮め、自律神経や心理的ストレスを整えることが目的です。
生活面での工夫
薬だけでなく、生活上の工夫も非常に大切です。
・口の乾燥を防ぐ(こまめな水分摂取、ガム・飴など)
・辛い・熱い・酸っぱい刺激物を避ける
・ストレスを溜め込まない(睡眠・運動・リラックス)
・舌を過剰に触らない(気にしすぎが痛みを増幅させる)
・更年期のホルモンバランスに対して婦人科で相談することも
おわりに ― 舌痛症は「心と神経の病」
舌痛症は、器質的な病気ではなく神経と心のバランスの病気とも言われます。
「気のせい」では決してありません。
痛みを感じているのは確かであり、神経の過敏化が背景にあることが科学的にも明らかになっています。
プレガバリンやデュロキセチンといった神経調整薬、
ストレスを整える抗不安薬や漢方薬、
そしてラフチジンのような新しい視点の薬。
どの薬も「痛みをどう感じるか」という脳の仕組みを少しずつ変えるアプローチです。
舌痛症の治療は「神経を鎮め、心をほぐす」二本柱。
根気よく向き合えば、確実に改善していくケースも多いのです。




