2025年8月1日更新.2,556記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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ボツリヌス菌がシワを取る?

ボツリヌス菌がシワを取る?医療と美容に使われる“毒”の正体とは

「ボツリヌス菌」と聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは「食中毒」や「神経麻痺」といった恐ろしいイメージでしょう。

実際、ボツリヌス菌が産生するボツリヌストキシン(A型ボツリヌス毒素)は、非常に強力な神経毒で、食中毒として摂取した場合には、筋肉麻痺から呼吸停止に至ることもあります。

ところが、この猛毒が医療や美容の世界では“治療薬”として用いられているのです。
その代表が「ボトックス注射」。

ボツリヌス菌とは?毒素の基本作用

ボツリヌス菌は、Clostridium botulinum(クロストリジウム・ボツリナム)という偏性嫌気性の細菌で、土壌や水中など自然界に広く存在しています。

この菌が産生するボツリヌストキシン(神経毒)は、ヒトにとって最強クラスの毒性を持つ物質として知られています。

◆神経毒としてのメカニズム:
・ボツリヌストキシンは、神経から筋肉への指令伝達(アセチルコリンの放出)をブロックします。
・その結果、筋肉が動かなくなり、弛緩性の麻痺が起こります。
・重症例では、呼吸筋が麻痺して死亡に至るケースもあります。

医療への応用:ボツリヌストキシンの転用

この強力な神経遮断作用を逆に利用したのが医療用ボトックス注射です。
1980年代以降、神経筋接合部の異常な活動を抑える目的で、様々な病気の治療に応用されてきました。

医療的適応例:
・眼瞼けいれん(まぶたのけいれん)
・顔面けいれん
・痙性斜頸(首の筋肉の緊張)
・痙縮(脳卒中後の筋肉のつっぱり)
・過活動膀胱
・多汗症(ワキなどの過剰な発汗)

とくに、顔面の不随意運動(ピクピク動く)やけいれんを抑える治療には高い効果を示し、注射により脳から筋肉への指令を一時的に遮断することで、症状を和らげます。

美容整形とボトックス:シワを取る仕組みとは?

美容医療での使用が一気に広まったのは、「シワを目立たなくする作用」が注目されたことがきっかけです。

◆表情筋とシワの関係:
顔の表情筋(眉間、額、目尻など)は、喜怒哀楽の表情に応じて収縮します。
その収縮が繰り返されることで、肌に「表情ジワ」が刻まれていきます。

ここにボツリヌストキシンを注射すると、

・表情筋の過剰な収縮が抑えられ
・表情ジワが薄くなる、あるいは予防できる

というわけです。

◆主な適応部位:
・眉間の縦ジワ
・額の横ジワ
・目尻の笑いジワ
・顎の梅干しジワ など

2009年には、日本でも「65歳未満の成人における眉間の表情ジワ」を効能・効果とする「ボトックスビスタ」が厚生労働省に承認され、アンチエイジング分野でも正式に使用されるようになりました。 なお、美容目的でのボトックスは保険適用外(自由診療)です。

過剰注入のリスク:「仮面様顔貌」とは?

ボトックス治療でしばしば指摘されるのが、「表情が乏しくなる」という副作用です。

これは、筋肉の収縮が過度に抑制されてしまった結果、

・額が動かない
・眉が上がらない
・笑っても目尻が動かない

など、「仮面様顔貌(マスクフェイス)」になることがあります。

したがって、美容目的でのボトックス注射は、医師の熟練度や使用量、注入部位のバランスが極めて重要です。

多汗症への効果:汗腺にも効く

ボツリヌストキシンの作用は、筋肉だけでなく、汗を分泌するエクリン腺にも影響を与えます。

そのため、

・腋窩多汗症(ワキ汗)
・手掌多汗症(手汗)
・足底多汗症(足裏の汗)

といった症状にも、ボトックス注射が用いられています。

この用途においては、保険適応されるケースもあるため、医療機関での相談が可能です。

ボトックスは片頭痛にも効く?

「しわが取れて、頭痛も治るなら一石二鳥」――そんな夢のような話は本当なのでしょうか?

実は、A型ボツリヌストキシン製剤は、片頭痛の予防薬として欧米で保険適応を取得しています。
とくに慢性片頭痛(1か月に15日以上発症するケース)において、効果があるとされます。

◆英国や米国での使用状況:
・英国ではNICE(英国立医療技術評価機構)が、既存治療で効果がなかった慢性片頭痛に対してボトックスの使用を推奨
・米国FDAでも、慢性片頭痛の予防薬としてボトックスを承認

◆他の薬との比較:
トピラマート、アミトリプチリン、バルプロ酸ナトリウムなどと比較して、大きな優位性は示されなかったという報告もあり。

ボトックスを使用する際の注意点

◆禁忌と注意事項:
・妊婦・授乳婦への安全性は確立されていません。
・神経筋疾患(重症筋無力症など)のある方は、慎重に。
・投与後はまれに抗体ができて効果が減弱することもあります。

また、注射部位や使用目的によって医師の専門性が求められるため、美容クリニックなどを選ぶ際にも信頼できる施設での相談が望まれます。

まとめ:毒にも薬にもなるボツリヌス菌

ボツリヌス菌が作り出す強力な毒素は、使い方によっては、

・けいれんや多汗症などの治療
・表情ジワの改善
・慢性片頭痛の予防

といった多くの医療・美容分野で役立つ「毒をもって毒を制す」薬へと生まれ変わりました。

ただし、適応や効果には個人差があり、リスクも伴う治療です。
安易に「シワが取れる」「頭痛が治る」と期待しすぎることなく、十分な説明を受け、信頼できる医療機関で相談することが大切です。

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