2025年12月28日更新.2,702記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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ボツリヌス食中毒では便秘になる?

ボツリヌス食中毒では便秘になる?―「食中毒=下痢」という常識が通用しない理由

食中毒と聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは
下痢、腹痛、嘔吐ではないでしょうか。

実際、サルモネラ、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、ノロウイルスなど、
一般的な食中毒の多くは「腸炎」を起こし、激しい下痢を伴います。

ところが、
ボツリヌス食中毒では、下痢ではなく「便秘」を起こすことがある
と聞くと、驚く人も多いはずです。

「食中毒なのに便秘?」
「本当にそんなことがあるの?」

結論から言えば、
これは事実です。

しかもそれは偶然ではなく、
ボツリヌス食中毒の本質を表す、非常に重要な特徴なのです。

食中毒なのに便秘?

一般的な食中毒
 → 腸が刺激されて動きすぎる
 → 下痢が起こる

ボツリヌス食中毒
 → 腸の神経が麻痺する
 → 腸が動かなくなる(便秘)

つまり、
病態の方向性が真逆なのです。

そもそもボツリヌス食中毒とは?

ボツリヌス食中毒は、
ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が産生する毒素によって起こる中毒です。

ここで重要なのは、

怖いのは「菌」そのものではなく
菌が作り出す毒素

という点です。

ボツリヌス毒素は、
自然界に存在する毒の中でも最強クラスの神経毒として知られています。

一般的な食中毒との決定的な違い

一般的な食中毒の仕組み
多くの食中毒では、
・細菌やウイルスが腸管内で増殖
・腸粘膜に炎症が起こる
・腸の分泌や蠕動運動が亢進する

この結果として、
・下痢
・腹痛
・嘔吐

が起こります。

つまり、
腸が「過剰に働く」状態です。

ボツリヌス食中毒の仕組み

一方、ボツリヌス食中毒では事情がまったく異なります。

・腸が炎症を起こすわけではない
・腸管が刺激されるわけでもない

代わりに起きているのは、

神経の働きが止められること

です。

ボツリヌス毒素は何をする毒なのか

ボツリヌス毒素は、
神経と筋肉の連絡を遮断する毒素です。

具体的には、
・神経末端から
・アセチルコリンの放出を阻害します。

アセチルコリンは、
・骨格筋を動かす
・自律神経として腸を動かす
・唾液や消化液を分泌させる

といった、生命活動に欠かせない神経伝達物質です。

腸で起きていること:だから便秘になる

腸の動き(蠕動運動)は、
主に副交感神経(アセチルコリン)によって調節されています。

ところがボツリヌス毒素によって、

・アセチルコリンが出ない
・腸管神経が働かない

という状態になると、

・腸が動かなくなる
・便を送り出せない

結果として、
下痢ではなく便秘が起こるのです。

これは、

消化管で増殖する細菌は普通は下痢を起こすが、
ボツリヌス菌は腸管を麻痺させるので、むしろ便秘になる

これは、ボツリヌス食中毒を理解するうえで重要なポイントです。

便秘だけではない:ボツリヌス食中毒の症状

ボツリヌス食中毒の症状は、
「下から上へ」進行する神経麻痺が特徴です。

消化管・自律神経症状
・便秘
・腹部膨満感
・口渇(唾液が出にくい)

眼・顔の症状
・眼瞼下垂
・複視
・かすみ目

進行すると…
・嚥下障害
・構音障害
・四肢の筋力低下

最も怖い症状
・呼吸筋麻痺

これが最も致命的です。

最も怖いのは呼吸が止まること

ボツリヌス毒素の作用が進行すると、
・横隔膜
・肋間筋

といった呼吸に必要な筋肉まで麻痺します。

その結果、
・自力で呼吸ができなくなる
・人工呼吸管理が必要になる

場合もあります。

この点から、ボツリヌス食中毒は
単なる食中毒ではなく、命に関わる中毒と位置づけられています。

赤ちゃんにハチミツを食べさせてはいけない理由

ここで、乳児ボツリヌス症の話に移ります。

「1歳未満の赤ちゃんにハチミツは禁止」

この注意書きを見たことがある人は多いでしょう。

理由は、
乳児ボツリヌス症の危険があるからです。

ハチミツとボツリヌス菌の関係

ハチミツそのものが「毒」というわけではありません。

問題なのは、
・ハチミツの中に
・ボツリヌス菌の芽胞が混入していることがある

という点です。

芽胞とは何か?

芽胞とは、
・菌が生存に適さない環境(高温、乾燥、栄養不足など)に置かれたときに作る
・非常に硬い殻に包まれた休眠状態
のことです。

芽胞の特徴は、
・ほとんど代謝しない
・増殖しない
・通常の加熱では死なない
という点にあります。

なぜ赤ちゃんが危ないのか

健康な大人の腸内では、
・腸内細菌叢
・胃酸

などの働きによって、
芽胞が発芽・増殖することはほとんどありません。

しかし、
・乳児では腸内細菌叢が未熟
・胃酸分泌も弱い

そのため、

・芽胞が腸内で発芽し、ボツリヌス菌が増殖
・腸内で毒素が作られる

これが乳児ボツリヌス症です。

乳児ボツリヌス症の症状

乳児では、
・便秘
・哺乳力低下
・泣き声が弱くなる
・全身の筋力低下
といった症状が現れます。

ボツリヌス菌の出す毒素には、非常に強力な神経麻痺作用があります。
そのために乳児の全身の筋が動かなくなることもあります。

ボツリヌスが「菌より毒が怖い」理由

ここで改めて重要な点を整理します。

・ボツリヌス菌そのものが侵入するのが問題なのではない
・毒素が産生されることが最大の問題

ボツリヌス毒素は、
・神経伝達を遮断
・筋肉を動かせなくする
・呼吸筋も例外ではない

ため、
適切な治療が遅れると致命的です。

なぜ「下痢がない食中毒」は要注意なのか

臨床的に非常に重要なのは、

・食事歴がある
・体調不良が出ている
・しかし下痢や嘔吐が目立たない

にもかかわらず、

・便秘
・口渇
・視覚異常

といった症状がある場合です。

これは、
ボツリヌス食中毒を疑うべき重要なサインです。

まとめ:ボツリヌス食中毒では便秘になる?

最後に要点をまとめます。

✔ ボツリヌス食中毒では便秘が起こりうる
✔ 原因は腸炎ではなく「神経麻痺」
✔ アセチルコリン放出阻害により腸が動かなくなる
✔ 最も怖いのは呼吸筋麻痺
✔ 乳児ではハチミツがリスクになる

「食中毒=下痢」という常識が当てはまらない代表例
それがボツリヌス食中毒です。

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