記事
注射針だけの処方はダメ?
公開. 更新. 投稿者:調剤/調剤過誤.この記事は約4分34秒で読めます.
6,674 ビュー. カテゴリ:目次
患者が「注射針だけ欲しい」と言ってきたら?

糖尿病患者などが自己注射で使用するインスリンやGLP-1受容体作動薬など、日常的に注射製剤を使用するケースは増えています。
こうした中で時々起こるのが、「注射針(ペン型用)だけ処方してほしい」という希望です。
しかし、薬局側では「注射針だけの処方せんはダメなんです」と断らざるを得ないことが多く、患者や医師から「なぜ?」と問われて困る薬剤師も少なくありません。
今回はこの問題について、
・法令・通知の内容
・レセプト実務の現状
・薬局が取るべき対応
・「知らなかった」医師への説明のコツ
などを中心に、実務目線で掘り下げてみましょう。
そもそも「注射針だけの処方はダメ」ってどういう意味?
結論からいえば、
「注射器、注射針のみの処方せん投与は原則認められない」
という取り扱いが、診療報酬の算定ルールに関する通知(厚労省/地方厚生局)で明記されているからです。
▶ 通知の内容(要旨)
「注射器、注射針又はその両者のみを処方せんにより投与することは認められない。」
この文言により、注射剤本体が記載されていない処方せんで、注射針のみを保険調剤として交付することはできないと解釈されています。
なぜ注射針だけの処方が問題になるのか?
注射針は、あくまでも注射製剤と「セット」で使用されるものであり、単体では薬効を持ちません。そのため、単独での保険投与は「投薬」として認められない扱いになっているのです。
保険診療の世界では、「医薬品の交付」は薬効のある医薬品を必要とする治療行為の一環として認められます。
注射針や注射器のような「器具」だけを交付しても、それが単独で治療に寄与するものとはみなされない、というのが制度上の立て付けです。
レセプト請求と注射針:グレーゾーンの現実
ところが、実際の現場では、
・注射薬本体はまだ余っているが、針だけが先になくなってしまう
・患者が紛失・破損して針だけ必要になる
・医師が「針だけでいいよ」と軽く考えて処方せんを出してくる
といった場面は多々あります。
このようなとき、薬局が困るのは「保険請求できるのか?できないのか?」という点です。
▶ 支払基金への問い合わせ事例
ある薬局では、レセプト支払基金に問い合わせたところ、
「○月○日処方分の注射薬に対し、注射針のみ追加処方」とレセプトコメントに記載すれば認められることがある。
という回答を得たケースもあります。
つまり、「あくまでも前回処方された注射薬の一部としての補充である」という文脈を明示すれば、レセプト査定を回避できる可能性がある、という判断です。
ただしこれは自治体や審査機関によって解釈に差があるため、すべてのケースで通用するわけではありません。
医師が「知らずに」処方してくるケースも多い
現場でよくあるのが、医師側が「注射針単独処方NG」のルールを知らないパターンです。
「患者が針だけ欲しいって言ってたから、針だけ処方したよ」
「薬剤は前回出したばかりだから、今回は針だけでいいでしょ?」
といった会話が交わされますが、薬局としては「処方せん料の算定ができない可能性がある」「制度違反にあたる可能性がある」ため、調剤を見送る、あるいは処方内容の修正依頼が必要になります。
ではどう対応する?薬局での対応例
【原則】注射薬本体とセットで処方してもらう
→ 最も安全でトラブルのない対応。
→ 医師に「注射針のみは調剤できません」と伝えて、前回と同じ注射薬本体を1本でも記載してもらう。
【例外的対応】レセプトコメント対応(自治体・基金確認)
→ 過去の処方薬との関連性がある場合に限り、
「○月○日処方分に関連する補充分として注射針追加」などのレセプトコメントで対応。
※ただし、自治体や保険者により認められない場合があるため、事前の確認が必須。
実際に起こりうるリスクと薬剤師の責任
注射針単独処方を誤って調剤し、保険請求してしまった場合、
・調剤報酬の返還(返戻)
・薬局の信頼低下
・患者とのトラブル
などのリスクが生じます。最悪の場合、繰り返し発生すれば薬局監査での指導・改善命令や行政処分の対象になる可能性もあります。
まとめ:制度のスキマを埋めるのは、現場の判断と説明力
「注射針だけの処方はダメ」というルールは明文化されていますが、現実には患者の生活や医師の判断が絡むため、現場での柔軟な判断と丁寧な説明が求められます。
薬剤師は単に法律を盾に「ダメです」と断るのではなく、
・なぜそれが問題なのか
・どのような方法で対応可能か
・医師への訂正依頼の方法
などを含めた、建設的なコミュニケーション能力が必要です。
患者にとっては「ただの針」でも、制度的には「投薬とはみなされない器具」である。
このギャップをどう埋めるかが、薬剤師の専門性の発揮される場面といえるでしょう。