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鉄剤の吸収と用法─鉄剤の用法は空腹時?食後?
公開. 更新. 投稿者: 20,308 ビュー. カテゴリ:血液/貧血/白血病.この記事は約5分58秒で読めます.
目次
鉄剤の吸収と用法

鉄欠乏性貧血は、日本で最も一般的な貧血であり、女性、妊婦、小児、高齢者まで幅広い層で見られる。
その治療の中心となるのが経口鉄剤であるが、医療現場ではしばしば「食後でいいのか?」「空腹時の方が吸収が良い?」「薬によって用法が違うのはなぜ?」といった疑問が生じる。
実際、鉄剤には 二価鉄(Fe²⁺) と 三価鉄(Fe³⁺) の違い、pH依存性の違い、キレート構造の有無、リン吸着作用の有無など、製剤ごとの大きな特性差がある。
それらが「食後」「空腹時」「食直後」という用法の違いに直結している。
鉄剤のそれぞれの特徴・吸収・適応・用法の違いを勉強していきます。
鉄の吸収メカニズム──Fe²⁺とFe³⁺の違いを理解する
鉄の吸収は、体内の金属吸収の中でも特に複雑である。
鉄は主に十二指腸から吸収されるが、吸収できるのは「二価鉄(Fe²⁺)」のみである。
● 食事中の鉄は2種類に分かれる
| 種類 | 主な食品 | 形態 | 吸収率 |
|---|---|---|---|
| ヘム鉄(Fe²⁺) | 肉・魚 | タンパク結合 | 約20〜30% |
| 非ヘム鉄(Fe³⁺) | 野菜・穀物 | Fe³⁺として存在 | 数% |
非ヘム鉄(Fe³⁺)は胃酸でFe²⁺に還元されて初めて吸収可能となる。
胃酸とpHが鉄吸収に与える影響
鉄の吸収には、胃酸とpHが深く関わる。
▼ 胃酸が十分にある場合
・Fe³⁺ → Fe²⁺に還元
・鉄が溶けやすい
・空腹時は胃が強酸性
→ 吸収が最も良い
▼ 胃内pHが高いと?
以下の要因でpHが上昇すると、不溶化が起こり吸収が落ちる。
・食後(胃酸が希釈される)
・PPI、H₂ブロッカー
・制酸剤(酸化Mg、炭酸Ca、炭酸水素Na)
・胃切除後
・高齢者の低酸症
特に 硫酸鉄(乾燥硫酸鉄:フェロ・グラデュメット) は、pHが上がると Fe(OH)₃の高分子重合体(ポリマー) を形成し、吸収が著しく低下する。
現在使われる鉄剤4製品の特徴と用法
①フェロミア(クエン酸第一鉄ナトリウム)
—最も安定・副作用が少ない“万能型”鉄剤—
● 特徴
・二価鉄(Fe²⁺)製剤
・クエン酸と安定したキレート(錯体)構造を形成
・酸性〜中性〜塩基性まで広いpH域で溶ける
・pHが高くても不溶化しない(ポリマー化しない)
・胃腸障害が比較的起こりにくい
胃切除後やPPI服用中でも吸収低下を起こしにくく、
最も“扱いやすい鉄剤”として広く使用されている。
● 用法
「鉄として1日100~200mg(2~4錠)を1~2回に分けて食後経口投与する。」
・副作用(吐き気・胃痛)を起こしにくい
・食後でも十分に吸収される
・ビタミンC併用の必要がない(クエン酸との複合体のため)
● 実臨床での位置づけ
・妊婦、小児、高齢者にも安心
・鉄剤の中で最も処方頻度が高い
・シロップ、錠剤、顆粒が使いやすい
②インクレミンシロップ(溶性ピロリン酸第二鉄)
—小児・妊婦に使われる三価鉄(Fe³⁺)製剤—
● 特徴
・三価鉄(Fe³⁺)製剤
・胃酸によりFe²⁺へ還元されて吸収される
・シロップで、小児が飲みやすい
・胃に対する刺激は比較的弱い
・フェロミアほどpH耐性は高くない
● 用法
「1日3~4回に分けて経口投与する。」
・添付文書上は服用時点の指示はなし。
・PPI併用中では吸収低下の可能性がある。
③リオナ錠(クエン酸第二鉄水和物)
—高リン血症治療薬だが、鉄剤としての特性も持つ“ハイブリッド型”—
リオナ錠は元々 高リン血症治療薬(リン吸着剤) として開発された。
しかし、有効成分が鉄(Fe³⁺)であるため、鉄欠乏性貧血の治療にも応用されている。
● 特徴
・三価鉄(Fe³⁺)
・クエン酸とのキレート構造により、三価鉄としては溶解性が高い
・pH依存性は低〜中(フェロミアに近い)
・食後でも吸収可能
・リン吸着が主目的
● 用法
「クエン酸第二鉄として1回500mgを1日1回食直後に経口投与する。患者の状態に応じて適宜増減するが,最高用量は1回500mgを1日2回までとする。」
・食事由来のリンを吸着するため、食直後が必須
・三価鉄だがキレート安定性が高いため、食後でも吸収される
● 位置づけ
・透析患者など「高リン血症+鉄欠乏性貧血」を併存するケースで合理的
・吸収効率はフェロミアより弱めだが実用上問題なし
④フェロ・グラデュメット(乾燥硫酸鉄)
—空腹時が主の“吸収最優先型”鉄剤—
● 特徴
・二価鉄(Fe²⁺)製剤
・徐放製剤(胃でゆっくり溶ける)
・pHが高いと不溶性ポリマー(Fe(OH)₃)を形成し吸収低下
・副作用(悪心、腹痛)が出やすい
● 用法
「鉄として、通常成人1日105~210mgを1~2回に分けて、空腹時に、又は副作用が強い場合には、食事直後に、経口投与する。」
・副作用が強い場合にのみ食後可。
● 位置づけ
・吸収効率を最優先する場面
・しかし副作用が強く、現在では使用頻度は減少傾向
食後?空腹時?食直後? 製剤ごとの違い早見表
| 商品名(一般名) | 鉄の状態 | pH依存性 | 用法 | コメント |
|---|---|---|---|---|
| フェロミア(クエン酸第一鉄) | Fe²⁺ | 低 | 食後 | 最も安定 |
| インクレミン(溶性ピロリン酸第二鉄) | Fe³⁺ | 中 | 食事の影響なし | 飲むタイミングを選ばない |
| リオナ(クエン酸第二鉄水和物) | Fe³⁺ | 低〜中 | 食直後 | リン吸着目的 |
| フェロ・グラデュメット(乾燥硫酸鉄) | Fe²⁺ | 高 | 空腹時 | pHに弱い |
副作用と対策──継続できる飲み方が最も重要
鉄剤の副作用には以下がある:
・吐き気
・腹痛
・胸やけ
・便秘
・下痢
・便が黒くなる(無害)
● 主な対策
・食後に変更する
・就寝前に飲む
・フェロミアなど胃に優しい製剤に変更
・少量から開始して漸増
・制酸剤を併用(吸収は落ちるが忍容性改善)
吸収率より 継続できるかどうか が治療効果を左右する。
食事による吸収阻害・促進
▼ 吸収を阻害するもの
・カルシウム(牛乳、ヨーグルト)
・タンニン(茶、紅茶、コーヒー)
・食物繊維
・フィチン酸(玄米)
・制酸剤
※ただし、緑茶程度では臨床的影響は軽微。
▼ 吸収を促進するもの
・ビタミンC(ただし胃を刺激する)
・肉類(ヘム鉄を含み、非ヘム鉄吸収も促進)
まとめ──鉄剤は「同じ鉄」ではない。用法の違いには必ず理由がある
鉄剤は、鉄の価数、pH依存性、錯体構造、副作用プロファイル、リン吸着作用など、製剤ごとに大きく性質が異なる。
そのため、用法が「食後」「空腹時」「食直後」と違うのは当然の結果である。
▼ 一言でまとめると
・フェロミア(クエン酸第一鉄):食後。最も安定した鉄剤
・インクレミン(溶性ピロリン酸第二鉄):食後。小児に最適
・リオナ錠(クエン酸第二鉄水和物):食直後。リン吸着目的のため
・フェロ・グラデュメット(乾燥硫酸鉄):空腹時。吸収最優先
▼ 治療成功に最も必要なのは?
「患者さんが続けられる飲み方を選ぶこと」
吸収率が多少変わっても、継続することで鉄欠乏性貧血は確実に改善する。
薬剤師は患者の生活背景に応じて、最適な製剤と最適な飲み方を提案することが求められる。




