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NSAIDsと心血管リスク:「心筋梗塞」「脳血管障害」の重大な副作用追記
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目次
添付文書に「心筋梗塞」「脳血管障害」が加わった理由

2024年10月、厚生労働省の指導により、アスピリンを除くすべてのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の添付文書に、新たな重大な副作用として「心筋梗塞」「脳血管障害」が明記されました。
これまでNSAIDsの副作用といえば、「胃潰瘍・腎障害」が代表格でしたが、今回の改訂により、NSAIDsが「血管にも影響を及ぼす薬」であることが正式に明確化されたといえます。
NSAIDsの基本作用:COX阻害によるプロスタグランジン生成抑制
NSAIDsは「シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害」によって作用します。
COXには大きく分けてCOX-1とCOX-2があり、それぞれ体内で異なる役割を担っています。
| 酵素 | 主な発現部位 | 産生するPG | 主な作用 |
|---|---|---|---|
| COX-1 | 胃・腎・血小板などに恒常的に存在 | TXA₂など | 胃粘膜保護、血小板凝集促進、血管収縮 |
| COX-2 | 炎症時・損傷時に誘導発現 | PGI₂など | 血管拡張、血小板凝集抑制、発熱・痛みの伝達 |
NSAIDsは、これらの酵素を阻害することで炎症性のプロスタグランジン(PG)生成を抑制し、
鎮痛・抗炎症・解熱といった効果を発揮します。
しかし同時に、COXが担っていた生理的な防御機能まで阻害してしまうことが副作用の原因となります。
胃障害・腎障害・そして血管機能への影響も、その延長線上にあります。
COXと血管のバランス:TXA₂とPGI₂の綱引き
血管・血小板の機能は、COX-1とCOX-2が作り出す2つのプロスタグランジンのバランスによって保たれています。
| 物質 | 由来 | 主な作用 | 血管・血小板への影響 |
|---|---|---|---|
| トロンボキサンA₂(TXA₂) | COX-1 | 血小板凝集促進、血管収縮 | 血栓を作りやすくする |
| プロスタサイクリン(PGI₂) | COX-2 | 血小板凝集抑制、血管拡張 | 血栓を防ぐ |
通常、TXA₂(血栓促進)とPGI₂(血栓抑制)が拮抗し、
血液の流れが“ちょうどよいバランス”に保たれています。
NSAIDsがCOXを阻害すると、このバランスが崩れます。
どちらのCOXをどの程度阻害するかによって、血管への影響の出方が変わります。
COX-2選択阻害薬が注目された理由と、その後の警告
1990年代後半、「胃潰瘍を減らすNSAID」として登場したのがCOX-2選択的阻害薬(コキシブ系)です。
COX-1を抑えずCOX-2だけを阻害すれば、胃粘膜保護作用を損なわずに炎症だけを抑えられる――
そんな理想を掲げて開発されました。
しかし、COX-2が生成するPGI₂も同時に減ってしまい、
血小板凝集抑制・血管拡張という「血管保護作用」まで失われてしまうことが分かりました。
その結果、COX-1が作るTXA₂の作用が相対的に強まり、
血小板凝集・血管収縮が優位に傾く=血栓ができやすくなるという事態を招きました。
2000年代初頭には、
ロフェコキシブ(日本未承認、商品名バイオックス)が心筋梗塞リスク増大のため世界的に販売中止となり、
COX-2阻害薬の安全性が大きく問題視されました。
非選択的NSAIDsも例外ではない ― 全てのNSAIDsに潜む血管リスク
COX-2選択阻害薬の問題が注目された一方で、
その後の疫学研究では、非選択的NSAIDsでも心血管イベントが増えることが分かってきました。
たとえば、イブプロフェンやジクロフェナクなどはCOX-2阻害作用を一定程度持ち、
長期使用・高用量で血圧上昇・心筋梗塞リスクの上昇が報告されています。
また、COX-1・COX-2の両方を阻害することで、
腎血流低下 → レニン・アンジオテンシン系活性化 → 血圧上昇という経路も関与します。
つまり、「COX-2選択性が高いから危険」「非選択的だから安全」という二分法ではなく、
すべてのNSAIDsが血管に何らかの負担を与えるというのが現在の理解です。
NSAIDsによる血圧上昇と心血管イベントのメカニズム
NSAIDsが血圧を上昇させるメカニズムは複雑ですが、代表的な経路は以下の通りです。
腎血流量の低下
・COX阻害により腎の血管拡張PGが減少し、糸球体血流が減る。
・結果としてNaと水の再吸収が増加し、血圧上昇。
RAA系(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系)の活性化
・腎血流低下がレニン分泌を刺激し、血管収縮ホルモン(アンジオテンシンⅡ)が増加。
PGI₂の減少
・PGI₂は血管拡張・血小板凝集抑制に働く。これが減ると、血管抵抗が上がり、血流が悪化。
結果として、
慢性的な血圧上昇 → 血管内皮障害 → 動脈硬化進行 → 心筋梗塞・脳梗塞リスク上昇
という流れが形成されるのです。
アスピリンは大丈夫なの?
2024年10月の添付文書改訂では、「アスピリンを除くNSAIDs」に心筋梗塞・脳血管障害が追加されました。
これは、アスピリンだけが他のNSAIDsとは異なる作用機序をもつためです。
アスピリンは主にCOX-1を不可逆的に阻害し、血小板内でトロンボキサンA₂(TXA₂)産生を長期間抑制します。
血小板は核を持たないため、新たに作られるまでCOX活性が回復しません。
その結果、血小板凝集抑制作用(抗血栓作用)が持続し、
むしろ心筋梗塞や脳梗塞を予防する方向に働きます。
一方、他のNSAIDsはCOXを一時的に(可逆的に)阻害するだけで、
TXA₂の抑制が持続せず、さらにCOX-2阻害によって血管拡張性PGI₂も減少するため、
血栓形成リスクを高める可能性があります。
アスピリン(低用量):COX-1を不可逆的に阻害(TXA₂抑制)→血栓抑制・心血管保護
他のNSAIDs:可逆的にCOX-1/2を阻害(PGI₂も減少)→血栓促進・血管リスク上昇
このように、アスピリンだけは例外的に心血管リスクを下げるNSAIDであり、
他のNSAIDsとは明確に区別して考える必要があります。
NSAIDsの心血管リスクは「用量」と「期間」に依存する
多くの研究が示す共通点として、
心筋梗塞・脳卒中リスクはNSAIDsの使用量と使用期間に比例して上昇します。
・高用量(例:イブプロフェン 2400mg/日以上、ジクロフェナク 150mg/日以上)でリスク上昇
・使用開始から数週間~数か月以内でもイベントが起こることあり
・慢性的な使用では動脈硬化性変化を加速
そのため、各社添付文書にも共通して以下のような注意が明記されています。
「有効最小量を可能な限り短期間使用すること」
「漫然と長期にわたり投与しないこと」
この原則はCOX-2選択薬に限らず、すべてのNSAIDsに共通する基本方針です。
薬剤師としての実践的対応
現場では、NSAIDsの「効きの良さ」から慢性的に処方が続くケースが多く見られます。
薬剤師としては、以下の視点で介入が望まれます。
長期処方・漫然投与の見直し提案
→ 痛みの原因治療(理学療法・外科的処置)を優先できないか確認。
心血管リスクのある患者への注意喚起
→ 高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙歴のある患者は特に注意。
降圧薬併用中の患者におけるモニタリング
→ NSAIDsは降圧効果を減弱させるため、家庭血圧の測定を促す。
腎機能・電解質の確認
→ NSAIDsとRA系阻害薬・利尿薬併用時は定期的な血清Cr/K測定が望ましい。
まとめ:NSAIDsは「全身に効く薬」だからこそ、全身に影響する
NSAIDsは、痛みや炎症を抑える上で欠かせない薬です。
しかしその作用は、局所の炎症だけでなく、血管・腎臓・消化管など全身に及ぶことを忘れてはいけません。
2024年の改訂で「心筋梗塞」「脳血管障害」が重大な副作用に加わったのは、
まさにその全身的な影響の現れです。
「有効最小量を、必要最短期間で」という原則を徹底することが求められます。
NSAIDsは、使い方を誤れば血管を傷つける。
しかし、使い方を正せば患者の生活を支える――
薬剤師がそのバランスを見極めることこそ、安全なNSAIDs療法の鍵といえるでしょう。




