2025年6月13日更新.2,495記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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痛みの原因はプロスタグランジン?

NSAIDsが効く理由

日常的に処方される鎮痛薬、いわゆる「痛み止め」。
その多くが「NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)」と呼ばれる薬であることは、医療関係者であれば常識の範囲でしょう。

しかし、患者さんから「この薬ってどうして痛みに効くの?」と聞かれたとき、「プロスタグランジンの生成を抑えるからです」と一言で説明して本当に十分でしょうか?

実は、「痛み」のメカニズムには複数の発痛物質が関与しており、その中でも最も強力な因子は「プロスタグランジン」ではないと言われています。

痛みはなぜ起こるのか?

痛み(疼痛)は、外傷や炎症、疾患などによって発生する体の警告反応です。
医学的には「侵害受容性疼痛」「神経障害性疼痛」「心因性疼痛」などに分類されますが、今回は「侵害受容性疼痛(組織損傷による痛み)」にフォーカスします。

痛みのシグナルはどのように伝わる?
・組織が損傷を受ける(炎症、打撲、手術など)
・損傷部位の細胞が壊れ、アラキドン酸が放出される
・アラキドン酸からプロスタグランジンが生成される
・プロスタグランジンやブラジキニンが痛覚受容体を刺激
・痛みの電気信号が脊髄から脳へ伝わる

この中で、プロスタグランジンとブラジキニンは重要な発痛物質として知られています。

プロスタグランジンとは?

プロスタグランジンは、アラキドン酸カスケードの中でシクロオキシゲナーゼ(COX)によって生成される脂質メディエーターです。

プロスタグランジンの役割
・炎症の増強(血管拡張、血管透過性亢進)
・発熱の誘導(体温調節中枢への影響)
・痛覚の増感(知覚神経の閾値を下げる)

つまり、プロスタグランジン自体が「痛みを起こす」というよりも、「痛みを感じやすくする」作用があるのです。

NSAIDsの作用機序:COXを阻害する

多くの鎮痛薬(ロキソニン、ボルタレン、セレコックスなど)が属するNSAIDsは、シクロオキシゲナーゼ(COX)酵素を阻害することで、プロスタグランジンの産生を抑制します。

COXの種類役割NSAIDsの効果
COX-1胃粘膜保護、血小板凝集阻害すると胃障害などの副作用に
COX-2炎症・痛みの媒介阻害すると抗炎症・鎮痛効果

COX阻害によってプロスタグランジンが減少し、痛みの感受性が低下することで鎮痛効果が得られるのです。

本当に「プロスタグランジンが痛みの原因」なのか?

確かにプロスタグランジンは「痛覚を鋭敏にする」働きを持っていますが、痛みそのものを最も強く引き起こす物質ではありません。

その“主犯格”ともいえるのがブラジキニンです。

ブラジキニン:痛みの黒幕

ブラジキニンは、血漿カリクレイン・キニン系に属するペプチド性発痛物質であり、組織損傷時に血漿から遊離されて局所で強い生理活性を発揮します。

〇ブラジキニンの主な作用
・知覚神経の直接刺激による強い痛みの誘発
・血管拡張作用による炎症の助長
・プロスタグランジンの産生促進(正のフィードバック)

特に注目すべきは、プロスタグランジンがブラジキニンの作用をさらに強化するという点です。

〇プロスタグランジンとブラジキニンの“連携プレー”
・組織が壊れる
・ブラジキニンが放出される → 強い発痛作用を発揮
・同時にCOXが活性化 → プロスタグランジンが生成
・プロスタグランジンが痛覚神経の閾値を下げる
・結果、ブラジキニンの発痛作用がさらに強くなる

この連携によって、痛みの感受性は何倍にも増幅されていきます。

NSAIDsは“間接的に”ブラジキニンの作用も抑える

ここで興味深いのが、NSAIDsの働きです。

NSAIDsはプロスタグランジンの生成を抑えることで、結果的にブラジキニンによる痛覚の刺激も「感じにくくなる」ように作用します。

つまり、NSAIDsは
・プロスタグランジンによる痛覚増感を直接抑制
・ブラジキニンの発痛作用を“間接的に”弱める

このように、単に「痛みの原因を1つ遮断する」のではなく、「痛みを生むネットワーク全体を弱める」という働き方をしています。

臨床でのポイントと注意点

〇NSAIDsが効かない痛みには要注意
すべての痛みがプロスタグランジンやブラジキニンに関係しているわけではありません。

たとえば:
・神経障害性疼痛(帯状疱疹後の痛み、糖尿病性神経障害)
・中枢性疼痛(脳卒中後の痛みなど)

これらはNSAIDsがほとんど効かず、プレガバリン、デュロキセチン、三環系抗うつ薬などが用いられます。

〇NSAIDsの副作用にも配慮を
COX-1阻害による胃障害や腎機能低下、COX-2選択的阻害薬でも心血管リスクが指摘されています。
長期投与や高齢者への使用は慎重に。

観点プロスタグランジンブラジキニン
痛みへの関与痛覚を鋭敏にする強い痛みを直接起こす
NSAIDsの効果生成を直接阻害間接的に作用を抑制
発痛のタイミング比較的遅い組織損傷の初期から

結論:痛みを直接引き起こすのは「ブラジキニン」。しかし、「痛みを感じやすくするプロスタグランジン」を抑えることで、NSAIDsは結果的に痛み全体を弱めている。

患者さんに「痛み止めって何に効いてるの?」と聞かれたら——

ただ「プロスタグランジンを抑えています」と答えるのではなく、

「痛みを強く感じさせる物質(プロスタグランジン)を減らすことで、体が“痛い!”と感じる力を弱めてくれてるんです。」

と伝えることで、患者さんの理解と納得度は格段に高まります。

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