2025年6月1日更新.2,485記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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肝炎患者の血を抜く治療法?

C型肝炎と鉄と瀉血療法:肝臓を守る「鉄抜き治療」

C型肝炎というと「ウイルス性肝炎」の一つとして知られていますが、その病態をより複雑にしているのが「鉄」です。鉄は血液や生命維持に欠かせない元素ですが、C型慢性肝炎ではこの鉄が“過剰に”なることが、病気を悪化させる要因になることが分かってきました。

鉄とC型肝炎の危険な関係

C型慢性肝炎では、体内の鉄代謝に異常が生じます。鉄の調節に関わるホルモン「ヘプシジン」の分泌が不十分になることで、体内に鉄が過剰に蓄積してしまうのです。

◆なぜ鉄が肝臓にたまるのか?:
本来、鉄は必要量だけが吸収され、肝臓や骨髄などにフェリチンというタンパク質と結びついて安全に貯蔵されます。しかしC型肝炎では、この制御がうまくいかず、フェリチンに結合しない“遊離鉄”が増加します。

この遊離鉄はFe²⁺(二価)とFe³⁺(三価)の間を行き来する過程で、活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)を大量に発生させます。この活性酸素は肝細胞膜の脂質やDNA、タンパク質を攻撃し、炎症、線維化、さらには遺伝子レベルでの障害につながっていくのです。

◆ALT上昇、線維化、肝がんへのリスク:
こうして生じた酸化ストレスは、血液検査上ALTの慢性的な上昇をもたらし、最終的には肝硬変や肝細胞がんといった深刻な病態へと進行していく危険性をはらんでいます。

鉄を抜く治療「瀉血療法」とは?

このような鉄過剰による肝臓へのダメージを抑える目的で行われる治療が「瀉血療法」です。

◆瀉血の仕組み:
瀉血とは、赤血球ごと体外に血液を抜き出すことによって体内の鉄を直接除去する治療です。赤血球には大量の鉄が含まれるため、瀉血によって体の中の鉄の量を効率よく減らすことができます。

そして、鉄が不足することで体は「もっと血を作らなければ」と造血を活性化させ、骨髄では新たな赤血球が盛んに作られます。この造血の過程でも鉄が必要になるため、結果として肝臓に沈着していた鉄が動員され、体外に排出されるという仕組みです。

◆実際の治療内容:
瀉血療法は2006年から保険適用となっており、C型慢性肝炎に対する肝庇護療法として広く行われています。
・1回あたり200~400mLを採血
・2~4週ごとに繰り返す
・血清フェリチンが20ng/mL程度になるまで継続

このようにして、肝臓内に沈着した鉄を少しずつ取り除いていきます。

鉄制限食とその意味

瀉血によって鉄を減らしても、日常の食事から鉄がどんどん吸収されていては、いたちごっこになります。特に瀉血によって体内の鉄が減少すると、代償的に十二指腸からの鉄吸収が活発になります。そのため、鉄制限食の併用が欠かせません。

鉄制限の目安
一般男性:7.5mg/日
一般女性(30~49歳):10.5mg/日
鉄制限食療法中:5〜6mg/日

鉄制限食では、レバー、赤身の魚、ひじき、ウコン、シジミなど鉄分が多く含まれる食品の摂取を控えるように指導されます。

「肝臓に良い」とされる食品でも、C型肝炎患者では逆効果になる可能性があるというのは重要なポイントです。

薬局で注意すべきこと:副作用との区別

瀉血療法によりヘモグロビンが急激に低下すると、患者は一時的に

・息切れ
・めまい
・倦怠感

といった症状を訴えることがあります。これらは一見すると薬剤の副作用のようにも見えますが、瀉血に起因する鉄欠乏による症状であることが少なくありません。

薬局では、患者が「ふらつく」「だるい」といった訴えをした場合、処方薬以外の背景として、瀉血療法の有無やフェリチン値などを確認する視点が求められます。

肝臓と血液の深い関係

肝臓には、常に約500mLの血液が蓄えられています。また、必要に応じてさらに500〜1000mLの血液を一時的に貯蔵・供給する能力も持っています。

このため、大量の血液が必要になる食後や出血時には、肝臓が血液の“供給基地”として機能するのです。

このような肝臓の機能があるからこそ、200〜400mLの瀉血があっても急激な循環不全を起こしにくく、治療として成立していると考えることもできます。

胎児の肝臓が大きい理由:造血の場だった

成人の肝臓は体重の約2%の重さですが、胎児ではなんと体重の10%近くにもなります。これは、胎児の肝臓が「造血機能」を担っていたためです。

胎児期には、骨髄がまだ発達していないため、血液(赤血球や白血球など)を作る場として肝臓が機能しています。第6週頃から肝臓が造血を開始し、第9週には全臓器中最大の大きさになっていきます。

その後、骨髄が完成すると肝臓の造血機能は停止し、代謝・解毒・胆汁産生といった本来の機能に切り替わっていきます。

◆造血機能の“再起動”も?:
興味深いことに、重度の貧血や骨髄機能の障害が起こると、誕生後の肝臓が再び造血機能を担うことがあるといわれています。つまり、肝臓は今も“非常時の造血器官”としてのポテンシャルを秘めている臓器でもあるのです。

まとめ:鉄を制する者は肝炎を制す

C型慢性肝炎の進行には、鉄代謝異常が深く関わっています。過剰な鉄は肝臓に酸化ストレスを与え、ALT上昇、線維化、そして肝がんへとつながる重大な因子です。

瀉血療法は、単なる採血ではなく、鉄を戦略的に除去する医療行為として、C型肝炎の治療における重要な選択肢です。鉄制限食の併用や患者指導、薬剤師による副作用との鑑別など、実際の医療現場での適切な対応が求められます。

“鉄は血の命”ですが、過ぎたるはなお及ばざるが如し。肝臓の健康を守るためには、鉄との上手な付き合い方がカギになるのです。

1 件のコメント

  • Ellie のコメント
         

    C型肝炎→癌で亡くなった祖父が、鰹好きだったのを思い出しました。

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