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市販のPPIと医療用のPPIの違い
公開. 更新. 投稿者:消化性潰瘍/逆流性食道炎. タグ:PPI. この記事は約5分47秒で読めます.
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パリエット、オメプラール、タケプロンのOTC

2025年6月、「パリエットS」がOTC(一般用医薬品)として発売されました。
これに続き、2025年8月には「オメプラールS」「タケプロンS」も市販薬として登場予定です。
これらはいずれも、医療用医薬品として長年使われてきたプロトンポンプ阻害薬(PPI)ですが、一般用への転用がようやく本格化してきたと言えます。
日本では長らく、PPIのOTC化は胃酸分泌抑制効果の強さや安全性管理の観点から慎重でした。
しかし、世界的にはOTC化が進んでいる国も多く、日本でもセルフメディケーション推進の流れを受け、PPIの市販薬化が本格的に動き出しています。
PPIとは何か?
プロトンポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitor:PPI)は、胃の壁細胞に存在する「プロトンポンプ(H⁺/K⁺ ATPase)」を不可逆的に阻害し、胃酸の分泌を強力に抑制する薬です。
従来のH2ブロッカー(H2受容体拮抗薬)に比べて持続時間も長く、逆流性食道炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、NSAIDs潰瘍予防など幅広く用いられてきました。
代表的な医療用PPI:
・ラベプラゾールナトリウム(パリエット)
・オメプラゾール(オメプラール)
・ランソプラゾール(タケプロン)
・エソメプラゾール(ネキシウム)
・ボノプラザン(タケキャブ)※P-CAB(カリウム競合型酸分泌抑制薬)
医療用と市販用PPIの違い
商品名 | パリエット(医療用) | パリエットS(OTC) | オメプラール(医療用) | オメプラールS(OTC) | タケプロン(医療用) | タケプロンS(OTC) |
---|---|---|---|---|---|---|
一般名 | ラベプラゾール | ラベプラゾール | オメプラゾール | オメプラゾール | ランソプラゾール | ランソプラゾール |
剤形・規格 | 錠(5㎎、10㎎、20㎎) | 錠(10㎎) | 錠(10㎎、20㎎) | 錠(10㎎) | カプセル(15㎎、30㎎)、OD錠(15㎎、30㎎) | 口腔内崩壊錠(15㎎) |
用法 | 主に1日1回 | 1日1回 | 1日1回 | 1日1回 | 1日1回 | |
効能効果 | 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、吻合部潰瘍、逆流性食道炎、Zollinger-Ellison症候群、非びらん性胃食道逆流症、低用量アスピリン投与時における胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の再発抑制、ヘリコバクター・ピロリの除菌の補助 | 胃痛,胸やけ,もたれ | 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、吻合部潰瘍、逆流性食道炎、非びらん性胃食道逆流症、Zollinger-Ellison症候群 ヘリコバクター・ピロリの除菌の補助 | 胃痛,胸やけ,もたれ | 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、吻合部潰瘍、逆流性食道炎、Zollinger-Ellison症候群、非びらん性胃食道逆流症、低用量アスピリン投与時における胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の再発抑制、非ステロイド性抗炎症薬投与時における胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の再発抑制、ヘリコバクター・ピロリの除菌の補助 | 胸やけ,もたれ,胃痛 |
処方日数制限 | 胃潰瘍(8週間まで)、十二指腸潰瘍(6週間まで)等 | 2週間を超えて続けて服用しないこと。 | 胃潰瘍(8週間まで)、十二指腸潰瘍(6週間まで)等 | 2週間を超えて続けて服用しないでください。 | 胃潰瘍(8週間まで)、十二指腸潰瘍(6週間まで)等 | 2週間を超えて続けて服用しないこと。 |
用量・用法の違い
OTC化されるPPIは、医療用と同じ成分であっても、用量が抑えられていたり、用法が限定されていたりします。
対象者の違い
医療用は、医師が診断を下した上で、疾患や併用薬を考慮して処方されます。
市販用は、「軽度の胸やけ」「一時的な胃酸過多」に自己判断で使用する想定であり、逆流性食道炎の診断がある方の継続的な使用には向きません。
副作用や禁忌への管理
PPIは比較的安全性が高いとされますが、以下のようなリスクがあります。
・長期使用による低マグネシウム血症、骨粗しょう症性骨折、ビタミンB12欠乏
・感染症(Clostridium difficile腸炎など)リスクの上昇
・胃がんのリスク評価の難しさ(胃酸抑制により前がん病変が隠れる可能性)
これらを踏まえると、医師による定期的なモニタリングが必要なケースにはOTCは不向きです。
「してはいけないこと」のPPI市販薬の微妙な違い
OTC化された3つのプロトンポンプ阻害薬(PPI)──パリエットS、オメプラールS、タケプロンSの添付文書を比較すると、「してはいけないこと(使用上の注意)」に各薬剤の特徴がみられます。
なかでも注目したいのが、タケプロンSの「酸化マグネシウムとの併用を避けること」という記述です。酸化マグネシウムは、制酸剤や便秘薬として広く市販されている成分であり、高齢者を中心に日常的に使用している人も少なくありません。ところが、この併用注意の記載がパリエットSやオメプラールSには見られないのです。
実は、これら3剤はいずれも胃酸によって分解されやすいため、腸で溶けるようにコーティングされた「腸溶性製剤」である点では共通しています。そのため、酸化マグネシウムのように胃内pHをアルカリ性に傾ける薬剤と併用すると、腸溶性のコーティングが意図せず胃内で溶けてしまう(=早期溶解)リスクは理論上、すべての製剤で共通して存在します。
それでもなお、タケプロンSだけが明確に酸化マグネシウムとの併用を「してはいけないこと」として警告しているのは、いくつかの可能性が考えられます。
製剤設計の違いによるpH感受性の差
→ ランソプラゾールは他のPPIよりもpH変化の影響を受けやすい可能性
実際の併用時データや報告に基づいた判断
→ 臨床で酸化マグネシウム併用時の影響が多く観察されていた可能性
企業ごとのリスク管理方針の違い
→ より慎重にリスク表示をする傾向
OTC薬では、こうした「記載のある・なし」がそのまま“安全性の差”を意味するわけではありません。しかし、患者が手に取りやすいという点では、情報の書き方や強調の仕方がそのまま行動に影響するという現実があります。
つまり、同じPPIでも「添付文書に何が書かれているか」まで目を通すことで、より適切な選択と服用が可能になるのです。
OTC化が進まなかった理由と背景
日本でPPIのOTC化が長らく進まなかった理由には、以下の要素が挙げられます。
・自己判断での長期服用による疾患の見逃し
・例:胸やけの原因が食道がん・胃がんである可能性
・医療機関との役割分担が不明確
・PPIの薬価が比較的安く、自己負担の差が少なかった
・市販薬に切り替えた場合のリスク管理が難しい
しかし、近年のセルフメディケーション推進政策や医療費抑制の観点から、「軽症ならOTCで対応を」という方向性が強まり、PPIもその対象となりました。
今後の課題と展望
OTC化が進むことで、患者にとっては利便性が増す反面、以下のような新たな課題も予想されます。
● 誤用・長期使用のリスク
市販薬では、説明書に「2週間で症状が改善しない場合は医師に相談」と書かれていますが、実際には漫然と飲み続けるケースもあると考えられます。
● 医療者との連携の必要性
薬剤師による適正使用の説明は不可欠です。特に以下のようなケースは要注意です。
・60歳以上でPPI初使用
・鉄剤や抗菌薬との併用
・既往歴に胃潰瘍・胃がんがある
・NSAIDsなどの胃障害リスク薬を服用中
● 他のPPIのOTC化の可能性
現状、ボノプラザン(タケキャブ)はOTC化されていませんが、将来的には選択肢に入ってくる可能性もあります。ただし、酸抑制力が強いためリスク評価がより厳密に行われる必要があります。
まとめ──セルフメディケーション時代のPPIとの付き合い方
PPIのOTC化は、胃酸逆流や胸やけで悩む多くの人にとって朗報です。
一方で、PPIは「とりあえず飲んでおけば安心」という薬ではありません。
・胃の不調の背景には重大な疾患が潜んでいる可能性もある
・長期使用には副作用のリスクがある
・他の薬との飲み合わせによっては注意が必要
これらを踏まえると、OTCのPPIはあくまで「一時的な症状の緩和」に使うのが原則であり、症状が繰り返すようであれば必ず医療機関を受診すべきです。
薬剤師としては、単なる販売だけでなく、患者の状況に応じたアドバイスや受診勧奨を行うことが求められます。OTC化が進む今こそ、医療とセルフケアの架け橋として、正しい情報提供と服薬指導の重要性が高まっているのです。