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無症状でもピロリ菌除菌したほうがいいのか?
公開. 更新. 投稿者:消化性潰瘍/逆流性食道炎.この記事は約4分31秒で読めます.
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ピロリ菌除菌のメリットとデメリット

ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)は、胃の粘膜に生息する細菌で、胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍、さらには胃がんのリスク因子として知られています。ピロリ菌を除菌することで、これらの疾患を予防・治療できることが分かっていますが、除菌にはメリットと同時にデメリットも存在します。
メリット:
・胃潰瘍や十二指腸潰瘍の再発率が大幅に減少。
・食欲が増し、生活の質が向上。
・一部の研究では除菌後の胃がん発症率が有意に低下。
デメリット:
・除菌後に逆流性食道炎を発症する可能性が増加。
・食欲増進による過食や肥満、それに伴う高脂血症のリスク。
逆流性食道炎のリスク増加
ピロリ菌が胃に炎症を起こすことで、胃酸の分泌が低下するため、感染者では逆流性食道炎の発症率が低く抑えられていました。しかし、除菌により胃酸分泌が回復すると、胃酸が食道へ逆流しやすくなり、逆流性食道炎を発症するリスクが高まります。
ドイツの報告では、除菌後に約25%の人が逆流性食道炎を発症するとされ、日本でも肥満や食生活の欧米化により1〜2割程度の発症が報告されています。
若年層における逆流性食道炎の増加
かつては高齢者に多かった逆流性食道炎ですが、近年では20〜30代の若年層でも増加傾向にあります。その背景には、若年層におけるピロリ菌保有率の低下があるとされます。衛生環境の改善により、若い世代ではピロリ菌に感染していない人が多くなり、その結果、胃酸分泌が多い状態で成長しているため、逆流性食道炎の発症リスクが高くなっています。
ピロリ菌除菌と疾患リスクの変化
ピロリ菌の除菌がもたらす影響は、疾患ごとに異なります。以下に主な疾患との関係を整理しました。
●胃・十二指腸潰瘍:
ピロリ菌感染者は潰瘍を繰り返しやすい傾向がありますが、除菌によってその再発率は大幅に減少します。症状が乏しい無症状の潰瘍もあるため、除菌によって「知らぬ間の再発」を予防できる点も評価されています。
●胃がん:
大規模な疫学研究により、ピロリ菌感染者は非感染者と比べて胃がんのリスクが約5倍高いとされています。除菌により発症リスクが低下する可能性があり、がん予防の観点から除菌が推奨されることがあります。
●逆流性食道炎:
除菌後に胃酸分泌が回復することで、逆流性食道炎のリスクが高まることがあります。特に肥満や欧米型の食生活が重なるとリスクが顕著になりますが、多くは軽症であり、一時的なものにとどまることが多いとされています。
●高脂血症(脂質異常症):
除菌後に食欲を高めるホルモン「グレリン」の活性型が増えることが報告されています。これにより食欲が増し、過食・体重増加から脂質異常症を招くリスクがあります。
●食道がん(バレット食道がん):
逆流性食道炎が長期にわたって続くと、バレット食道を経て食道腺がん(バレット食道がん)を引き起こすことがあります。日本ではまだ稀ですが、除菌が普及した将来には増加が懸念されています。
●鉄欠乏性貧血:
ピロリ菌感染によって胃酸の分泌が低下し、鉄の吸収が阻害されることがあります。除菌により鉄の吸収環境が改善し、貧血が治癒するケースも報告されています。特に小児や若年層での効果が顕著です。
●特発性血小板減少性紫斑病(ITP):
ピロリ菌が血小板減少に関与している可能性があり、除菌により約40〜60%の症例で血小板数が改善されることが報告されています。副作用が少ない除菌治療が第一選択肢となりつつあります。
●多発性硬化症:
一部の研究では、ピロリ菌感染が多発性硬化症の発症や重症度に影響する可能性が示唆されています。女性では感染者の方が症状が軽い傾向があり、男女で異なる関連性があることも指摘されています。
ピロリ菌除菌は全員に必要か?
無症状のピロリ菌感染者に除菌治療をすべきかどうかについては、医師の間でも意見が分かれています。胃がんリスクの低減という意味では除菌は有効ですが、逆流性食道炎や脂質異常症など、別のリスクもあるため、個々の患者の背景や体質に応じた判断が求められます。
今後の検診と治療の展望
近年、ペプシノゲン検査とピロリ菌抗体検査を組み合わせた「ABC検診(胃がんリスク検診)」が注目されており、これによりピロリ菌感染の有無が一般の健康診断でも判定可能になってきました。
感染が判明した場合には、患者と医師がよく話し合い、除菌の是非を検討することが重要です。将来的には、ピロリ菌感染症という病名で保険適用の除菌治療が全員に認められる方向に進むことが期待されます。
まとめ
ピロリ菌除菌には、胃潰瘍・胃がんなどの重篤な疾患を予防する明確なメリットがある一方で、逆流性食道炎や高脂血症などの新たなリスクも存在します。無症状の人でも、ピロリ菌の有無を知ることで自分の健康管理に役立てることができ、医師と相談しながら個別に対応していくことが大切です。