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ストレスと神経伝達物質の関係
公開. 更新. 投稿者:睡眠障害.この記事は約4分60秒で読めます.
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ストレスと神経伝達物質の関係─セロトニン・ノルアドレナリンと薬物療法の理解

現代社会では、私たちはさまざまなストレスに日常的にさらされています。精神的ストレスは、心の健康だけでなく身体の不調にもつながることが多く、肩こり、不眠、抑うつ状態などの形で現れることも珍しくありません。こうしたストレス反応の背後には、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質が深く関わっています。
ノルアドレナリンとは?─ストレスと覚醒のホルモン
ノルアドレナリン(NA)は、交感神経系の主要な神経伝達物質であり、「闘争・逃走反応(fight or flight)」に関与することで知られています。危機的状況に直面すると、ノルアドレナリンが放出され、心拍数の上昇や血圧の上昇、集中力の高まりを引き起こします。
◆ノルアドレナリンとストレスの関係:
・急性ストレス下ではノルアドレナリンの分泌が促進され、身体は危機に対する対応態勢に入ります。
・慢性ストレスが続くと、ノルアドレナリンの過剰分泌→枯渇というサイクルが生じます。
・この結果、受容体の感受性が高まり、ちょっとした刺激にも過剰に反応する状態が続きます。
◆枯渇の先にある「うつ状態」:
ノルアドレナリンの持続的な枯渇は、意欲低下、無気力、興味喪失といったうつ症状へとつながります。うつ病の仮説の一つとして、「モノアミン仮説」がありますが、これはノルアドレナリンやセロトニンの低下がうつ病の一因であるという理論です。
セロトニン─心のブレーキ役
一方でセロトニン(5-HT)は、主に情緒の安定や不安の抑制に関与する神経伝達物質です。人の精神を「安定」させるために欠かせない存在とされ、特にうつ病、パニック障害、不安障害などの病態に密接に関与します。
◆セロトニンの特徴:
・全体の98%以上は腸管や血中に存在し、中枢神経内のセロトニンはわずか2%程度です。
・しかし、この2%が感情や睡眠、食欲、痛みの知覚など多岐にわたる働きを担っています。
・セロトニンもストレスが続くと分泌より消費が上回り、不安や焦燥感、怒りなどが抑えられにくくなります。
◆セロトニンの低下と病態:
・セロトニンが不足すると、抑うつ、不眠、過食(または拒食)、情緒不安定などを招きます。
・とくにパニック障害やうつ病患者では、セロトニン系の異常が指摘されています。
セロトニン症候群とは?─過剰になったセロトニンの副作用
セロトニンは「多すぎても少なすぎても問題がある」物質です。抗うつ薬や鎮痛薬など複数の薬剤を併用した結果、セロトニンが過剰になって引き起こされるのがセロトニン症候群です。
◆セロトニン症候群の症状:
・精神症状:不安、錯乱、軽躁
・自律神経症状:発汗、発熱、頻脈
・神経筋症状:腱反射亢進、筋硬直、振戦
◆発症の背景:
・SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRIの過量投与、相互作用による代謝阻害が関与。
・モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)などとの併用は特に注意が必要。
抗不安薬・抗うつ薬の作用機序
これら神経伝達物質に作用する薬剤は、ストレス関連疾患において中心的な治療手段です。主な薬の分類と作用機序を以下に示します。
◆抗不安薬(例:ベンゾジアゼピン系)
・代表薬:エチゾラム(デパス)、ジアゼパム(セルシン)など
・作用機序:GABA-A受容体に作用して神経活動を抑制し、即効性のある抗不安効果と筋弛緩作用をもたらします。
・適応:不安障害、パニック障害、不眠、ストレス性の筋緊張(肩こりや首のこわばり)など
エチゾラムは筋弛緩作用が比較的強く、「肩こりの特効薬」としても処方されることがあります。
◆抗うつ薬
・SSRI(パロキセチン、セルトラリン等):セロトニン再取り込み阻害、副作用が比較的少ない
・SNRI (デュロキセチン、ミルナシプラン等):セロトニンとノルアドレナリン再取り込み阻害、痛みの治療にも併用される
・NaSSA(ミルタザピン):α2受容体遮断によりNA・5-HT放出を増加、食欲増進・眠気が出やすい
・三環系抗うつ薬(アミトリプチリン等):複数の神経伝達物質を阻害、副作用が多いため現在は補助的
ストレス性肩こりと薬物療法
意外に思われるかもしれませんが、ストレスによる心因性の肩こりに抗不安薬が効果的な場合があります。
◆ストレスと筋緊張:
慢性的なストレスは交感神経を緊張させ、筋肉(特に首や肩周り)を持続的に収縮させます。この緊張状態が続くと痛みや血流障害を引き起こし、いわゆる「肩こり」につながります。
◆薬剤によるアプローチ:
エチゾラムのようなベンゾジアゼピン系抗不安薬は、心の緊張と身体の緊張の両方に作用します。
単なる鎮痛薬(NSAIDs)では改善しないケースでも、抗不安薬によって改善が見られることがあります。
まとめ
ストレス社会を生きる私たちにとって、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質の理解は、メンタルヘルスの第一歩です。これらの物質は、不安・意欲・感情コントロールに関与しており、ストレス下での変動が心身の不調に直結します。
抗不安薬や抗うつ薬は、こうした神経伝達のバランスを取り戻すことで症状を緩和し、生活の質(QOL)を向上させる力を持っています。ただし、薬物療法には副作用や依存のリスクもあるため、使用には専門家の判断が不可欠です。
ストレスをゼロにすることは難しいですが、適切な知識とサポートがあれば、心身の健康を守ることは可能です。薬剤師としても、こうした理解をもとに患者さんのサポートに役立てていきたいものです。