2025年8月3日更新.2,560記事.

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新生児にケイツーシロップを飲ませる理由は?

新生児にケイツーシロップを飲ませる理由とは?ビタミンK欠乏性出血症の予防とその重要性

「生まれてすぐに赤ちゃんに薬を飲ませる」と聞くと、少し戸惑う保護者の方もいるかもしれません。ですが、日本を含む多くの国では、新生児に「ケイツーシロップ」という薬を与えるのが一般的です。

このケイツーシロップとは、ビタミンK₂(メナテトレノン)という成分を含む液体の薬です。甘い味がついており、赤ちゃんにも飲ませやすい形に工夫されています。では、なぜこのようなビタミンKを生まれたばかりの赤ちゃんに投与する必要があるのでしょうか?

この記事では、医療の立場からその理由と背景をわかりやすく解説します。

そもそもビタミンKって何?

ビタミンKは脂溶性ビタミンの一種で、体内で以下のような重要な役割を果たしています。

・血液凝固因子の活性化(プロトロンビンなど)
・骨代謝への関与
・血管や組織の石灰化予防

特に血液の凝固においては、「出血を止める」ためのタンパク質(凝固因子)を活性化するうえで欠かせません。つまり、ビタミンKが不足すると、出血が止まりにくくなるのです。

新生児はなぜビタミンKが不足しやすいのか?

大人や子どもは、食事からビタミンKを摂取し、さらに腸内細菌がビタミンKを合成してくれます。しかし、新生児にはそのいずれも期待できません。

◆新生児がビタミンK不足になりやすい理由:
・胎盤通過性が低い:ビタミンKは脂溶性のため、母体から胎児への移行が非常に少ない
・腸内細菌叢が未熟:生後すぐは腸内に細菌がほとんどいないため、自前で合成できない
・母乳中のビタミンK濃度が低い:母乳栄養では補給が不十分になりやすい(人工乳の方がビタミンK含量が高い)

このような背景があるため、新生児はビタミンK欠乏に陥りやすく、出血のリスクが高まるのです。

ビタミンK欠乏性出血症とは?

新生児や乳児に起こる「ビタミンK欠乏性出血症(VKDB)」は、命に関わる重篤な出血症候群です。特に恐れられているのが、「頭蓋内出血」を起こすケースです。

VKDBの分類:
早発型(生後24時間以内):母親が抗てんかん薬や抗結核薬を使用していた場合に多い
古典型(生後2日~1週以内):一般的な新生児に起こりうる、消化管出血などが多い
遅発型(生後2週~6か月):特に母乳栄養児に多く、頭蓋内出血の頻度が高い

遅発型VKDBは、突然の痙攣、嘔吐、意識低下、出血斑などで発見されることが多く、診断が遅れると死亡や後遺症を残すこともあります。

ケイツーシロップによる予防法とは?

このような重篤なビタミンK欠乏性出血症を防ぐため、日本では以下のような定期的なケイツーシロップの投与スケジュールが推奨されています。

◆一般的な投与スケジュール(日本小児科学会の提案):
・生後すぐ(出生当日または翌日):医療機関でシロップを1回投与
・生後1週目:医療機関または家庭で1回投与
・生後1か月健診前後:家庭で1回投与

これにより、計3回のケイツーシロップ投与が標準とされています。

最近では、週1回の投与を3か月間続けるなどの「長期スケジュール」も一部で取り入れられており、いずれもビタミンK欠乏性出血症の発症リスクをほぼゼロに抑えることができます。

海外ではどうしている?

国によって対応はさまざまですが、欧米諸国では筋肉注射によるビタミンK投与が一般的です。生後すぐに1回だけビタミンKを筋肉注射することで、数か月にわたる血中濃度を確保します。

一方、日本では注射に対する保護者の心理的ハードルや、経口投与の安全性・簡便性から、シロップの経口投与が主流になっています。

ケイツーシロップを飲ませるときの注意点

ケイツーシロップは安全性の高い薬ですが、以下の点には注意しましょう。

注意点:
・吐き戻しに注意:投与後すぐに吐き戻した場合、再投与が必要なことがあります。医師に相談しましょう。
・きちんと飲ませる:1回でも抜けると予防効果が低下します。日付を記録しておくのがおすすめです。
・シロップの保存:処方されたケイツーシロップは冷暗所に保存し、期限内に使い切るようにしましょう。

ビタミンKは“薬”ではなく“栄養素”でもある

ケイツーシロップは「薬」というより、赤ちゃんにとっての必要不可欠な栄養補助です。特に母乳栄養で育てたいと考えているご家庭では、意識的に補う必要があります。

医療現場では、このビタミンK欠乏性出血症を「防げる悲劇」として強く警戒しており、投与を怠ったことによる後悔が語られる事例も存在します。

よくある質問(Q&A)
Q. ケイツーシロップを飲ませるのを忘れてしまいました。どうしたらいい?
→できるだけ早めにかかりつけ医に相談してください。必要に応じて再投与を行うことがあります。

Q. アレルギーや副作用はないの?
→非常にまれですが、過敏症反応(皮膚の発疹など)が報告されています。ただし、ほとんどの赤ちゃんには安全に使用できます。

Q. シロップをこぼしてしまいました。もう1回飲ませてもいいですか?
→少量のこぼれであれば問題ない場合が多いですが、明らかに飲めていないときは再度医師に相談しましょう。

まとめ:ケイツーシロップは“命を守る甘い薬”

ケイツーシロップの目的はただ一つ、ビタミンK欠乏による命に関わる出血を防ぐことです。

新生児はまだ自分でビタミンKを十分に得ることができず、そのままにしておくと致命的な出血を引き起こすことがあります。日本の医療では、あらかじめこれを防ぐためのケイツーシロップ投与が確立されており、保護者の協力によってその効果は最大限に発揮されます。

「ちょっとしたシロップ一杯」が赤ちゃんの未来を守る、非常に大きな一歩となるのです。

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