2025年6月7日更新.2,491記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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正常値じゃなくて基準値?検査値の意味

正常値と基準値

病院で血液検査や尿検査などを受けると、必ず目にする「基準値」という表記。以前はこれ、「正常値」と呼ばれていたのを覚えている方も多いかもしれません。実はこの呼び方、医学的な意味合いの違いから見直されてきたのです。

かつては、検査結果を解釈する際に「正常値」という言葉が一般的に使われていました。ところがこの「正常」という言葉には、ある問題がありました。

たとえば、健康な人100人に血液検査をしたとしても、全員が同じ数値になるわけではありません。統計的に考えれば、そのうち5人は“基準”から外れることになります。これを「正常ではない」と表現してしまうのは、少し乱暴ですよね。

そこで現在は、「基準値」あるいは「基準範囲(reference range)」という表現が主流になっています。これは「健常者の95%が収まる範囲」という意味で、医学的により妥当な表現です。

基準範囲ってどうやって決まっているの?

基準範囲は、特定の病気を持たないとされる健常な人たちの検査値を統計的に分析し、その95%信頼区間に基づいて設定されます。つまり、真ん中に平均値があり、その両側に全体の2.5%ずつの“例外”が存在しているというイメージです。

このようにして定められた範囲が、「だいたいこれくらいの数値が多いよね」という大多数の目安になります。したがって、基準範囲から外れていても必ずしも「病気」とは限りませんし、逆に、病気であっても数値が範囲内に入ることもあります。

検査値が基準値から外れていたらどうする?

検査結果が「基準値から外れている」と聞くと、驚いたり不安になったりするかもしれません。しかし、基準値はあくまで参考値にすぎません。

たとえば…
・採血のタイミング(朝か夜か)
・食事の影響(空腹時か食後か)
・運動直後などの一時的変動
・水分摂取や脱水の影響

こういった日常的な要素によっても、検査値は簡単に上下します。

そのため、1回の検査だけで異常と決めつけるのではなく、複数回の検査結果を見たり、症状や経過を含めて医師が総合的に判断します。

その他の検査値の分類

実は、医療現場で使われる検査値には「基準値」だけではなく、さまざまな分類があります。それぞれ役割が異なり、使い方も異なるため、ここで整理してみましょう。

臨床判断値(clinical decision level)

基準値とは別に、特定の疾患や病態に対して「ここを超えると病気の可能性が高い」とされる値があります。これが臨床判断値です。

たとえば、

・空腹時血糖:100〜125mg/dL → 境界型糖尿病
・LDLコレステロール:140mg/dL以上 → 動脈硬化リスク

これらは健康な人の統計データから出された「基準値」ではなく、疾患リスクや治療介入の判断材料として設定された値です。

各種ガイドラインや学会の指針に基づいて決められ、診断や治療方針の基準となります。

診断閾値(diagnostic threshold)

診断閾値は、特定の病気の有無を判断するための「境界線」となる数値です。臨床判断値と似ていますが、より明確に「この値を超えたら〇〇病と診断する」という役割を持ちます。

例:
・クレアチニン値が一定以上 → 急性腎障害(AKI)の診断
・PSA(前立腺特異抗原)が4.0ng/mL超 → 前立腺がんの可能性

このように、診断閾値は病気の「白黒をつける」判断に使われるものです。

パニック値(critical value)

パニック値(クリティカルバリュー)とは、生命に関わる危険な状態を示す数値です。たとえば、血糖値が20mg/dL未満だったり、ナトリウムが110mEq/Lを切っていたりすると、ただちに命に関わる可能性があります。

このような値が出た場合、検査技師から医師へ即時連絡される「報告義務」があります。つまり、パニック値は「今すぐに治療が必要な異常値」なのです。

なお、パニック値の基準は施設ごとに設定されていることが多く、内容も若干異なることがあります。

治療目標値(therapeutic target)

治療目標値は、すでに疾患がある患者に対して「このくらいの数値を目指そう」と設定されるものです。

たとえば糖尿病患者であれば、

・HbA1cは7.0%未満を目標に
・血圧は130/80mmHg以下を目標に

このように、個別の年齢、合併症の有無、生活背景などを考慮して、医師と患者が相談のうえで設定する数値です。

治療の進捗を判断する指標として用いられ、個別性のある「ゴール」と言えるでしょう。

検査値は“単なる数値”ではない

検査値を読み解くには、「その数値が何のためにあるのか?」という視点が不可欠です。

用語主な目的
基準値(基準範囲)健常者の範囲を知るための参考血清クレアチニン、白血球数など
臨床判断値疾患のリスクや治療介入の判断LDL-C、空腹時血糖
診断閾値診断を確定する境界線PSA、HbA1c
パニック値生命の危険を知らせる緊急値極度の低血糖、重度の電解質異常
治療目標値治療ゴールとしての到達目標HbA1c7%未満など

私たちはつい、検査結果を見て「高い」「低い」だけで一喜一憂してしまいがちです。でも、その数値がどんな目的で設定されているのかによって、意味合いは大きく異なります。

正常=安全、異常=病気という単純な話ではなく、検査値とは「医療的判断を支える材料」に過ぎません。医師や薬剤師は、数値と背景を総合的に読み取るプロフェッショナルです。

「正常値」ではなく「基準値」と言い換えることで、検査値の意味がより客観的で柔軟なものになる。それは、患者さんに対する説明や安心にもつながる大切な変化なのです。

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