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慢性胃炎にセディールが効く?―ストレス性胃症状と心身症
公開. 更新. 投稿者: 3,343 ビュー. カテゴリ:消化性潰瘍/逆流性食道炎.この記事は約5分37秒で読めます.
目次
胃が悪いのに異常がない?

「胃が痛い」「食べるとすぐお腹が張る」「胃が重い」
そんな訴えで胃カメラをしても「異常なし」と言われる患者さんは少なくありません。
以前はこうした症状をすべて「慢性胃炎」と呼んでいましたが、現在ではより正確に「機能性ディスペプシア(FD:Functional Dyspepsia)」と診断されます。
器質的な異常(潰瘍・癌など)がないのに、胃に不快感を訴える――その背景には、ストレスや自律神経、セロトニンの働きが深く関わっています。
このような病態に対して、抗不安薬の一つであるセディール(タンドスピロン塩酸塩)が用いられることがあります。
果たして「胃薬」ではないセディールが、胃の不快感に効くのでしょうか。
機能性ディスペプシア(FD)とは?
● 定義と診断基準
機能性ディスペプシアとは、
上腹部に痛みや不快感が続くにもかかわらず、内視鏡検査などで器質的異常が認められない状態
を指します。
Rome III(およびRome IV)診断基準では、以下の症状のうち1つ以上を慢性的に有する場合にFDと診断されます。
・心窩部痛(みぞおちの痛み)
・心窩部灼熱感(胸焼けのような感覚)
・もたれ感(胃の重さ)
・早期飽満感(少し食べただけで満腹になる)
これらは大きく2つのタイプに分類されます。
・食後愁訴症候群(PDS:Postprandial Distress Syndrome):食後のもたれ、早期飽満感
・心窩部痛症候群(EPS:Epigastric Pain Syndrome):空腹時の痛みや灼熱感
ストレスとセロトニンが関係する消化管の不調
● セロトニン(5-HT)の役割
セロトニンは「脳内の幸せホルモン」として知られていますが、その約90%は腸に存在しています。
消化管の運動や分泌を調整し、食べ物をスムーズに送り出す働きをしています。
消化管にはさまざまなセロトニン受容体が存在し、
・5-HT₄受容体:消化管運動を促進
・5-HT₁A受容体:胃の弛緩やストレス応答に関与
といった役割を担います。
消化管のセロトニンを利用した治療薬
● ガスモチン(モサプリド)との比較
たとえば、モサプリド(ガスモチン)は5-HT₄受容体作動薬で、
コリン作動性神経からのアセチルコリン遊離を促進し、胃の運動を高める薬です。
モサプリドは「物理的に胃を動かす」タイプの薬で、
排出遅延型のFD(もたれや膨満感が主症状)に有効です。
一方、セディールは5-HT₁A受容体部分作動薬。
作用点は似ていますが、中枢神経と消化管の両方に作用して「心」と「胃」の両面にアプローチ」する薬です。
セディール(タンドスピロン)の作用機序
● 精神面と身体面の橋渡し
セディールは、脳内のセロトニン5-HT₁A受容体に部分的に作用して、不安や緊張をやわらげます。
その結果、自律神経の乱れが整い、胃の働きが改善するというメカニズムが考えられています。
さらに、研究ではセディールが
・胃の適応性弛緩(胃の受け入れ能力)を促進
・胃排出を改善
といった作用を示すことが報告されています。
この「適応性弛緩」がうまく働かないと、食後すぐに満腹感を覚えたり、胃が張って苦しくなるのです。
六君子湯との比較:和漢薬との共通点
同じくFDでよく使われる六君子湯にも、セロトニンを介した作用があるといわれています。
六君子湯は
・胃の排出促進
・胃粘液増加
・グレリン分泌促進(食欲ホルモン)
・ストレスホルモン(コルチゾール)抑制
などを示し、抗ストレス作用を持ちます。
つまり、セディールも六君子湯も、「心身症的」な胃の不調に作用するという点で共通しており、FDの「心」と「胃」を両面からサポートする薬といえます。
なぜ「慢性胃炎に効く」と言われるのか?
かつて「慢性胃炎」という診断名は、現在のFDを含めた広い概念でした。
器質的異常がなくても胃の不快感が続く場合、診断名として「慢性胃炎」とされていたのです。
そのため、「慢性胃炎にセディールが効く」というのは厳密には機能性ディスペプシアに対して有効という意味に近いと考えられます。
効果の実感が乏しい理由
セディールは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬(デパス・ソラナックスなど)とは異なり、
・即効性が弱い
・中枢抑制作用が穏やか
という特徴があります。
服用してすぐに「スッと楽になる」タイプではなく、2〜3週間ほどかけて少しずつ不安や緊張が和らぐ薬です。
そのため、患者からは「効いているのか分からない」「気のせいかも」と感じられることも少なくありません。
ただし、それは副作用が少なく、依存性がほとんどないという利点の裏返しでもあります。
プラセボ効果との関係
興味深いことに、機能性ディスペプシアや心身症のような病態ではプラセボ(偽薬)でも改善することがあると知られています。
「薬を飲んでいる」という安心感が自律神経を安定させ、胃の動きを整えることもあるのです。
セディールは作用が穏やかな分、患者の心理的安心感を高める「プラセボ的側面」も一定の効果に寄与している可能性があります。
これは否定的な意味ではなく、むしろ「心身一如」のアプローチとして自然な治療反応といえます。
実際の臨床での使われ方
セディールは単剤で処方されることは少なく、以下のような使い方が多くみられます。
処方パターン
・六君子湯+セディール:心因性胃もたれ・ストレス性食欲不振
・ガスモチン+セディール:胃排出遅延とストレス性要素の併発
・PPI・H₂ブロッカー+セディール:器質的病変を除外した後の残存症状対策
このように、セディールは「心」と「胃」の両面をつなぐ“橋渡し薬”として位置づけられています。
まとめ:セディールは「効きすぎない」ことが利点
セディールは、穏やかな効き方をする抗不安薬であり、
ストレスが関与する慢性胃炎・機能性ディスペプシアに対して
「心の緊張をほぐし、胃の動きを整える」役割を果たします。
副作用が少なく依存性がほとんどない反面、効果の実感は弱い――
しかし、それが「心身症」という病気にちょうどいいバランスなのかもしれません。
プラセボでも効きやすい疾患に対して、患者が安心して続けられる薬。
セディールは、そんな穏やかな立ち位置の薬なのです。
明日の仕事のことを考えると胃が痛くなる――そんなあなたに、セディールは“心と胃の橋渡し”をしてくれるかもしれません。




