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パナルジンとプラビックスの違いは?
公開. 更新. 投稿者: 3,889 ビュー. カテゴリ:脳梗塞/血栓.この記事は約5分46秒で読めます.
目次
はじめに:同じ「抗血小板薬」でも違う

脳梗塞や心筋梗塞の再発予防に用いられる代表的な抗血小板薬といえば、アスピリンと並んでパナルジン(チクロピジン)、プラビックス(クロピドグレル)が知られています。
どちらも「血を固まりにくくする」薬であり、チエノピリジン系抗血小板薬という同じグループに属します。
しかし、近年ではパナルジンがほとんど使われなくなり、臨床現場ではプラビックスが主流となりました。
両者はなぜ置き換わったのか――。
作用機序・代謝経路・副作用・安全性の観点から、その違いを詳しく勉強します。
チエノピリジン系抗血小板薬とは?
まず、両薬剤の共通する基本構造を確認しておきましょう。
| 項目 | パナルジン | プラビックス |
|---|---|---|
| 一般名 | チクロピジン塩酸塩 | クロピドグレル硫酸塩 |
| 化学構造 | チエノピリジン骨格 | チエノピリジン骨格にメチルカルボキシル基を導入 |
| 分類 | チエノピリジン系抗血小板薬(第1世代) | チエノピリジン系抗血小板薬(第2世代) |
| 適応 | ●血管手術および血液体外循環に伴う血栓・塞栓の治療ならびに血流障害の改善 ●慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍、疼痛および冷感などの阻血性諸症状の改善 ●虚血性脳血管障害(一過性脳虚血発作(TIA)、脳梗塞)に伴う血栓・塞栓の治療 ●クモ膜下出血術後の脳血管攣縮に伴う血流障害の改善 | ●虚血性脳血管障害(心原性脳塞栓症を除く)後の再発抑制 ●経皮的冠動脈形成術(PCI)が適用される下記の虚血性心疾患 ・急性冠症候群(不安定狭心症、非ST上昇心筋梗塞、ST上昇心筋梗塞) ・安定狭心症、陳旧性心筋梗塞 ●末梢動脈疾患における血栓・塞栓形成の抑制 |
どちらもプロドラッグであり、体内で代謝されて初めて活性型となり、血小板膜上のADP受容体(P2Y₁₂)を不可逆的に阻害します。
これにより、ADPが介する血小板の活性化連鎖をブロックし、血小板凝集を抑制します。
パナルジン(チクロピジン)の特徴
パナルジンは1970年代に登場した初のチエノピリジン系抗血小板薬です。
それまでのアスピリンに代わる薬剤として登場し、脳梗塞再発予防などに広く使われてきました。
● 作用機序
チクロピジンは肝臓で代謝され、活性代謝物がP2Y₁₂受容体に不可逆的に結合します。
その結果、ADP依存性の血小板凝集を抑制し、血栓形成を防ぎます。
● 臨床的効果
アスピリンと同程度の抗血小板効果を示しますが、アスピリンに抵抗性を示す症例や、胃障害などでアスピリンが使いにくい患者に代替として使用されてきました。
● 副作用の問題
一方で、パナルジンには重大な副作用が知られています。
特に次のようなものが問題となりました。
・顆粒球減少症
・無顆粒球症
・血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)
・肝障害
これらの副作用は服用開始から2〜3か月以内に発現することが多く、定期的な血液検査が必須でした。
その煩雑さとリスクの高さが、後発のプラビックス登場により臨床的地位を譲る要因となりました。
プラビックス(クロピドグレル)の登場と改良点
プラビックス(クロピドグレル)は、チクロピジンの化学構造を改良した第2世代チエノピリジン系薬です。
構造的には、チクロピジンにメチルカルボキシル基を導入し、硫酸塩化した化合物です。
● 代謝経路の違い
代謝酵素
・パナルジン・・・CYP2C19 主体
・プラビックス・・・CYP3A4 主体
プアメタボライザー(代謝不良者)への影響
・パナルジン・・・強い(副作用↑)
・プラビックス・・・少ない(安全性↑)
日本人ではCYP2C19活性が極めて低い「プアメタボライザー(PM)」が約15〜20%存在するとされています。
この遺伝的背景により、チクロピジンでは代謝が遅れ、薬物が体内に蓄積して副作用リスクが増大します。
一方、クロピドグレルは主にCYP3A4で代謝されるため、PMでも比較的安定して代謝され、肝障害リスクが低減しました。
つまり、プラビックスは「より多くの患者に安全に使えるよう改良された薬」といえます。
抗血小板作用の比較
両薬剤ともに、最終的な作用点は同じく「P2Y₁₂受容体の不可逆的阻害」です。
抗血小板作用そのものはほぼ同等とされています。
国内外の二重盲検比較試験では、脳梗塞再発率に有意差は見られませんでした。
しかし、副作用発現率はクロピドグレル群でチクロピジン群の約6割減と報告されています。
この結果が示すのは、有効性は同等、しかし安全性は明確に上回るという点です。
安全性の観点:なぜプラビックスのほうが安全なのか
① 肝代謝負荷の違い
チクロピジンはCYP2C19での酸化代謝を受ける際、肝臓に強い酵素誘導作用を与え、肝障害のリスクを上昇させます。
クロピドグレルは主にCYP3A4で代謝されるため、肝臓への負担が軽減されます。
② 顆粒球減少・TTPの頻度
クロピドグレルでは、パナルジンで問題となった顆粒球減少症・TTPなどの重篤副作用が極めて稀となりました。
この差が臨床上の安心感につながっています。
③ モニタリングの必要性
パナルジンでは、服用開始後3か月間の定期的な血液検査(白血球・肝機能)が義務付けられていました。
プラビックスでは、通常の経過観察のみで十分です。
ガイドライン上の位置づけ
『脳卒中治療ガイドライン2009』では以下のように位置づけられています。
推奨グレード
・アスピリン:Grade A… 標準治療
・クロピドグレル(プラビックス):Grade A… アスピリンと並ぶ第一選択
・チクロピジン(パナルジン):Grade B… 代替薬として位置づけ(安全性の面で制限)
このように、現在ではプラビックスが事実上の標準薬となっています。
パナルジンが使われなくなった理由
パナルジンは「効くがリスクが大きい薬」として徐々に使用機会が減りました。
その主な理由は次のとおりです。
・重篤な血液障害・肝障害のリスク
・定期検査の煩雑さ
・プラビックスの登場による安全性の上昇
・ガイドラインでの推奨度低下
現在では多くの施設でプラビックスまたはシロスタゾールなどへの置換が進んでおり、パナルジンは経過措置期間を経て販売終了となりました。
プラビックスの現在の臨床的役割
プラビックスは現在も第一選択薬として多くのガイドラインに採用されています。
・非心原性脳梗塞の再発予防
・急性冠症候群後の二次予防(アスピリン併用)
・末梢動脈疾患による血流改善
さらに、チカグレロル(ブリリンタ)やプラスグレル(エフィエント)といった新世代P2Y₁₂阻害薬が登場していますが、
プラビックスは依然として「バランスの取れた抗血小板薬」として広く使用されています。
まとめ:プラビックスは「より安全な後継薬」
パナルジンとプラビックスの主な違いは、「代謝経路」と「安全性」にあります。
有効性はほぼ同等ながら、プラビックスは副作用リスクを大幅に低減し、
CYP遺伝的多様性を持つ日本人にも使いやすい薬として改良されました。
おわりに:薬の進化は「安全性の進化」
パナルジンからプラビックスへの移行は、単なる「新薬への置き換え」ではなく、
副作用を減らし、より多くの患者に使えるように進化した過程と言えます。
薬理学的には同じチエノピリジン系でありながら、
代謝経路の違いが安全性を大きく左右する――その象徴的な例がこの2剤です。
抗血小板薬は「効けばいい」だけでなく、「安全に長く使えるか」が問われる薬です。
プラビックスはその点で、現代医療のスタンダードとなったといえるでしょう。




