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「急性心不全」「慢性心不全」という病名はもう古い?
公開. 更新. 投稿者: 51 ビュー. カテゴリ:心不全/肺高血圧症.この記事は約3分53秒で読めます.
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「急性心不全」「慢性心不全」という病名はもう古い?

かつて日本でも欧米でも、心不全の診療は「急性心不全」と「慢性心不全」の二分法で語られることが多かった。救急受診や入院の現場では、今でも“急性心不全で入院”という表現は耳慣れている。しかし近年のガイドラインでは、同じ患者が時間軸のなかで悪化と寛解を反復するという連続体(continuum)の理解が強まり、病名よりも病態(増悪の有無、駆出率表現型、ステージ)で記述する方向へと舵が切られている。
その象徴が、わが国の「心不全診療ガイドライン(2025年改訂版)」だ。従来の『急性・慢性心不全診療ガイドライン』から、名称も構成も大きく整理され、“心不全”という包括の下に「増悪(worsening HF)」や「非代償化(ADHF)」を位置づける形となった。
昔の二分法と今の考え方
以前は、
・急性心不全:急に悪化して救急搬送・入院が必要な状態
・慢性心不全:長期的に心機能が低下し、症状が続く状態
という二分法が主流でした。
しかし現在のガイドラインでは、心不全は「急性か慢性か」と単純に分けるよりも、
・基礎にある心不全が安定しているのか
・急性増悪(acute decompensation)を起こしているのか
・駆出率のタイプ(HFrEF/HFmrEF/HFpEF)
といった軸で整理されています。
「急性心不全」「慢性心不全」という“病名”の限界
「結果」を示す言葉であって「疾患名」ではない
覚えておきたいのは、「急性心不全」は疾患名ではなく病態を指す言葉だということです。
ニュースで「急性心不全で死亡」と表現されることがあるが、これは本当の死因(心筋梗塞や致死性不整脈など)が不明のまま使われているケースが多い。
死亡診断書でも「急性心不全」という単独記載は推奨されておらず、基礎疾患+経過のなかで心不全に至ったことを明記するのが原則。
「急性心不全=原因疾患名」ではないと理解しておく必要があります。
死亡診断書での「急性心不全」——“避けるべき表現”が原則
厚労省マニュアルは明確に注意喚起
死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルは、Ⅰ欄・Ⅱ欄に「心不全・呼吸不全など終末期の状態は書かないでください」と明記している。求められるのは因果関係の最も上流にある“直接の原因疾患”の特定であり、心不全は多くの場合最終共通路(結果)にすぎないからだ。
各自治体資料や統計コーディングでも同様の取扱い
東京都の資料でも、心不全・呼吸不全といった終末期状態を死因として記すのはWHOが推奨する書き方ではないとされ、上流の基礎疾患(例:急性心筋梗塞、拡張型心筋症、致死性不整脈、劇症心筋炎 など)の記載が促されている。統計コーディングでも、曖昧な原因記載はR95–R99の“原因不明”に振り分けられるなど、品質を担保する仕組みがある。
臨床で使われる新しい表現
現在よく使われるのは次のような記述です。
慢性心不全の急性増悪(ADHF)
例:拡張型心筋症の患者が感冒を契機に増悪して入院
新規発症心不全(de novo HF)
例:心筋梗塞をきっかけに初めて心不全を発症
薬剤師の立場では、“どの基礎疾患で心不全に至っているのか”“どんな誘因で悪化したのか”まで意識してカルテや処方を読むことが重要です。
よくある疑問Q&A
Q1. 「急性心不全」という語はもう使ってはいけない?
A. 禁止語ではない。救急場面で病態のショートハンドとしては今も有用。ただし退院時診断名・死亡診断書では原因・表現型・増悪まで具体化するのが推奨。
Q2. “慢性心不全”は消えたの?
A. 使うが、“安定期か、直近にworseningを起こしたか”の時間情報を付ける(例:慢性心不全の急性増悪)。
Q3. ニュースで「急性心不全で死亡」と出るのは?
A. 原因が未特定のまま最終共通路を表現しているに過ぎず、公衆衛生上は望ましくない。死亡診断書でも終末期状態の単独記載は避けるのが原則。



