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急激に血糖値を下げると神経障害?
公開. 更新. 投稿者: 139 ビュー. カテゴリ:糖尿病.この記事は約4分45秒で読めます.
目次
血糖値は下げれば下げるほど良い?― 急激な血糖改善と神経障害リスク ―

糖尿病治療において、血糖コントロールは極めて重要です。
高血糖状態が長く続けば、網膜症・腎症・神経障害といった慢性合併症のリスクが高まることは、医療者であれば誰もが知っています。
その一方で、臨床現場では次のような声を耳にすることがあります。
「治療を始めてから、足の痛みがひどくなった」
「血糖値が下がったのに、しびれが強くなった」
「前より調子が悪い気がする」
このような訴えを聞くと、
「薬が合っていないのでは?」
「副作用ではないか?」
と考えてしまいがちです。
しかし実は、血糖値を“急激に”下げたこと自体が、神経障害を引き起こす、あるいは顕在化させることがあることが知られています。
治療誘発性糖尿病性神経障害(TIND)とは
この現象は、
Treatment-Induced Neuropathy of Diabetes(TIND)
日本語では
治療誘発性糖尿病性神経障害
と呼ばれています。
TINDの特徴
・長期間、高血糖が続いていた患者
・治療開始後、短期間で血糖が大きく改善
・数週間〜数か月以内に
・強い神経痛
・しびれ
・自律神経症状
が出現または悪化
重要なのは、
「血糖を下げたから悪い」のではなく、「下げるスピードが速すぎた」こと
が問題になる点です。
どのくらい急だとリスクが高いのか
臨床研究では、TINDのリスクが高まる目安として、次の指標がよく挙げられます。
HbA1cの低下速度
・3か月でHbA1cが2%以上低下
たとえば、
・HbA1c 11% → 8%
・HbA1c 10% → 7%
といった改善は、一見「理想的」に見えますが、
神経にとっては急激すぎる変化になることがあります。
どのような症状が起こるのか
① 感覚神経障害(痛み・しびれ)
・焼けるような痛み
・電気が走るような疼痛
・ピリピリ、ジンジンするしびれ
・夜間に悪化しやすい
特徴的なのは、
従来の糖尿病性神経障害よりも「痛みが強い」ケースが多いことです。
② 自律神経障害
・起立性低血圧
・動悸
・発汗異常
・胃もたれ、下痢、便秘
患者さん自身が
「血糖とは関係ない症状」
と認識していることも多く、聞き取りが重要になります。
なぜ血糖を急に下げると神経が障害されるのか
ここは、患者説明でも医療者理解でも非常に重要なポイントです。
ポイントは「血糖値」そのものではない
TINDの本質は、
血糖値の低下そのものではなく、「環境の急変」です。
仮説①:慢性高血糖への“適応”
長期間高血糖状態が続くと、
・神経細胞
・神経を栄養する微小血管
は、高血糖環境に“順応”した状態になります。
仮説②:急激な正常化による相対的虚血
そこから急激に血糖が下がると、
・微小血管の血流調整が追いつかない
・神経への血流が一時的に低下
結果として、
相対的な虚血状態が生じ、
神経痛やしびれが出現すると考えられています。
「血糖を下げると神経障害になる」は誤解
ここで強調しておきたいのは、
血糖コントロールそのものが悪いわけではない
という点です。
高血糖を放置すれば、
→ 長期的には確実に合併症が進行
問題なのは
→ 短期間での急激な改善
つまり、
「下げるか・下げないか」ではなく、「どう下げるか」
が重要なのです。
どの治療で起こりやすいのか
TINDは、特定の薬剤に限って起こるわけではありません。
・インスリン導入
・SU薬
・GLP-1受容体作動薬
・SGLT2阻害薬
いずれでも報告があります。
薬の種類より、血糖改善のスピードが本質的な要因です。
予後はどうなるのか
多くは一過性
・数か月〜1年程度で軽快するケースが多い
・血糖コントロールを中断する必要は通常ない
ただし、
・痛みが強い場合
・QOLが著しく低下している場合
には、疼痛コントロールや治療計画の再調整が必要になることもあります。
薬剤師が果たすべき役割
① 「治療が失敗した」と思わせない
患者さんは、
「治療を始めたら悪くなった」
と感じがちです。
ここで、
・不安を否定せず
・現象の背景を説明する
ことが、継続治療の鍵になります。
② 服薬指導で使える説明例
「長く高かった血糖が急に下がると、
神経が一時的にびっくりして、
痛みやしびれが強く出ることがあります。
多くは時間とともに落ち着いてきます。」
③ 高HbA1c患者では「スピード」を意識
・HbA1c 10%以上
・長期間未治療
こうした患者では、
“ゆっくり下げる”という価値を
医師・患者と共有することが重要です。
血糖コントロールの本当の目標とは
血糖値は、
・数字そのものがゴールではありません
・合併症を防ぎ
・患者の生活の質を守るための指標
です。
急激な改善で神経障害が出れば、
治療への不信感やアドヒアランス低下につながりかねません。
まとめ
・急激な血糖改善により、神経障害が出現・悪化することがある
・原因は血糖値そのものではなく、改善スピード
・多くは一過性で、血糖コントロール自体は必要
・薬剤師の説明は、治療継続と安心感に直結する




