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キクイモは天然のインスリン?
公開. 更新. 投稿者:糖尿病.この記事は約5分40秒で読めます.
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イヌリンの正体と血糖値への影響

健康食品売り場で「天然のインスリン」として売られている野菜があります。それが「キクイモ(菊芋)」です。
「インスリン」といえば、糖尿病の治療に使われる注射薬。聞いただけで、「血糖値を下げるすごい野菜なのでは?」と期待してしまう人もいるかもしれません。
ですが――
結論から言えば、「キクイモはインスリンではないし、血糖値を下げる効果があるわけではない」というのが科学的な答えです。ただし、まったく無意味というわけでもありません。
キクイモがなぜ「天然のインスリン」と呼ばれるようになったのか、含まれる成分「イヌリン」とは何なのか、糖尿病との関係、厚生労働省や研究の見解まで、勉強していきます。
キクイモとは?〜芋なのに澱粉がない不思議な野菜〜
キクイモはキク科ヒマワリ属の多年草で、見た目はショウガやジャガイモのようなゴツゴツとした根茎部分を食用にします。名前に「イモ」が付いていますが、一般的な芋類(ジャガイモ、サツマイモ、里芋など)とは大きく異なり、澱粉をほとんど含みません。
キクイモの主成分は、「イヌリン」と呼ばれる水溶性食物繊維です。これが「天然のインスリン」と呼ばれる根拠になっています。
イヌリンとは何か?
イヌリンは、果糖が直鎖状に多数連なった多糖類で、ヒトの消化酵素では分解されません。そのため、食べても血糖値を上げる原因である単糖類(グルコース)にはならず、ほぼそのまま大腸まで届きます。
この性質から、次のような働きが期待されています:
・血糖値の急上昇を抑える(食後高血糖の予防)
・腸内で善玉菌(特にビフィズス菌)のエサとなる(プレバイオティクス効果)
・排便促進(整腸作用)
・脂質代謝の改善
「天然のインスリン」という呼び方の違和感
「インスリン」は、膵臓のβ細胞から分泌されるホルモンであり、血糖値を下げる生理活性物質です。注射薬として糖尿病治療にも使われます。
一方、「イヌリン」はあくまで食物繊維の一種であり、インスリンの代わりをするものではありません。
つまり、イヌリンは「血糖値を下げる」のではなく、「血糖値を上げにくくする」働きにとどまります。
天然のインスリンという表現はあまりにも誤解を招く表現であり、厚労省などの公的機関もこの言い回しを採用していません。
実際の研究例とエビデンスはあるのか?
イヌリンの作用に関する研究は多数存在します。いくつかご紹介します。
▶ 動物実験:糖尿病モデルラットでの効果
「ジャンボリーキ(無臭ニンニク)の乾燥粉末(イヌリン60%含有)」をラットに与えた結果、食後血糖値の上昇が抑制されたという報告があります。
▶ ヒトでの臨床研究:2型糖尿病患者における改善効果
2型糖尿病女性49人を対象にイヌリンを投与したところ、
・空腹時血糖値
・HbA1c(糖化ヘモグロビン)
・マロンジアルデヒド(酸化ストレスの指標)
が低下し、抗酸化酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の活性が上昇したという結果が出ています。
このように、食物繊維の摂取としてのイヌリンには有用性が示唆されるものの、「治療薬としてのインスリン」とはまったく異なる話です。
厚生労働省や公的機関の見解は?
厚生労働省は、「キクイモが血糖値を下げる」などの健康効果をうたった表示は認めていません。
また、消費者庁の「いわゆる健康食品」の適正広告ガイドラインにおいても、「医薬品的効能効果の暗示・誇大広告は禁止」とされており、「天然のインスリン」という言い回しは問題視される可能性があります。
一方で、「食後血糖値の上昇をゆるやかにする」ことは、機能性表示食品としての届出であれば一定の条件下で認められる可能性はあります。
キクイモを食べるメリットと注意点
メリット
・低カロリーで食物繊維が豊富
・血糖値の急上昇を抑える効果が期待できる
・整腸作用・便通改善・腸内環境の改善
注意点
・食べすぎるとおなかが張る、下痢をすることがある(特に生食や大量摂取時)
・キクイモは天然物のため、イヌリン含有量にばらつきがある
・血糖降下薬やインスリン使用中の人は、過剰摂取により低血糖の可能性がゼロではないため注意
イヌリンを含む他の食品
イヌリンはキクイモだけでなく、以下のような食材にも含まれています。
・ごぼう
・玉ねぎ
・にんにく
・アスパラガス
・チコリ
・バナナ(特に未熟果)
つまり、「イヌリン=キクイモ限定」というわけではなく、日々の食事の中でも自然に摂取できる成分です。
市販のイヌリン加工食品やサプリメント
健康志向の高まりとともに、イヌリン入りの商品は以下のような形で販売されています。
・キクイモ粉末・チップ
・イヌリン入り青汁
・食物繊維配合プロテイン
・イヌリン配合ヨーグルト・飲料
ただし、サプリメントとして摂取する場合も、「糖尿病が治る」などと過信せず、あくまで補助的な立場で使うことが大切です。
「天然のインスリン」は本当に言いすぎか?
結論として、「キクイモ=天然のインスリン」という表現は誤解を招くキャッチコピーに近いものです。
たしかに、キクイモに含まれるイヌリンには、血糖値の上昇を緩やかにする機能や、糖尿病リスクを下げる可能性が示唆される研究もあります。
しかし、それは血糖値を「下げる」のではなく、「上げにくくする」だけ。インスリンのような血糖降下作用とはまったく異なるものであり、「代替インスリン」ではありません。
食品と薬の違いを理解する視点を
医療や薬学の世界では、「薬」と「食品」の境界線は非常に重要です。
・インスリン=医薬品(強い効果・副作用あり・処方が必要)
・イヌリン・キクイモ=食品(穏やかな作用・副作用ほぼなし・自由に摂取可)
糖尿病の管理は、「食事・運動・薬物治療」の三本柱によって成り立っています。その中でも、毎日の食習慣が最も長期的な影響を与えることは間違いありません。
その意味で、キクイモはうまく取り入れれば役立つ食品です。ただし、「治す」「血糖値を下げる」といった医薬品的な期待は持ちすぎないようにしましょう。
健康食品は、キャッチコピーが一人歩きしやすい領域です。「天然のインスリン」と聞くとすごく効果があるように思えますが、その多くは機能の一部を切り取った誇張表現です。
正しい情報と理解を持って、食品を「味方」にできる暮らし方を選んでいきたいですね。