2025年7月17日更新.2,527記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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ペットから感染する病気?ズーノーシスと感染予防

犬の虫下しから考える「ズーノーシス」─人と動物をつなぐ感染症リスクとは?

薬局のペット用医薬品コーナーに立ち寄ってみたことはあるだろうか?
そこには人間の薬と見た目がそっくりな、犬用の胃腸薬や目薬、皮膚病薬、虫下しまでがずらりと並んでいる。風邪薬まであると聞くと、思わず「犬も風邪をひくのか」と驚くかもしれない。

ペットは家族の一員。だがその一方で、ペットを通じて人に感染する病気があることは意外と知られていない。そう、「人獣共通感染症(ズーノーシス)」の話である。

ズーノーシスとは何か?

ズーノーシス(Zoonosis)は、動物から人間に感染する病気の総称だ。ウイルス、細菌、寄生虫、真菌、プリオンなど、病原体の種類もさまざま。新型コロナウイルスや狂犬病、鳥インフルエンザもこのカテゴリに含まれる。

厚生労働省では、以下のような定義がなされている:

ズーノーシスとは
「脊椎動物(特に哺乳類や鳥類)とヒトとの間で自然に感染・伝播する病気」

一見健康そうな動物でも、体内に寄生虫や病原菌を抱えていることがある。とくに犬や猫のように身近な動物は注意が必要だ。

虫下しは感染対策?飼い主の義務としての定期駆虫

犬の薬の中でも「虫下し」はちょっと特殊な存在だ。胃腸症状があれば整腸薬を与える、目が赤ければ目薬を差す。だが寄生虫となると、何をもって「使い時」と判断するのか難しい。

実際には、寄生虫の卵や虫体が便に混じって出てきたとき、あるいは肛門から虫が出てきたときが明確なサインとなる。気持ち悪さだけでなく、「人にも感染するかもしれない」というズーノーシスの観点からも駆虫は重要な意味を持つ。

犬用虫下しに含まれる主な成分:
・クエン酸ピペラジン
・サントニン

いずれも人間用医薬品ではあまり見かけない成分だが、犬の回虫や鉤虫などに対して有効とされている。

犬の寄生虫と人への感染リスク

犬にはさまざまな寄生虫が住みつく。代表的なものを挙げてみよう。

寄生虫名人への感染主な感染経路人での主な症状
犬回虫あり土壌、犬の糞内臓幼虫移行症、視力障害など
犬鉤虫(十二指腸虫)あり経皮感染発疹、貧血
糞線虫あり経皮または経口感染下痢、好酸球増加、敗血症
瓜実条虫(サナダムシ)ありノミを介して経口感染軽度の腹痛、体重減少など
フィラリアまれ蚊を媒介肺フィラリア症(孤立性結節)
エキノコックスあり虫卵を経口摂取肝機能障害、死亡することも

犬の寄生虫に感染したら、人間には何の薬を使う?

もし人間が犬からの寄生虫に感染した場合、どのような治療薬が用いられるのだろうか?

薬剤名主成分主な適応
ストロメクトールイベルメクチン腸管糞線虫症、疥癬
コンバントリンピランテルパモ酸塩回虫、鉤虫、蟯虫、東洋毛様線虫
スパトニンジエチルカルバマジンクエン酸塩フィラリア症
メベンダゾールメベンダゾール鞭虫症、広範囲の寄生虫駆除

※ エキノコックスには後述のエスカゾールが用いられる。

エキノコックス症─キツネが運ぶ静かな死

北海道では特に注意が必要なズーノーシスがエキノコックス症だ。
原因はエキノコックス・ムルチロクラリスという条虫。キツネが終宿主、野ネズミなどが中間宿主となる。

この寄生虫の恐ろしい点は、ヒトが誤って虫卵を飲み込んだ場合、肝臓に寄生し腫瘍のように増殖することだ。以下がその経過である:

エキノコックス症の3段階
・潜伏期(5~10年)
 症状なし。血清抗体は陽性化。CTで肝病変が見つかることも。

・進行期(10~15年)
 肝腫大、腹部膨満、不快感、軽度の異常値。

・完成期(15年以上)
 黄疸、発熱、門脈圧亢進、肺や脳への転移。放置で死亡率高。

まれに「肝臓がん」と誤診され、開腹手術時に発覚するケースもある。

治療薬:エスカゾールとは?

エキノコックスに対しては、アルベンダゾール製剤(商品名:エスカゾール錠)が唯一の経口治療薬である。

・適応症:包虫症(エキノコックス症含む)
・作用機序:虫の微小管形成を阻害し、成長を妨げる
・実際の使い方:長期投与(数か月〜年単位)、副作用のモニタリングが必要

ただし、病巣が広範囲である場合は外科的切除が基本であり、薬物単独で完治することは難しい。

感染予防の基本は「触れない・口に入れない」

ペットや野生動物との接触を完全に断つことは現実的ではない。では何に気を付ければいいのだろう?

感染予防のポイント
・動物の便や尿に直接触れない
・食品はよく洗う・加熱する(山菜・川魚など)
・ペットには定期駆虫・ワクチン接種を行う
・野生動物(特にキツネやアライグマ)との接触を避ける
・子どもがペットに過度に接近しないよう注意

ズーノーシスとどう向き合うか?

動物と暮らすことは、私たちに癒しや喜びをもたらしてくれる。しかしその一方で、見えない感染リスクがあることも忘れてはならない。

ズーノーシスは、「動物を避ける」のではなく、「正しく知って予防する」ことが大切なのだ。

おわりに:薬剤師としてできること

薬局でペット用医薬品を目にするたび、飼い主の責任の重さを感じる。人に感染する病気を防ぐ意味でも、駆虫や予防接種は「動物のため」であると同時に「人間のため」でもあるのだ。

ズーノーシスの知識は、医療従事者にとっても日常臨床の中で無視できないトピックになってきている。
今後、薬剤師も「ヒトと動物の健康をつなぐプロ」として、予防の視点から啓発していくべきだろう。

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職業:薬剤師
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