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プラケニルとクロロキン事件
公開. 更新. 投稿者:副作用/薬害.この記事は約4分27秒で読めます.
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プラケニルとクロロキン事件 ─ エリテマトーデス治療薬と薬害

かつて「マラリアの特効薬」として脚光を浴びたクロロキン。しかし、日本ではその後、大規模な薬害「クロロキン事件」を引き起こし、多くの患者に深刻な視覚障害を残しました。現在、全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病治療に使われるヒドロキシクロロキン(商品名:プラケニル)にも、クロロキンと共通する副作用リスクが指摘されており、過去の教訓が現代にどう活かされているのかが問われています。
プラケニルの基礎知識からクロロキン事件の経緯、そして両者の違いや現在の対応まで、勉強していきます。
プラケニルとは?─エリテマトーデス治療の重要な選択肢
プラケニル(一般名:ヒドロキシクロロキン硫酸塩)は、全身性エリテマトーデス(SLE)や皮膚エリテマトーデス(CLE)の治療薬として2015年に日本で発売されました。
ヒドロキシクロロキンは1955年にアメリカで承認された薬剤で、現在では70カ国以上で使用されています。もともとはマラリアの治療薬として開発されましたが、その後、自己免疫疾患にも効果があることが判明し、膠原病治療に広く応用されています。
プラケニルの適応症は以下のとおりです。
・全身性エリテマトーデス(SLE)
・皮膚エリテマトーデス(CLE)
また、他国では関節リウマチや光線過敏症などにも用いられています。
プラケニルの作用機序 ─ まだ解明されていない部分も
ヒドロキシクロロキンの免疫調整作用の詳細なメカニズムは、完全には明らかになっていません。
考えられている主な作用は以下のとおりです:
・リソソーム内pHの上昇:細胞内のリソソームに蓄積し、pHを上昇させることで、抗原提示や細胞内消化機構を抑制。
・免疫細胞間の連絡遮断:T細胞やB細胞など、免疫系の過剰な活性化を抑える。
・抗炎症作用:サイトカイン産生の抑制やTLR(トール様受容体)の阻害など。
これらの作用により、自己免疫反応による組織障害を抑えると考えられています。
エリテマトーデスとは? ─ 難病指定の自己免疫疾患
SLE(全身性エリテマトーデス)は、自己免疫反応により全身の臓器や組織に炎症を引き起こす膠原病です。以下のような症状が見られます:
・発熱、倦怠感などの全身症状
・関節痛、関節炎
・顔面、耳、首まわりの紅斑(いわゆる蝶形紅斑)
・腎障害、中枢神経症状、心膜炎、肺炎など
発症の多くは20代〜40代の女性で、寛解と再燃を繰り返す慢性疾患です。日本では約6万人が難病指定を受け、医療費助成の対象となっています。
クロロキン事件とは? ─ 薬害史に残る深刻な教訓
プラケニルの成分「ヒドロキシクロロキン」の類縁化合物に「クロロキン」があります。このクロロキンは、かつて日本で大規模な薬害事件を引き起こしました。
事件の概要
1955年:クロロキン(商品名:レゾヒンなど)が日本でマラリア治療薬として発売。
1958年以降:慢性腎炎への適応拡大(世界的には認められていない適応)。
1960年代:慢性腎炎に対して大量に処方されたことで、クロロキン網膜症が多数発生。
1974年:副作用の深刻さが認識され、製造中止。
この「クロロキン事件」では、視野狭窄、視力低下、失明などの網膜障害が進行性に起こり、服用を中止しても改善しないケースが多発しました。中には、当初から糖尿病による網膜症を抱えていた腎炎患者もおり、症状がより重篤化した例も報告されています。
薬害の原因
・高用量での長期投与
・腎機能が低下した患者への過量投与
・網膜症リスクへの医療従事者の認識不足
・世界的に認められていない適応(腎炎)への無批判な使用
比較項目 | クロロキン | ヒドロキシクロロキン(プラケニル) |
---|---|---|
開発時期 | 1940年代 | 1950年代 |
主な用途 | マラリア、腎炎(日本) | SLE、CLE、RA(海外) |
組織親和性 | 高い | 低い |
網膜障害リスク | 高い | 低いが注意必要 |
日本での販売状況 | 製造中止(1974年) | 承認(2015年) |
ヒドロキシクロロキンはクロロキンよりも極性が高く、網膜組織への移行が少ないため、網膜症の発症リスクは比較的低いとされています。しかし、累積投与量が多くなると、やはり重篤な網膜症が生じる可能性があるため、慎重な管理が必要です。
プラケニルの副作用と安全性管理
重大な副作用の一例
・網膜症(累積投与量200g以上でリスク増)
・骨髄抑制
・ミオパチー(筋障害)
・低血糖
網膜症対策
プラケニルの添付文書には、以下のように記載されています:
「本剤の投与により、網膜症等の重篤な眼障害が発現することがある。網膜障害に関するリスクは用量に依存して大きくなり、また長期に服用される場合にも網膜障害発現の可能性が高くなる。このため、網膜障害に対して十分に対応できる眼科医と連携のもとに使用し、定期的に眼科検査を実施すること。」
眼科検査の目安:
・初回:投与開始から5年以内
・継続:その後は年1回以上の検査が推奨
適正な投与量の重要性
ヒドロキシクロロキンの分布容積は903Lと非常に大きく、体内に長く蓄積される性質があります。脂肪組織にはあまり移行しないため、肥満者においては「実体重」で投与量を決定すると過剰投与となるリスクが高まります。
そのため、投与量は「理想体重(身長から算出)」を基に決定する必要があります。
過去の教訓を今に活かすために
プラケニルは、SLE治療における選択肢として非常に有用な薬です。一方で、過去のクロロキン事件のような薬害を繰り返さないためにも、次のような姿勢が求められます。
・定期的な眼科受診の重要性を患者に説明
・処方量の確認(理想体重に基づく)
・副作用の早期発見と中止判断
・医師と薬剤師の連携体制
クロロキン事件は、「効くかもしれない」という期待だけで使用を拡大し、結果として多くの犠牲を生んだ失敗の歴史です。プラケニルもまたクロロキンの系譜にある薬である以上、その影を意識しながら、安全性に最大限の注意を払う必要があります。
おわりに:薬剤師としてできること
プラケニルは一生処方箋で目にしないという薬剤師も多いかもしれません。しかし、薬害の歴史を知り、もしものときに正しく説明できる知識を備えておくことは、すべての薬剤師にとって重要です。
「クロロキンと聞くと怖い」と感じる人は少なくありません。それは、ある意味で正しい感覚です。その怖さを正しく理解し、必要なリスク管理を行うことで、患者の信頼と安全が守られます。