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スポーツ選手は脈が遅い?
公開. 更新. 投稿者:不整脈.この記事は約3分19秒で読めます.
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スポーツ選手は脈が遅い?

“スポーツ心臓”という言葉をご存知でしょうか?これはスポーツ選手にみられる生理的な心臓の変化を指し、一般的な病的心肥大とは区別されます。スポーツ選手に見られる脈拍の低下や心臓の拡大といった現象と、それがもたらす影響について勉強していきます。
スポーツ心臓とは何か?
スポーツ心臓とは、長期間にわたり激しい持久的運動を行っているアスリートに見られる、心拡大と安静時心拍数の低下などの一過性生理変化を指します。特にマラソンや水泳、自転車競技などの持久力を要する競技に従事している選手に多く見られ、これは心臓がその競技に適応する過程で起こる変化です。
◆なぜ心臓が大きくなるのか?:
運動中、筋肉へより多くの酸素と栄養を届けるためには、心臓からより多くの血液を送り出す必要があります。これに適応するため、心臓の筋肉、特に全身へ血液を送る左心室が肥大します。この肥大は筋力トレーニングによる筋肥大と似た、いわば”心臓のトレーニング効果”です。
この結果、安静時の心拍数は少なくなり、いわゆる徐脈(じょみゃく)の状態になります。スポーツ選手の安静時心拍数が1分間に40回前後と低いのは、1回の拍動で大量の血液を送り出すことができるようになった証拠ともいえます。
心肥大=悪いこと?
心臓が大きくなること自体は、一般には心疾患の兆候とされます。特に左室肥大(左心室の肥大)が進むと、以下のような悪影響が考えられます:
・心筋が分厚くなることで収縮に余分なエネルギーが必要になる
・拡張しづらくなるため、心臓への血流が制限される
・弛緩が不十分で、拡張期の血流充填が不完全になる
このような状態では心電図上にR波の増高、STの低下、T波の異常といった所見が現れることがあり、検診などで異常と判断されることもあります。
ただし、スポーツ心臓はあくまで運動への適応反応であり、病的なものではないと考えられています。スポーツをやめれば、心臓の大きさや心拍数も徐々に正常範囲に戻るのが一般的です。
左室肥大と病的変化の見分け方
問題は、この心肥大がスポーツによる適応なのか、病的な肥大型心筋症によるものかの見分けです。特に日常的に運動していない人で心電図異常や心肥大を指摘された場合には、以下の疾患が疑われることがあります:
・高血圧性心疾患
・肥大型心筋症
・弁膜症
特に高血圧が続くと、動脈硬化により血管の弾力が失われ、心臓はより強い力で血液を押し出す必要があります。これにより心筋が厚くなり、左室肥大と高血圧の悪循環が形成されます。
徐脈のすべてが問題ではない
心拍数が60回/分未満の状態を徐脈といいますが、すべての徐脈が治療対象になるわけではありません。特に”洞性徐脈”と呼ばれる状態では、
・洞結節の異常がなく
・スポーツや睡眠中に見られ
・症状がない
といった場合には生理的な現象であり、特に治療は不要です。
スポーツ選手の徐脈はこの典型であり、むしろ効率の良い循環機能を示す指標といえるでしょう。
心臓は年中無休のポンプ
人間の心臓は1日およそ10万回も拍動し、8000リットル以上の血液を全身に送り出します。この働きは無意識下で行われ、自律神経によって制御されています。
また、心筋は常に収縮・弛緩を繰り返していますが、通常の骨格筋のように”疲労を感じる”ことはありません。ただし、実際にはエネルギーを消費し続けており、”疲れを感じないだけ”で、長期的には過労による変化が出ることもあります。
心電図とP波のはじまり
心電図は心臓の電気的活動を記録するもので、通常はP波、QRS波、T波、U波といった波形が見られます。
・P波:心房の電気的興奮(左右の心房)
・QRS波:心室の収縮
・T波:心室の回復(再分極)
・U波:稀に見られる波で、低カリウム血症などで強調される
ちなみに、P波の”P”は”Primary(最初の)”の頭文字です。英語圏で心電図を記述する際に、最初に現れる波形としてこの名が付けられました。
結論:脈が遅い=異常とは限らない
スポーツ選手に見られる脈の遅さ(徐脈)は、高度な運動適応による正常な変化であり、治療を必要とすることはほとんどありません。ただし、一般の人で心電図異常や心肥大がみられる場合は、背景にある疾患の精査が必要です。
心臓の変化を単に”大きい・小さい”と捉えるのではなく、その変化がどのような要因によって起きたかに注目することが重要です。
健康診断で気になる結果が出たら、自分の運動習慣や既往歴をもとに、適切に医師と相談するようにしましょう。