2025年11月25日更新.2,670記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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サンリズム(ピルシカイニド)の頓服治療 ― ピル・イン・ザ・ポケット法

サンリズム(ピルシカイニド)の頓服治療 ― ピル・イン・ザ・ポケット法

一部の心房細動(AF)患者に対して、抗不整脈薬を“発作時だけ飲む” という治療戦略がある。
代表例が ピルシカイニド(サンリズム)を頓服使用する「ピル・イン・ザ・ポケット(Pill-in-the-Pocket)法」 である。

常識的に「不整脈の薬は飲み続けて調子を整えるもの」と捉えられがちだが、実は 連日投与よりも安全性が高いケースすらある。
しかし同時に、重大な副作用を見逃しやすい危険性 も秘めている。

ピル・イン・ザ・ポケット法とは?

● 発作性心房細動に対する“発作時のみ治療”
発作頻度が少ない患者に対して、抗不整脈薬を連日投与せず、発作が出た時のみに1回服用 する方法。
名称の由来は、ピル(薬)をポケット(持ち歩き)に入れておき、必要時のみ服用することにある。

対象:発作性心房細動(Paroxysmal AF)

● メリット
・服薬負担が少ない:日常的な内服が不要
・副作用リスクが低い:抗不整脈薬は重い副作用があるため、投与期間が短いほど安全
・生活維持が容易:旅行時や仕事中の発作にも対応可能

● 注意:適応外使用
サンリズムの添付文書に 頓服使用の記載はない。
しかし 循環器専門医が副作用チェックの上で行う合理的治療 として広く現場で採用されている。

薬剤師としては、「適応外=禁忌」ではないことを理解しつつ、 安全性の確認が前提 であることを説明したい。

サンリズムの即効性と頓服効果

● 発作を止めるスピード
経口ピルシカイニド150mgを頓服で使用した臨床データによると、

指標と結果
・洞調律回復までの平均時間:約37分
・90分以内に有効:約45%

つまり “飲めばすぐ治る” という薬ではない。
平均 30〜60分はかかる。発作の不安が強い患者には、事前説明が重要。

● なぜ即効なのか?
ピルシカイニドは 経口でも静注並みに素早く血中濃度が上昇する というユニークな特徴を持つ。

・Tmax(最高血中濃度到達時間):1~2時間
・治療域への到達も速い

このため、頓服治療に向いている。

服用方法:1日量をまとめて一気に飲む

ピル・イン・ザ・ポケット法では、通常の内服と異なり、

1日量(または2/3量)を一度に服用する

例)サンリズム 100mg 錠の場合
・普段:100mgを1日3回=計300mg
・頓服:発作時に 200〜300mgを一度に服用

● 追加服用は禁止
→ 1回だけ服用。改善なければ救急受診。

数時間改善しないからといって追加服用するのは、致死的不整脈のリスクがある。

薬剤師としては最も強く伝えるべき注意点である。

定期内服との関係 ― サンリズムは本来「8時間ごと」

「サンリズム 毎食後 1日3回」と処方されることが多いが、ここに落とし穴がある。
毎食後という指示では、次のように 間隔がバラバラ になってしまう。

服用時間と間隔
・朝7:00 → 昼12:00:5時間
・昼12:00 → 夕19:00:7時間
・夕19:00 → 翌朝7:00:12時間(最も長い)

その結果、明け方の血中濃度が低下し、発作が起きやすい。

定期服用の場合は「厳密に8時間ごと」が最適

薬剤師の服薬指導として非常に重要なポイントである。

ベプリコール(ベプリジル)は頓服に向かない

● “頓服の抗不整脈”がすべて適切とは限らない
稀に見かけるのが、ベプリコール頓用(ベプリジル)。
しかし、結論から言えば 不適切な処方例である可能性が高い。

● Tmax比較(最高血中濃度到達時間)
Tmax
・ピルシカイニド:1〜2時間
・フレカイニド:1.5〜3時間
・プロパフェノン:1〜2時間
・ベプリジル:3〜4時間

症状を止めたい時に、3〜4時間後に効き始める薬は適さない。

● さらにベプリジルはリスクが高い
・QT延長
・TdP(トルサード・ド・ポア)

定期内服で慎重に管理すべき薬であり、頓服に使う薬ではない。

サンリズムの安全性 ― なぜ“安全に見えて危険”なのか?

ピルシカイニドは以下をほとんど抑制しない。
・Kチャネル
・Caチャネル
・α/β受容体
・ムスカリン受容体

そのため、
シベンゾリン・ジソピラミドなどに比べ、
・QT延長少ない
・抗コリン作用少ない
・低血糖の報告少ない

しかし、ここが逆に注意点となる。

副作用症状が目立たず、突然致死的不整脈に移行することがある。

● 過量時に起こる可能性
・QRS幅拡大
・洞停止
・心室頻拍
・心室細動
・心停止
・低血圧ショック
・失神

「追加服用禁止」の強調は薬剤師の重要な責務である。

ピル・イン・ザ・ポケット法の対象患者

適している患者
・発作性心房細動
・発作頻度が少ない(月に数回〜年数回)
・基礎心疾患がない(心機能正常)
・事前に病院で効果・安全性を確認済み
・抗血栓療法が適切に行われている

● 適さない患者
・心不全・心筋症・虚血性心疾患がある
・徐脈傾向がある
・WPW症候群
・高齢・腎機能低下
・独居で重篤時の対応が困難

まとめ ― 薬剤師としての指導ポイント

● 患者へ伝えるべき重要事項
指導内容
・発作時のみ、1回だけ服用:追加は致死的リスク
・改善しなければ救急受診:無効時に追加不可
・飲んですぐ治らない(30〜60分):不安軽減
・定期使用時は8時間ごと:毎食後では不十分
・初回は必ず病院で試す:安全確認必須
・抗凝固療法の継続が必要:脳梗塞リスク対策

サンリズムの頓服治療は、有効かつ安全性も高いが、正しい患者選別と適切な指導が不可欠。
薬剤師は「追加服用禁止」「即効性の限界」「8時間間隔の重要性」を徹底して伝える必要がある。

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