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薬剤師が注意すべき化学薬品の不正利用
公開. 更新. 投稿者:抗菌薬/感染症.この記事は約3分4秒で読めます.
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TATP(過酸化アセトン)をはじめとした市販品の“裏の顔”

薬局には、消毒薬や洗浄剤、除光液といった“日用品”が多く並んでいます。
しかしその一部は、組み合わせと目的次第で、爆発物や違法薬物の代替物となる恐れがある化学薬品でもあります。
とくに近年問題視されているのが「TATP(トリアセトントリパーオキシド)」という爆発物です。これはテロや犯罪に実際に使われた例があり、その原料は薬局やホームセンターで入手可能なものばかりです。
TATPとは何か?
●化学的概要と危険性
TATP(トリアセトントリパーオキシド)は、有機過酸化物に分類される極めて不安定で強力な爆発性物質です。
摩擦・衝撃・熱・静電気に非常に敏感で、専用の起爆装置すら不要なほどです。
また、他の爆薬と異なり、窒素化合物を含まないため探知が難しく、「透明な爆薬」とも呼ばれることがあります。
●実際の使用例(国内外)
・2005年 ロンドン地下鉄爆破テロ:TATP使用が確認された
・2015年 パリ同時多発テロ:ISの実行犯がTATPを所持
・国内でも2017年以降、個人宅での爆発事故が複数件報告
→ 過酸化水素やアセトンの大量保管が問題視された
TATPの“材料”は薬局で手に入る?
●TATPの主な合成原料と入手先
・アセトン:除光液、塗料用シンナ➡薬局、ホームセンター
・過酸化水素:オキシドール(3%)➡薬局(第2類医薬品)
・塩酸/硫酸:トイレ用強酸洗剤、排水管洗浄剤➡一部のドラッグストア・DIY店
特にアセトンは「アセトンフリー」と表示されていない除光液の中に高濃度で含まれることが多く、狙われやすい製品の一つです。
過酸化水素は医薬品として販売されているものの、複数本を濃縮することで爆薬原料になり得る点が問題です。
薬局で起こりうる“不審購入”とその兆候
●販売現場で見られる不自然な行動
以下のような購入パターン・質問行動には注意が必要です。
・アセトン・オキシドール・トイレ洗剤を同時購入しようとする
・「アセトン濃度の高い除光液がほしい」など成分へのこだわり
・「濃いオキシドールが欲しい」「濃度どれくらい?」などの質問
・若い男性客が化粧品売場で不自然に長居
・購入理由を曖昧にごまかす(「実験」「趣味で使う」など)
●POSデータからの異常検知
・同じ人が短期間に複数回同じ薬品を購入
・別店舗で同じ商品が同様の手口で購入されている場合、チェーン全体で情報共有
販売時にできるリスク対応
●質問・観察・販売拒否のポイント
・「ご使用目的を伺ってもよろしいでしょうか?」と丁寧に確認
・不明瞭な場合は販売者裁量で販売を控えることが可能
・医薬品(例:オキシドール)は薬機法上、販売記録や声かけが推奨されている
●判断に迷ったときの対応
・店舗責任者・管理薬剤師に報告
・保健所や警察に「念のための相談」として報告可能
・地元薬剤師会・卸業者とも連携を取り、不審情報を蓄積
TATP以外にも注意すべき市販化学品
●咳止め薬(デキストロメトルファン)
風邪薬の乱用で幻覚を引き起こす「ロボトリッピング」として使われる。
10代の乱用が特に問題視され、販売時の年齢確認が重要。
●抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン)
睡眠目的の過剰摂取や精神作用目的で乱用されることがある。
●硫化水素発生の組み合わせ
塩素系洗剤(次亜塩素酸)+トイレ洗剤(酸性)
→ 有毒ガス(硫化水素や塩素ガス)が発生し、自殺や事故の元に。
薬剤師の責任と“気づく力”
薬局は“安心と信頼の場”であると同時に、悪意を持つ者にとっての“調達場所”になりかねない現場です。
薬剤師や販売従事者が持つ「観察眼」と「販売判断」が、社会を守る防波堤となります。
・「この人、本当に家庭で使うのか?」と感じたら、一度立ち止まる
・販売責任は「売らない自由」も含む
・小さな違和感を「共有」「記録」「報告」する文化を店内に根づかせる
まとめ
・TATPは、市販薬品から簡単に・危険に・強力に作られる爆薬
・薬局で売られている「普通の商品」が犯罪に悪用される可能性を念頭に置く
・不審な購入行動には、販売者として冷静に対応することが最重要
・販売拒否や通報は「保身」ではなく、「社会的責任」そのもの