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傷口を消毒してはいけない?消毒薬一覧
公開. 更新. 投稿者: 7,982 ビュー. カテゴリ:褥瘡.この記事は約4分15秒で読めます.
目次
傷口を消毒してはいけない?

「転んでケガをしたときは、まず消毒」と教わった世代も多いでしょう。
ところが近年では、「傷口を消毒してはいけない」という考え方が医療現場で広く受け入れられています。
これは単なる流行ではなく、創傷治療の考え方が「乾かす治療から、潤す治療へ」と変化したことに由来します。
消毒しないほうが良い理由
① 消毒薬は「敵」だけでなく「味方」も殺す
消毒薬には細菌を殺す作用がありますが、同時に人間の皮膚細胞や肉芽組織にも障害を与えます。
つまり、「傷を治すための細胞」まで傷つけてしまうのです。
創傷治癒では、まず炎症期(感染防御)→増殖期(肉芽形成)→成熟期(上皮化)という3段階の過程があります。
このうち肉芽が形成され始めた段階では、細胞が活発に分裂し、傷を塞ぐ準備をしています。
ここで強い殺菌作用を持つ消毒薬を使うと、その新しい細胞がダメージを受け、治癒が遅れてしまいます。
② 湿潤環境こそが治癒を促す
乾燥したかさぶたの下では、細胞の移動が妨げられ、結果的に治りが遅くなります。
これに対し、湿潤環境(モイストヒーリング)では、傷の滲出液に含まれる成長因子が活かされ、自然治癒力が最大限に働きます。
市販の「キズパワーパッド」などの被覆材は、この湿潤療法の考え方に基づいています。
軽い切り傷や擦り傷なら、洗浄後にこうした被覆材を貼っておくだけで、きれいに治ることが多いです。
③ 感染していない創に消毒は不要
感染していない傷(=赤く腫れていない・膿がない・発熱がない)では、生理食塩水や流水で洗うだけで十分です。
褥瘡(床ずれ)治療のガイドラインでも、「黒色期や黄色期など感染が明らかな場合を除き、原則として消毒は行わない」とされています。
加圧洗浄(10mL/cm²程度の圧で洗う)によって、細菌や壊死物を物理的に除去するのが最も効果的です。
それでも「消毒」が必要な場面
完全に「消毒不要」と言い切ることはできません。
次のような状況では、消毒薬を適切に用いることがあります。
・明らかに汚染された外傷(砂や泥、異物が混入している)
・感染創(膿・悪臭・発赤・腫脹を伴う)
・MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などの感染が疑われる場合
・外科処置前後の一時的な皮膚殺菌
このようなケースでは、短期間・限局的に消毒薬を使い、消毒後は必ず生理食塩液で洗い流すことが推奨されています。
入浴と創傷ケア
「傷口は濡らしてはいけない」と思っている人も多いですが、実際には逆効果です。
流水で洗い流すことが最も安全で効果的な除菌方法です。
褥瘡がある患者でも、血行促進・清潔維持のために入浴が推奨されます。
創が完全に閉鎖していない場合は防水フィルムで覆い、入浴後にシャワーで洗浄するのが良いとされています。
湯上がりに消毒する必要はなく、むしろ避けた方が良いでしょう。
消毒薬の分類と代表例
| 分類 | 主な成分 | 殺菌スペクトル | 特徴・注意点 | 代表製品例 |
|---|---|---|---|---|
| 高水準消毒剤 | グルタラール、フタラール、過酢酸 | 芽胞以外すべてを殺滅 | 医療器具の滅菌用。皮膚への使用不可。 | なし(医療機関用) |
| 中水準消毒剤 | ポビドンヨード、エタノール | 多くの細菌・真菌・ウイルスを殺滅 | 皮膚への使用可。ヨードアレルギー注意。 | イソジン、消毒用エタノール |
| 低水準消毒剤 | 塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、クロルヘキシジン | 一般的な細菌に有効。芽胞や結核菌には無効。 | 一般家庭用の消毒薬の多くが該当。 | マキロン、ヒビテン液、ムヒのきず液 |
| その他(旧来型) | ヨードチンキ、ルゴール液、アクリノール、オキシドール、赤チン | 効果が弱い・刺激が強い | 現在はほとんど使用されない。 | 赤チン(製造終了)、ルゴール液 |
代表的な消毒薬と特徴
● ポビドンヨード(イソジン)
ヨウ素をポリビニルピロリドンで安定化した複合体。広範囲の細菌・真菌・ウイルスに有効。
しかし、ヨウ素過敏症や甲状腺疾患のある患者には注意が必要。
創面が広い場合は吸収による甲状腺機能異常の報告もあります。
● エタノール(消毒用アルコール)
皮膚の常在菌を迅速に除去。ウイルス除去にも有効。
ただし、粘膜や開放創には刺激が強すぎて不適。
擦過傷に使うと強い痛みを伴います。
● 塩化ベンザルコニウム(逆性石鹸)
界面活性剤として細胞膜を破壊。
一般的な細菌に有効だが、芽胞や一部ウイルスには無効。
多くの市販消毒薬(マキロン、キズ液など)に含まれ、しみにくいのが特徴です。
● クロルヘキシジン(ヒビテン)
殺菌効果が比較的強く、皮膚刺激が少ない。
医療現場で術前消毒やカテーテル挿入時の皮膚清拭にも用いられます。
ただし、粘膜や中耳への使用は禁忌。まれにアナフィラキシーの報告もあります。
● アクリノール
黄色の色素を持つ殺菌消毒薬。細菌に対して弱いながらも、創面に穏やかに作用。
近年はほとんど使用されないが、皮膚科処方では時折見かけます。
● ピオクタニン(メチルロザニリン)
古い外用色素薬。MRSAなどグラム陽性菌に効果があるとされる。
皮膚科領域では褥瘡や潰瘍に処方されることもありますが、紫色に染まるのが難点。
● 赤チン(マーキュロクロム)
かつて定番の消毒薬でしたが、水銀を含むため現在は製造中止。
毒性は低かったものの、環境汚染や誤飲事故のリスクから姿を消しました。
今でも海外では入手可能です。
「しみない消毒薬」は何が違う?
「子どもが泣くので、しみない消毒薬が欲しい」と言われることがあります。
「しみる」感覚は、エタノールの脱水作用や酸化作用による刺激が原因です。
そのため、ベンゼトニウム塩化物やクロルヘキシジン系の製品は、刺激が少なく「しみない」と感じられます。
消毒薬と刺激性
・エタノール :強い (消毒用エタノール)
・オキシドール :強い (オキシドール)
・塩化ベンゼトニウム :弱い (マキロン、ムヒきず液)
・クロルヘキシジン :弱い (ヒビテン、ヒビディール)
消毒薬を使うときの注意点
・長期連用しない:肉芽形成期にダメージを与える。
・創面全体に塗らない:感染巣のみに限定する。
・使ったら洗い流す:残留は治癒を遅らせる。
・ラップ療法との併用注意:閉鎖環境下で刺激が強くなることがある。
まとめ:薬剤師としてどう伝えるか
「傷口は消毒しないほうがいい」と一言で言ってしまうと、誤解を招くことがあります。
薬剤師としては、創傷の状態を観察し、必要に応じて医師の受診を勧める姿勢が重要です。
患者から「どの消毒薬がいいですか?」と聞かれたときは、
「感染がなければ消毒より洗浄が大切です。もし化膿しているようなら、医師に相談して抗菌薬を使う必要があるかもしれません」
と説明できるのが理想的です。



