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透析患者は手根管症候群になる?
公開. 更新. 投稿者:腎臓病/透析.この記事は約4分45秒で読めます.
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透析患者は手根管症候群になる?手のしびれと透析の関係

指がしびれるのは、手根管症候群かも?
透析を受けている患者さんの中には、「最近、指先がピリピリする」「夜中に手がしびれて目が覚める」といった訴えをする方がいます。こうした症状の原因としてよく挙げられるのが、「手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)」です。
手根管症候群とは、手首にある「手根管」という狭いトンネル状の空間で、そこを通る正中神経が圧迫されることで発症する神経障害です。しびれや痛み、運動障害などが起こり、進行すれば親指の付け根(母指球筋)がやせ細るなど、日常生活に支障をきたすこともあります。
実はこの疾患、特に長期間にわたって血液透析を受けている患者さんに多くみられます。では、なぜ透析患者に多く発症するのでしょうか?
手根管とは?正中神経が通る狭いトンネル
まずは手根管という構造について簡単に説明しましょう。
手根管とは、手首の掌側(てのひら側)にある狭いトンネル状の構造で、骨(手根骨)と靭帯(横手根靭帯)に囲まれています。この中には、正中神経とともに、指を動かすための屈筋腱(腱)が通っています。
もともと狭い構造のため、周囲の組織が腫れたり、肥厚したりすると、すぐに神経が圧迫されてしまいます。これが手根管症候群です。
手根管症候群の症状
手根管症候群の主な症状には以下のようなものがあります:
・親指・人差し指・中指・薬指の親指側半分のしびれ
・ピリピリ、ジンジンとした痛み(とくに夜間や早朝に増悪)
・手の感覚が鈍い
・ボタンがかけにくい、箸が使いづらいといった細かい動作の困難
・母指球筋の萎縮(進行例)
なお、小指や薬指の小指側半分にしびれがある場合は、別の疾患(肘部管症候群など)が疑われます。
透析患者に多い理由:アミロイド沈着とβ₂ミクログロブリン
透析患者に手根管症候群が多く見られるのは、血液中にたまりやすい「β₂ミクログロブリン」というタンパク質が関係しています。
β₂ミクログロブリンは本来、腎臓で分解・排泄されるはずの物質ですが、腎機能が低下した患者では排泄されず、体内に蓄積します。これがアミロイドという不溶性の繊維状タンパク質に変化し、関節や腱、靭帯に沈着していきます。
特に手根管内の靭帯や腱鞘滑膜にアミロイドが沈着すると、正中神経が圧迫され、手根管症候群の原因となるのです。
透析を10年以上受けている患者では、実に80%以上に手根管症候群が見られるという報告もあり、長期透析の代表的な合併症の一つとされています。
その他のリスク因子:女性ホルモン・使い過ぎ・加齢
手根管症候群の原因は透析だけではありません。以下のような要因でも発症することがあります:
・妊娠・出産・更年期:ホルモンバランスの変化によって腱鞘炎や滑膜のむくみが起こりやすくなる
・手の酷使:パソコン作業、楽器演奏、家事などの繰り返し動作
・加齢:中高年女性に多いことから、加齢による組織変化も一因と考えられています
・外傷・骨折・関節リウマチ:手根管周囲の構造が変化することによる圧迫
手根管症候群の治療法:保存療法と手術療法
◆軽症の場合(保存療法):
・NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬):痛みや炎症を和らげる
・経口ステロイドや局所注射:滑膜の腫れを抑える
・ビタミンB₁₂製剤:神経の修復を助ける補助療法として使用
◆中等度~重症の場合(手術療法):
・手根管開放術:圧迫を引き起こしている横手根靭帯を切開し、神経を解放する手術。日帰りでできることも多い。
・内視鏡手術:より低侵襲で行える方法も登場している
特に透析患者の場合は、アミロイドの蓄積が進んでいることも多く、保存療法では効果が出にくいことがあります。そのため、早期の診断と外科的対応が重要になります。
透析とシャントの基礎知識
ところで、透析患者さんの腕には「シャント」と呼ばれる特殊な血管構造があります。これは、透析のたびに十分な血液を体外に取り出し、再び体内に戻すために必要な構造です。
シャントは一般に、動脈と静脈をつなげて作られます。動脈の高い血流が静脈に流れ込むことで、静脈が太く強くなり、透析時に針を刺して血液を安定して取り出すことが可能になります。
内シャントと動脈表在化の違い
・内シャント:動静脈を直接つなげる標準的な方法
・動脈表在化:深い位置にある動脈を皮膚の近くまで持ち上げて、直接穿刺可能にする手術。心機能が弱い患者に適応されることがあります。
なお、処方箋に「シャント肢に塗布」と記載されていることがありますが、これはシャントのある側の腕に薬を塗るようにという指示です。
透析患者の手のしびれ、見逃さないで
透析患者における手根管症候群は、β₂ミクログロブリンによるアミロイド沈着が背景にあり、長期透析患者では特に高頻度で発症します。手のしびれや痛み、母指球筋の委縮が見られる場合は、早めに整形外科や神経内科を受診し、適切な治療につなげることが大切です。
しびれの場所が「親指から中指にかけて」なら手根管症候群、小指側なら別の疾患かもしれません。こうした知識を持っていると、日常の観察から患者さんの変化に気づける可能性も高まります。