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抗コリン薬は喘息に効く?
公開. 更新. 投稿者: 7,838 ビュー. カテゴリ:喘息/COPD/喫煙.この記事は約5分52秒で読めます.
目次
抗コリン吸入薬と喘息

抗コリン吸入薬を気管支喘息に使うことってある?
「抗コリン吸入薬って、喘息にも使うの?」
薬局で働く薬剤師なら、一度は疑問に思ったことがあるかもしれません。
抗コリン薬といえば、まず思い浮かぶのはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)。
一方で、喘息といえば吸入ステロイド(ICS)やβ₂刺激薬(LABA/SABA)が中心です。
しかし、近年では喘息にも長時間作用型抗コリン薬(LAMA)が使用されるようになり、
「抗コリン吸入薬=COPDの薬」という図式は過去のものになりつつあります。
抗コリン薬の基本作用
抗コリン薬は、副交感神経から放出されるアセチルコリンの作用を阻害することで、
気道平滑筋の収縮を抑制し、気管支を拡張させる薬です。
気道平滑筋には主にムスカリンM₃受容体が存在し、
これにアセチルコリンが結合すると、筋収縮→気道狭窄が起こります。
抗コリン薬はこの結合をブロックすることで、気道抵抗を減らし、呼吸を楽にするのです。
喘息における抗コリン薬の位置づけ
β₂刺激薬との比較
抗コリン薬の気管支拡張作用は、β₂刺激薬に比べて発現が遅く、効果も穏やかです。
そのため、第一選択薬としては使用されません。
しかし、β₂刺激薬では十分な改善が得られない場合や、副作用(動悸・振戦など)が問題となる場合に、
補助的に抗コリン薬が用いられることがあります。
COPDとの違い
COPDの気道収縮は、主に迷走神経からのアセチルコリン遊離によって生じるため、
抗コリン薬が最も効果的です。
一方、喘息ではアレルギーや炎症が主因のため、ICSが治療の中心となります。
スピリーバに喘息の適応追加
かつて「スピリーバ=COPD治療薬」というイメージが強かった時期がありました。
しかし、2014年1月にスピリーバ®レスピマットに
「気管支喘息」の効能・効果が追加されました。
これにより、スピリーバは喘息治療でも使える薬へと進化しました。
ただし、注意すべきは、スピリーバ吸入用カプセル(ハンディヘラー)にはこの適応がないこと。 喘息に使えるのはスピリーバ・レスピマット(SMI:soft mist inhaler:ソフトミスト吸入器)のみです。
喘息治療ステップとLAMAの位置づけ
2015年に改訂された「喘息予防・管理ガイドライン」では、
喘息の治療ステップに初めてLAMAが追加されました。
ステップ1 :低用量ICSまたはLTRAなど
ステップ2 :ICS + LABA or LTRA or テオフィリン徐放製剤
ステップ3 :ICS + LABAに加え、LAMA追加が選択肢に
ステップ4 :高用量ICS + LABA + LAMA ± 抗IgE抗体製剤など
つまり、ICS/LABA併用でも症状が残る場合にLAMAを追加することが可能になったわけです。
特に夜間症状が残る患者や、β₂刺激薬で動悸・振戦が強い患者において、
LAMAの追加は有効な選択肢です。
実臨床での使い方と需要
現場では、「LAMA追加=切り札的な位置づけ」といえるでしょう。
ICSの増量やLABA追加でも十分な効果が得られないときに、
最後の一手としてLAMAを用いるケースが多いです。
高齢の喘息患者では、COPDを合併していることも多く、
その場合はLAMAの使用がより理にかなっています。
COPDの主たる気道収縮因子がアセチルコリンであるため、
喘息とCOPDが併存する患者(ACO:Asthma-COPD Overlap)では特に有用です。
抗コリン吸入薬の種類と喘息適応
| 分類 | 商品名(デバイス) | 一般名 | 適応症 |
|---|---|---|---|
| SAMA | アトロベント(エロゾル) | イプラトロピウム臭化物水和物 | 気管支喘息、COPD |
| テルシガン(エロゾル) | オキシトロピウム臭化物 | 販売中止 | |
| LAMA | スピリーバ(レスピマット) | チオトロピウム臭化物水和物 | 気管支喘息、COPD |
| スピリーバ(吸入用カプセル) | チオトロピウム臭化物水和物 | COPD | |
| シーブリ(吸入用カプセル) | グリコピロニウム臭化物 | COPD | |
| エクリラ(ジェヌエア) | アクリジニウム臭化物 | COPD | |
| エンクラッセ(エリプタ) | ウメクリジニウム臭化物 | COPD | |
| LAMA+LABA | ウルティブロ(吸入用カプセル) | グリコピロニウム臭化物/インダカテロールマレイン酸塩 | COPD |
| アノーロ(エリプタ) | ウメクリジニウム臭化物/ビランテロールトリフェニル酢酸塩 | COPD | |
| スピオルト(レスピマット) | チオトロピウム臭化物水和物/オロダテロール塩酸塩 | COPD | |
| ビベスピ(エアロスフィア) | グリコピロニウム臭化物/ホルモテロールフマル酸塩水和物 | COPD | |
| ステロイド+LABA+LAMA | テリルジー(エリプタ) | ビランテロールトリフェニル酢酸塩/フルチカゾンフランカルボン酸エステル/ウメクリジニウム臭化物 | COPD |
| ビレーズトリ(エアロスフィア) | ブデソニド/グリコピロニウム臭化物/ホルモテロールフマル酸塩水和物 | COPD | |
| エナジア(吸入用カプセル) | インダカテロール酢酸塩/グリコピロニウム臭化物/モメタゾンフランカルボン酸エステル | 気管支喘息 |
抗コリン薬は喘息に「禁忌」なのか?
ここで混乱しやすいのが、「抗コリン薬=喘息禁忌」と書かれている薬が存在する点です。
たとえば、ペリアクチン®(シプロヘプタジン)の添付文書の禁忌には次のような記載があります。
気管支喘息の急性発作時の患者[抗コリン作用により、喀痰の粘稠化・去痰困難を起こし、喘息を悪化させるおそれがある]。
このように、全身性の抗コリン作用をもつ薬(内服薬など)は、
痰の排出を妨げて気道閉塞を悪化させるおそれがあり、喘息発作時には避けるべきです。
一方、吸入抗コリン薬(局所作用型)は、
気道のムスカリン受容体に選択的に作用するため、
全身性抗コリン作用による痰の粘稠化は起こりにくいとされています。
したがって、アトロベントやスピリーバなどは
「抗コリン薬ではあるが、喘息に使用できる」わけです。
抗ヒスタミン薬との関連 ― 一筋縄ではいかない
興味深いのは、同じように抗コリン作用をもつ第一世代抗ヒスタミン薬です。
ペリアクチンは喘息急性発作時禁忌とされる一方、
同系統のタベジール®(クレマスチン)では「ヒスタミンによる喘息誘発を抑制する」
という実験報告もあります。
さらに、ゼスラン®(メキタジン)のような第二世代抗ヒスタミン薬には
実際に「気管支喘息」の効能をもつものも存在します。
つまり、抗コリン作用をもつからといって一律に禁忌とは限らず、
薬の選択性や作用部位によって喘息への影響は異なるのです。
抗コリン薬の副作用と注意点
抗コリン薬全般に共通する副作用として、以下が挙げられます。
・口内乾燥
・眼圧上昇(緑内障の悪化)
・排尿困難(前立腺肥大症で注意)
・動悸・心悸亢進
吸入薬であっても、吸入時に目へかかると眼圧上昇を招くことがあるため、
スピリーバなどSMI吸入器を使用する際は、噴霧が目にかからないよう注意が必要です。
β₂刺激薬が使いにくい患者における選択肢
短時間作用型β₂刺激薬(SABA)は、急性発作時の第一選択ですが、
手の震えや動悸が強く出る場合があります。
このような患者では、SABAの使用頻度を減らす目的で、
ICS/LABA配合剤にLAMAを上乗せすることもあります。
LAMA追加により、発作頻度を減らし、SABAの使用回数を減少させる効果が期待できます。
臨床現場でのまとめ
・抗コリン薬は第一選択ではないが、補助的な役割で重要。
・特にICS+LABAでコントロール不十分な中等症〜重症喘息において有用。
・スピリーバはレスピマットのみが喘息適応をもつ。
・抗コリン薬=禁忌という誤解に注意。
・COPD合併患者(ACO)では特に有効。
まとめ:抗コリン薬は「補助の主役」
抗コリン吸入薬は、喘息治療において
「主役ではないが、最後の切り札」として存在感を高めています。
ICS+LABAの標準治療で十分な効果が得られない場合、
LAMAを追加することで症状の安定化が得られるケースは少なくありません。
COPDと喘息の狭間にいる患者にとっても、
抗コリン薬は理にかなった治療選択肢となり得ます。



