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急性痛と慢性痛の違い
公開. 更新. 投稿者:痛み/鎮痛薬.この記事は約6分11秒で読めます.
2,475 ビュー. カテゴリ:急性の痛みと慢性の痛み
まず、急性の痛みと慢性の痛みを分けることができるのかという問題がある。
急性の痛みは組織の傷害に基づく生体における警告信号としての生理学的な意味をもち、一方、慢性の痛みは創傷の治癒が得られた後にも持続し、警告としての意味を失ったものと考えられている。
しかし、実際には経時変化として捉えたとき、慢性の痛みにも急性の痛みの要素が含まれている場合が多く、両者を臨床的に分けることは困難である。
急性腰痛と慢性腰痛
日本整形外科学会・日本腰痛学会の「腰痛診療ガイドライン2012」によれば、腰痛の発症から4週間未満を急性腰痛、4週間以上3か月未満を亜急性腰痛、3か月以上を慢性腰痛と定義している。
腰痛は発症後1か月で急速に改善する一方、約6割の患者は12か月後も腰痛を有するとされる。
一般に、急性腰痛は組織の炎症などによる痛みであるのに対して、慢性腰痛は神経系の異常などによる痛みである。
そのため、急性期は炎症への対応が中心となり、非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)などで痛みを抑制することが多い。
一方、慢性期になるとオピオイドや抗うつ薬などが用いられるようになり、痛みの軽減だけでなく、日常生活動作(ADL)やQOLの改善も目指すようになる。
中枢神経には、例えば、末梢にけがをした際、その刺激を痛みとして脳に伝える上行性疼痛伝導系と、その痛みの伝わり方を調節(軽減)する下行性疼痛抑制系がある。
その両者がバランスよく作用することで、痛みのレベルが適切に保たれると考えられている。
しかし、下行性疼痛抑制系を賦活化するセロトニンやノルアドレナリンの作用が低下したり、バランス異常を生じることで、慢性的な痛みを来す場合がある。
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)のデュロキセチン塩酸塩(サインバルタ)を慢性疼痛患者に投与すると、下行性疼痛抑制系の神経終末におけるセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みが阻害され、それらが感覚神経の受容体に結合することで、痛みの情報伝達を抑制し疼痛を緩和する。
急性痛を放置すると慢性痛になる
痛みを放置すると、どのようなことが起こるのか。
急性痛の代表例である術後痛について具体的に考えてみます。
術後痛の発生率は30~50%と報告されています。
例えば、胃がんの手術では心窩部から臍近傍まで約20cmの切開が必要になりますので、鎮痛薬がなければ眠れないほど強い痛みが生じ、息をするのも大変です。
この術創の痛みには警告システムとしての意味はありませんので、適切に対処しないと何日も苦しむことになります。
痛みのためにベッドから起き上がれないと、深部静脈血栓症による肺梗塞を起こす可能性もあります。
また、歩行で促進される腸の動きも鈍くなり、腸閉塞を起こすこともあります。
さらに術創の痛みで深呼吸や痰の喀出ができないため肺炎を合併する確率が高くなります。
このように、通常は自然消退する術後痛であっても適切に対処しないと合併症が起こり、時には致命的になるのです。
また、適切に対処しないで急性痛を放置すると、慢性痛に変化することが報告されています。
その原因は、末梢から脊髄に持続的に強い痛みが伝わると、中枢の神経系が変化して、侵害刺激がなくても痛みを感じるようになるからです。
慢性痛の種類
慢性痛は、慢性侵害受容性痛、神経因性痛、心因性痛の3種類に分類されていますが、多くの場合、これらが合併していることがほとんどです。
侵害受容性 | 神経障害性 | |
---|---|---|
画像上の神経病変 | なし | あり |
疼痛領域 | 局所に限局または放散 | 神経病変高位の領域に一致 |
体動・姿勢との関連 | あり(安静で軽減) | なし(誘発テストで発現) |
局所所見 | 圧痛・叩打痛、腫脹など | なし |
慢性侵害受容性痛
一般的に、急性痛の多くは侵害受容性痛に属します。
侵害受容器の近傍に損傷や炎症があると、その情報は痛みとして、侵害受容器→末梢の知覚神経(痛覚線維)→脊髄→視床→大脳皮質、に伝わります。
しかし、何らかの原因で炎症が遅延すると慢性痛になります。
例えば、慢性リウマチ、変形性関節症、がん性疼痛などで、次々と新しい炎症が継続すると、慢性痛になるのです。
また、慢性的に侵害受容性痛が継続すると、痛覚過敏や痛み部位の血管透過性の亢進などによって、腫脹などがみられます。
神経因性痛
神経系の機能異常に伴う持続的な痛みのことで、受容体を介さない痛みともいわれています。
先に示した侵害受容体から脳に至る痛みの回路は求心路と呼ばれ、この回路に障害が生じた痛みが神経因性痛で、求心路遮断痛という別名もあります。
求心路に障害が生じると、通常の痛み刺激は伝わりにくくなる反面、強い自発痛を感じるようになります。
また、疼痛部位の感覚過敏や浮腫も存在し、場合によっては衣服が擦れただけでも強い痛みを感じる超過敏状態になる場合もあります。
さらに、痛みの持続によって交感神経系が病的に亢進し、患部の浮腫や痛みの増強で日常生活が困難になる場合もあります。
神経因性痛の典型例が帯状疱疹後の神経痛で、疱疹痕の知覚はないのに、ジリジリと焼けるような痛みが持続し、不眠や食欲不振になる方もみられます。
心因性痛
痛みの原因がみられず、上記の慢性侵害受容性痛、神経因性痛では説明できない痛みが心因性痛で、身体表現性障害、疼痛性障害とも呼ばれます。
また、うつ病では痛みが前面にでる場合もあり、慢性痛では抑うつ状態になることも少なくないため、鑑別が困難な患者さんもいますが、気分の変動が痛み刺激に影響を与えることは確かです。
一方、機能的画像診断による研究から、これまで心因性痛と考えられてきた病態を、痛み刺激に対して内因性オピオイドを産生して痛みを抑制するドパミン・システムの機能低下で説明できることが、近年、明らかになりつつあります。
そこで、心因性痛の発症メカニズムもいずれ解明されると考えられています。
痛みとは何か
誰でも痛みを体験していますが、「痛みとは何か?」と問われても、簡潔に説明するのはかなり難しいと思います。
アリストテレスは痛みを「不快な情動」と捉えています。
デカルトは「痛みは刺激の精神的再現」と捉え、痛みの程度は組織障害の程度とほぼ一致すると考えました。
このデカルトの考え方は現代の臨床にも受け継がれ、痛みの程度は病状を判断する重要な要素になっています。
しかし、同じ刺激でも痛みの程度は個人によって異なり、明らかな組織障害がなくても痛みが続くこともあります。
そこで、1974年に国際疼痛学会(IASP)が発足した時、世界各地から選ばれた臨床医学者、基礎医学者、心理学者からなる用語委員会が組織され、精神科医のハロルド・マースキーが委員長となって5年の歳月をかけ、次のような痛みの定義を発表したのです。
Pain is an unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage,or described in terms of such damage.
訳すと「痛みは、実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはこのような損傷を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動である」と、なりますが、この定義だけでは少し分かりづらいので注釈がついています。
その注釈の略意は「痛みはいつも主観的である。人は、幼少時代に痛みを惹起する刺激は組織を損傷しやすいことを体験的に認識して、痛みという言葉をどのように使うかを学習する。つまり、痛みは実質的あるいは潜在的な組織損傷と結びついた体験である。一方、組織損傷や明らかな器質的疾患がなくても人は痛みを感じることがある。これらの痛みは、普通、心理学的理由で起こるが、組織損傷による痛みと区別することは難しい。そこで、痛みの定義では、痛みを侵害刺激と結びつけることを避けている。すなわち、痛みとは侵害刺激によって惹起される侵害受容経路の活動だけではない」。
IASPの定義と注釈には、2つのポイントがあります。
1つは、痛みは感覚であると同時に「情動」であるとみなしていることです。
しかも「不快な」という形容詞がついています。
肉体のどこが痛いかを示す感覚は脳の機能ですが、それには常に不快な「情動=心」を伴っているのです。
2つ目は、組織損傷と痛みの関係は固定したものではなく、心に原因がある痛みも存在することを明確に示している点です。
多くの場合、痛みは組織損傷によって惹起されますので、痛みの原因の1つが肉体にあることは間違いありません。
しかし一方で、幼少時代に学んだ組織損傷を表現する言葉が、組織損傷がないにもかかわらず発せられることがあるのです。
参考書籍:クレデンシャル2012.6、日経DI2017.7
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