2025年11月20日更新.2,667記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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急性痛と慢性痛の違いは?

急性痛と慢性痛の違いは?― 痛みの定義から治療、慢性痛の分類まで

私たちは日常生活の中で「痛み」を頻繁に経験します。しかし、「急性の痛み」と「慢性の痛み」の違いを正しく説明できる人は多くありません。
医療の現場では、急性痛と慢性痛は全く異なるメカニズムで生じ、治療法も全く異なります。
そして最も重要なのは、

急性痛を適切に処理しないと慢性痛へ移行してしまう

という点です。

痛みの定義から、急性痛と慢性痛の違い、腰痛ガイドラインに基づく分類、慢性痛のメカニズム、3種類の慢性痛、痛みの哲学的背景まで、
“痛みとは何か”を総合的に解説します。

痛みとは何か? IASPによる痛みの定義

痛みを理解するためには、まず「痛みとは何か」を知る必要があります。
1979年、国際疼痛学会(IASP)は、痛みを次のように定義しました。

Pain is an unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage.

日本語では
「痛みとは、実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、またはそのような損傷を表現する言葉で述べられる、不快な感覚・情動である。」

と翻訳されます。

■ この定義が示す重要なポイントは2つ
① 痛みは「感覚」でありながら「情動」でもある
痛みを感じるとき、
・刺された
・熱い
・圧迫されている
といった「部位と質」を感じるだけでなく、必ず「不快」という情動体験が伴います。

② 組織損傷がなくても痛みは起こり得る
これは心因性疼痛や中枢性疼痛の存在を説明する重要なポイントです。

実際、痛みは主観的であり、
同じ刺激でも人によって強さも感じ方も異なります。

この「主観性」こそが痛みの理解を難しくしています。

急性痛とは?― 生体の警告信号としての痛み

急性痛(acute pain)は、
組織の損傷に対する生理的警告信号として働きます。

・切り傷
・火傷
・骨折
・手術の術後痛
・急性炎症

など、組織がダメージを受けた直後の痛みが該当します。

■ 急性痛の特徴
・原因が明確
・警告としての意味がある
・組織の修復に伴い自然に軽減
・治療は炎症・損傷に対して行う

薬物治療としては、

NSAIDs(ロキソニン、ボルタレン)

アセトアミノフェン

必要に応じて弱オピオイド
が中心です。

慢性痛とは?― 警告信号ではなく、病気としての痛み

慢性痛(chronic pain)は、
組織が治癒した後も持続する痛みであり、“警告としての意味を失った痛み” とされています。

■ 慢性痛の特徴
・3か月以上持続する
・原因が明確ではなくなる
・神経の過敏化(中枢性感作)が関わる
・心理・社会的要因が深く関与する
・単なる鎮痛では治らないことが多い
・治療の目的は“痛みゼロ”ではなく“QOL改善”

慢性痛は、もはや「症状」ではなく
脳・神経の異常が続いてしまった“病気”
として扱われます。

急性痛と慢性痛を明確に分けられるのか?

実は、この2つを臨床で完全に区別することは困難です。

慢性痛の中にも、

新しい炎症が起こる

関節に負担がかかる

など、急性痛の要素が混在することがあります。

つまり
「急性痛 → 慢性痛」
という単純な直線ではなく、両者が混ざりながら推移していきます。

腰痛ガイドラインに見る分類:急性痛・亜急性痛・慢性痛

日本整形外科学会「腰痛診療ガイドライン2012」では、腰痛を次のように分類しています。

・急性腰痛:発症から4週間未満
・亜急性腰痛:4週間以上3か月未満
・慢性腰痛:3か月以上

腰痛は
・1か月で急速に改善する
・しかし12か月後も約6割が腰痛を有する
というデータもあります。

急性痛と慢性痛:治療の違い

■ 急性痛の治療:炎症への対応が中心
急性痛は組織の炎症に伴うことが多いため、
・NSAIDs
・アセトアミノフェン
・局所麻酔
・鎮痛補助薬(必要時)
といった治療が主流です。

■ 慢性痛の治療:神経の異常を改善する
慢性痛では、
・痛みの過敏化(中枢性感作)
・下行性疼痛抑制系の機能低下
が起こっています。

そのため、
単純な鎮痛のみでは改善しません。

慢性痛に用いられる薬剤は:

● 抗うつ薬(SNRI:デュロキセチンなど)
→ セロトニンとノルアドレナリンを増やし、下行性疼痛抑制系を強化

● プレガバリン、ミロガバリン(神経障害性疼痛)
→ 神経の過敏状態を抑える

● オピオイド(慎重投与)
→ 痛みが生活に大きく影響するときに使用

治療目標は「痛みゼロ」ではなく

痛みを抱えながらも生活できる状態(ADL・QOLの改善)を目指す

ことです。

急性痛を放置すると、なぜ慢性痛に変わるのか

急性痛が慢性痛へ移行する理由は、
強い痛み刺激が持続すると、脊髄や脳の神経回路そのものが変化してしまうため
です。

これを 中枢性感作(central sensitization) と呼びます。

■ 術後痛の例
術後痛は30〜50%で発生するとされます。

強い術後痛を放置すると:
・呼吸が浅くなり肺炎のリスク増加
・動けず深部静脈血栓症 → 肺塞栓
・腸蠕動低下 → 腸閉塞
・睡眠障害
・活動性低下による回復遅延

さらに、痛みが続くことで中枢が過敏化し、
組織が治っても痛みだけが残る「術後慢性痛」へ移行するケースが報告されています。

慢性痛の3分類:侵害受容性痛・神経因性痛・心因性痛

慢性痛は大きく3つに分類されます。
ほとんどの患者では、複数が重なり合っています。

① 慢性侵害受容性痛(筋骨格痛系)
炎症や組織損傷が長引いたため続く痛み。

例:
・変形性関節症
・慢性関節リウマチ
・がん性疼痛
・慢性腰痛

炎症刺激が続くことで、
・痛覚過敏
・血管透過性亢進
・腫脹
が見られます。

② 神経因性痛(Neuropathic Pain)
神経そのものの障害による痛み。

特徴:
・痛覚は鈍いのに、ジリジリした自発痛が続く
・衣服が軽く触れただけで強い痛み(アロディニア)
・痺れ、灼けるような痛み

交感神経の異常で浮腫を伴うことも

例:
・帯状疱疹後神経痛
・糖尿病性神経障害
・坐骨神経痛
・脊髄損傷後の痛み

③ 心因性痛(Psychogenic Pain)
身体の異常では説明できず、心理・社会的要因が影響する痛み。

・うつ病で痛みが強まる
・ストレスで症状が悪化
・身体表現性障害

近年は機能的画像診断で、
「心因性痛にも脳内のオピオイド系やドパミン系の機能低下が関与している」
という研究も進んでいます。

痛みは“経験から学習される”感覚である

IASPの痛みの定義の注釈には、痛みの学習について重要な記述があります。

・痛みは主観的
・人は幼少期に「痛み=組織損傷」と学ぶ
・組織損傷がなくても痛みを訴えることがある
・心因的痛みと器質的痛みを厳密に区別することは難しい

つまり、人間は
“痛みの経験そのものを記憶し、学習する”
ということです。

この学習が強く働くと、
わずかな刺激でも痛みを感じる“痛覚過敏”が起こり、慢性痛に移行しやすくなります。

まとめ:痛みは単なる症状ではなく、複雑な“経験”である

急性痛と慢性痛は、
・痛みの成り立ち
・脳の関与
・治療の考え方
が全く異なります。

さらに、急性痛を放置すると、
中枢神経の過敏化が固定され、慢性痛へ移行してしまいます。

そして慢性痛は、
・身体
・心
・社会的背景
すべての側面からアプローチが必要な、極めて複雑な状態です。

痛みの理解は、患者のQOL向上に直結します。
医療者・患者双方にとって、痛みへの正しい知識が不可欠です。

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