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アル中患者の神経障害とビタミン欠乏
公開. 更新. 投稿者:栄養/口腔ケア.この記事は約5分1秒で読めます.
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アルコールとビタミンと神経

アルコール依存症の患者さんに共通して見られる身体的なトラブルの一つが、「神経障害」です。
その背景には、単なる飲み過ぎではなく、「慢性的なビタミン欠乏」が深く関係しています。
ビタミンB1欠乏と脚気・ウェルニッケ脳症
アルコール依存症患者において、神経障害が発症する背景には、アルコールそのものの毒性だけでなく、ビタミンB1(チアミン)の欠乏が深く関与しています。
アルコールとビタミンB1の関係
アルコールの代謝には大量のビタミンB1が必要です。しかし、アル中患者では以下の理由によりビタミンB1が欠乏しやすくなります:
・栄養摂取が偏っている(食事内容の問題)
・アルコールがビタミンB1の吸収や活性化を阻害する
この結果、以下のような神経障害が発症しやすくなります:
・脚気(末梢神経障害):手足のしびれ、歩行障害など
・ウェルニッケ脳症:意識障害・眼球運動障害・運動失調(放置するとコルサコフ症候群へ進行の恐れ)
これらの症状は、早期に「チアミン静注」などの適切な治療を行うことで劇的に改善することがあるため、見逃してはならない重要なポイントです。
ウェルニッケ脳症とは
ウェルニッケ脳症はビタミンB1の欠乏によって起こる急性脳症であり、以下の3徴が典型的です:
・眼球運動障害:目を外側に動かせず寄り目になる
・運動失調:歩行が不安定になり、何かにつかまらないと歩けない
・意識障害:軽い混乱から昏睡まで幅がある
進行すると、物が二重に見える(複視)、眼振、めまいなどの症状が現れ、精神的に無気力やうつ状態にもなります。ウェルニッケ脳症が未治療で進行すると、不可逆的な記憶障害を残す「コルサコフ症候群」へと移行します。
コルサコフ症候群とは
コルサコフ症候群は慢性期に現れる記憶障害で、以下の特徴があります:
・前向性健忘:新しい出来事を記憶できない
・逆向性健忘:過去の記憶もあいまいに
・作話:記憶の隙間を補うために事実と異なる話を作ってしまう
思考や会話能力には目立った障害がない場合が多いものの、被暗示性が強く、現実と虚構の区別が困難になることもあります。
ウェルニッケ・コルサコフ症候群の違いと関連性
・ウェルニッケ脳症は急性期で、適切な治療により回復可能。
・コルサコフ症候群は慢性期で、記憶障害が不可逆的であることが多い。
いずれもビタミンB1欠乏が原因であるため、「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」としてまとめて呼ばれることがありますが、両者は異なる段階・症状の病態です。
脚気(末梢神経障害)について
脚気はビタミンB1の欠乏によって生じる末梢神経障害で、以下のような症状が見られます:
・手足のしびれ
・筋力の低下
・歩行困難
アル中患者では栄養不良に加え、アルコールの影響で消化吸収が阻害されるため、脚気が進行しやすくなります。
日常生活と予防のポイント
通常のバランスの取れた食生活をしていればビタミンB1欠乏にはなりませんが、以下のような状況では注意が必要です:
・妊娠中のつわりで栄養摂取が困難
・インスタント食品中心の食生活
・慢性的なアルコールの大量摂取
特に、アルコール依存症が疑われる人で、酔っていないときに以下の症状が見られたら、ウェルニッケ脳症を疑って早期の診察が勧められます:
・見当識の障害(今が何時か、どこにいるかがわからない)
・同じ話を何度も繰り返す記憶障害
・新しい情報を覚えられない記銘力障害
適切な診断と治療によって、多くの症状は改善します。特にチアミンの静脈投与は有効な治療手段であり、早期発見が鍵となります。アルコールと栄養の関係に目を向け、神経障害のリスクを正しく理解することが重要です。
ビタミンB12欠乏と巨赤芽球性貧血・精神症状
長期のアルコール摂取は、胃腸粘膜を障害し、ビタミンB12の吸収低下を引き起こします。
・巨赤芽球性貧血
・抑うつ・認知機能低下
・末梢神経障害
B12欠乏の症状は、鉄欠乏性貧血とは異なり、精神症状や神経症状が目立つのが特徴であり、単なる貧血では片付けられません。
アルコール依存症で不足しやすいその他のビタミンとその影響
・ビタミンB6(ピリドキシン)
欠乏症状:けいれん、末梢神経障害、舌炎、うつ症状
理由:アルコールがB6の吸収・活性を阻害。利尿作用によって排泄も増える
補足:B6は神経伝達物質(セロトニン・GABAなど)合成に関与→精神神経症状の原因にも
・ナイアシン(ビタミンB3)
欠乏症状:ペラグラ(皮膚炎・下痢・認知機能障害/3D症候群)、うつ状態
理由:アルコール代謝とナイアシンの関係が深く、消耗が激しい
補足:ペラグラ性痴呆とアルコール性認知症が見分けにくいことがある
・葉酸(ビタミンB9)
欠乏症状:巨赤芽球性貧血、胎児の神経管閉鎖障害(妊婦)、口内炎、疲労感
理由:アルコールは小腸からの葉酸吸収を妨げ、肝での貯蔵も減少
補足:B12と共にDNA合成に必要→貧血と神経症状に関与
・ビタミンA(脂溶性)
欠乏症状:夜盲症、角膜乾燥症、皮膚乾燥、免疫低下
理由:肝臓に蓄積されるが、アルコール性肝障害で貯蔵と代謝が低下
補足:サプリ等での補充は過剰症のリスクもあるため注意が必要
・ビタミンC(アスコルビン酸)
欠乏症状:壊血病(出血傾向・歯肉出血・免疫低下)
理由:飲酒者は野菜・果物の摂取が少なくなりがちで摂取不足に
補足:創傷治癒の遅延や感染リスク上昇に関与
・ビタミンD(脂溶性)
欠乏症状:骨軟化症、骨粗鬆症、筋力低下、免疫低下
理由:脂質吸収障害や肝機能障害、日光不足など多因子で減少
補足:高齢のアルコール依存症者で転倒リスク増加に注意
アルコール依存症では単独のビタミン補充ではなく、B群を中心に複数ビタミンの同時補給が推奨されます。
ビタメジン・ネオファーゲン:B1, B6, B12などを含む注射剤
メチコバール単剤では効果不十分なケースも多い
マルチビタミン剤や栄養療法の併用も検討される
「お酒を飲むとビタミンが減る?」その仕組み
アルコール摂取によってビタミンが不足する理由は以下の通りです。
吸収阻害:アルコールは小腸の吸収機能を低下させる
代謝過剰:アルコール分解にB群ビタミンが消費される
摂取不足:食事が偏りがち(飲酒で食事量が減る)
つまり、「飲むだけでビタミンが減る」だけでなく、「食べない・吸収できない・使いすぎる」という三重苦が存在します。
薬剤師ができること
・栄養状態の確認とビタミン補充の必要性を医師に提案
・飲酒歴がある患者の神経症状や貧血の見逃し防止
・睡眠薬や抗うつ薬の投与背景に飲酒習慣がないか確認
・抗酒薬服用中患者への禁酒指導と服薬アドヒアランスの確認
「アル中=酔っ払い」ではなく、「アル中=神経障害+ビタミン欠乏」と理解することが、医療者にとっても重要です。
薬剤師としても、ただのアルコール嗜好と片付けず、背景にある代謝異常や神経系の問題に目を向けることが、服薬指導の質を高める第一歩になります。