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HIF-PH阻害薬の一覧とその特徴
公開. 更新. 投稿者:腎臓病/透析.この記事は約4分42秒で読めます.
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HIF-PH阻害薬の一覧とその特徴 ─ 腎性貧血治療における新たな選択肢

近年、腎性貧血治療薬として新たな選択肢が加わり注目を集めているのが「HIF-PH(ヒフ・ピーエイチ)阻害薬」です。2020年前後から次々と登場し、これまでの注射製剤中心の治療に対して、内服薬という利便性をもたらしました。
腎性貧血とは?
腎性貧血とは、慢性腎疾患(CKD)によって腎臓からのエリスロポエチン(EPO)分泌が低下し、骨髄での赤血球産生が不足して起こる貧血です。
腎臓は酸素の低下を感知すると、赤血球産生を促すホルモン「エリスロポエチン」を分泌し、骨髄に造血刺激を与えます。しかし、CKDになるとこの仕組みが機能しなくなり、貧血が進行します。
HIF-PH阻害薬の作用機序
HIFとは「低酸素誘導因子(Hypoxia Inducible Factor)」の略で、細胞内で酸素濃度の低下を感知し、エリスロポエチンの発現を誘導する重要な転写因子です。
通常、HIFは酸素存在下でHIF-PH(Hypoxia Inducible Factor-Prolyl Hydroxylase)という酵素により分解されます。HIF-PH阻害薬はこの酵素の働きを抑えることで、HIFの安定化を図り、EPO遺伝子の発現を促進。結果として、腎臓以外の組織(主に肝臓)でもエリスロポエチンが産生され、貧血の改善につながるという仕組みです。
従来の治療薬との違い
従来の腎性貧血治療では、エリスロポエチンそのもの、またはその類似体を注射で補充する「ESA製剤(Erythropoiesis Stimulating Agent)」が主流でした。
・ESA製剤(エポエチン、ダルベポエチンなど):投与方法 皮下注または静注
・HIF-PH阻害薬(エベレンゾ、ダーブロックなど):投与方法 内服
HIF-PH阻害薬の最大の利点は内服可能であること。これにより、通院の負担が軽減され、保存期CKD患者への使いやすさが向上しました。
HIF-PH阻害薬の一覧と特徴
医薬品名 | 一般名 | 規格剤形 | 用法の特徴 | 用法用量 |
---|---|---|---|---|
エナロイ | エナロデュスタット | 錠(2mg、4mg) | 毎日、食前 | 保存期慢性腎臓病患者及び腹膜透析患者:1回2mgを開始用量とし,1日1回食前又は就寝前 血液透析患者:1回4mgを開始用量とし,1日1回食前又は就寝前 |
バフセオ | バダデュスタット | 錠(150mg、300mg) | 毎日 | 1回300mgを開始用量とし、1日1回 |
ダーブロック | ダプロデュスタット | 錠(1mg、2mg、4mg、6mg) | 毎日 | 保存期慢性腎臓病患者: (赤血球造血刺激因子製剤で未治療の場合)1回2mg又は4mgを開始用量とし、1日1回 (赤血球造血刺激因子製剤から切り替える場合)1回4mgを開始用量とし、1日1回 透析患者:1回4mgを開始用量とし、1日1回 |
マスーレッド | モリデュスタット | 錠(5mg、12.5mg、25mg、75mg) | 毎日、食後 | 保存期慢性腎臓病患者: (赤血球造血刺激因子製剤で未治療の場合)1回25mgを開始用量とし、1日1回食後 (赤血球造血刺激因子製剤から切り替える場合)1回25mg又は50mgを開始用量とし、1日1回食後 透析患者:1回75mgを開始用量とし、1日1回食後 |
エベレンゾ | ロキサデュスタット | 錠(20mg、50mg、100mg) | 週3回 | 赤血球造血刺激因子製剤で未治療の場合:1回50mgを開始用量とし、週3回 赤血球造血刺激因子製剤から切り替える場合:1回70mg又は100mgを開始用量とし、週3回 |
※適応症はすべて「腎性貧血」。発売当初は「透析中」のみに限られていたものも、現在は「透析前」への適応拡大が進んでいます。
HIF-PH阻害薬の選択ポイント
明確な「この薬が一番よい」というエビデンスは現時点では存在しませんが、以下のような選び方が実務的に考えられます:
・投与タイミングを透析日に合わせたい場合:エベレンゾ(週3回)
・食事の影響を避けたい場合:ダーブロック(指定なし)
・服薬アドヒアランスを重視:1日1回型の薬が多く選ばれる傾向
併用薬との相互作用
HIF-PH阻害薬は一部の薬剤と併用注意に指定されています。ただし併用禁忌ではないため、治療選択に大きく影響することは少ないと考えられています。併用薬の管理は、添付文書や最新の相互作用リストを都度確認することが重要です。
HIF-PH阻害薬と血栓塞栓症
全製剤の添付文書の「警告」欄には、重篤な血栓塞栓症のリスクについて注意喚起がなされています。
本剤投与中に、脳梗塞、心筋梗塞、肺塞栓等の重篤な血栓塞栓症があらわれ、死亡に至るおそれがある。
◎ 報告されている血栓塞栓症の具体例(頻度):
・脳梗塞(0.3%)
・肺塞栓症(0.3%)
・網膜静脈閉塞(0.3%)
・深部静脈血栓症(0.3%)
・シャント閉塞(頻度不明)
特に赤血球増加により血液が濃くなることが、血栓形成のリスクとなるため、高ヘモグロビン値に注意しながら慎重な投与が求められます。
腎性貧血の病態と検査指標
腎性貧血の疑いは、以下の血液検査指標で評価されます:
検査項目
・ヘモグロビン(Hb):貧血の有無を最も端的に示す
・赤血球恒数(MCV, MCH, MCHC):貧血の分類に有用
・フェリチン、トランスフェリン飽和度:鉄欠乏の有無を判別
・クレアチニンクリアランス:腎機能と造血能の関係を把握
保存期CKDでは、クレアチニンクリアランスが40ml/min以下、または血清Cr1.6mg/dL以上になると貧血が顕在化し、10ml/min以下では透析導入が検討されます。
ESA製剤と鉄剤の併用
HIF-PH阻害薬の登場以前は、ESA製剤+鉄剤という治療が一般的でした。
・ESA製剤で赤血球産生を促進
・鉄剤(内服または静注)で鉄補充
しかし、ESA製剤は注射剤であるため、外来治療では煩雑さがありました。HIF-PH阻害薬は経口投与で同様の効果が期待できるため、利便性が大幅に向上しています。
まとめ
・HIF-PH阻害薬は、内服可能な新しい腎性貧血治療薬
・エリスロポエチン産生を体内で誘導することで造血作用を発揮
・各製剤で用法・食事・併用薬に違いがあるため、患者背景に応じた選択が必要
・血栓塞栓症のリスクには十分な注意を要する
・従来のESA製剤の代替あるいは併用として活用されつつある
HIF-PH阻害薬は、腎性貧血治療に新たな可能性をもたらしました。今後も処方の広がりと共に、安全性や実臨床での評価が蓄積されていくことが期待されます。