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咳の原因は胃酸?プロトンポンプ阻害薬が咳に効く
公開. 更新. 投稿者:消化性潰瘍/逆流性食道炎.この記事は約4分46秒で読めます.
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咳の原因は胃酸?

「咳止め」と聞くと、一般的にはコデインやデキストロメトルファンなどの中枢性鎮咳薬、あるいは気管支拡張薬や去痰薬などが思い浮かびます。しかし近年、慢性的に続く咳に対して プロトンポンプ阻害薬(PPI) が使用されるケースが報告されており、薬剤師にとって見逃せない知識領域となっています。
その背景には「胃食道逆流症(GERD)」と慢性咳嗽との関連があります。
慢性咳嗽の原因としてのGERD
咳嗽の多彩な原因
咳が長引く原因としては、以下がよく知られています。
・副鼻腔炎による後鼻漏(postnasal drip)
・気管支喘息や咳喘息
・喫煙による慢性気管支炎
・気管支拡張症
これに加えて、近年注目されているのが GERDに伴う慢性咳嗽 です。
GERDの定義と増加傾向
GERDは「胃内容物の逆流により、苦痛や不快を伴う症状や合併症を起こす疾患」と定義され(2005年 世界消化器病学会)、従来は日本人では少ないとされてきました。しかし、食生活の欧米化や肥満の増加により、日本でも増加傾向にあります。
GERDが呼吸器症状を引き起こす理由
GERDは胸焼けや嚥下障害といった典型的な食道症状だけでなく、咳嗽・喘息・COPDの増悪・嚥下性肺炎 など呼吸器系の疾患に関与することが知られています。食道と気道が発生学的に共通の起源(前腸)を持つため、相互に影響を及ぼしやすいのです。
報告によると、GERD患者の10~35%は胸焼けや胸痛といった典型的症状を欠き、咳嗽のみを主訴とするとされ、見逃されやすい点に注意が必要です。
GERDが咳を引き起こすメカニズム
GERD関連咳嗽の機序については完全には解明されていませんが、代表的な仮説は以下の二つです。
微小誤嚥説
胃酸が逆流し、微量が気管・気管支に流入して直接刺激となり咳を誘発する。
迷走神経反射説
胃酸が下部食道粘膜を刺激 → 迷走神経反射が惹起 → 気管支攣縮や咳嗽が生じる。
臨床的には「会話時」「起床時」「食事中」に咳が悪化しやすいことが特徴とされます。
咳とGERDの悪循環
興味深いのは、咳がGERDを悪化させる点です。慢性的な咳により胸腔内圧が上昇すると、下部食道括約筋(LES)の機能に影響を与え、逆流を助長します。
さらに、喘息患者ではもともとLES圧が低下していることが多く、気管支拡張薬(特にテオフィリン製剤)がLES圧をさらに低下させることが報告されています。結果として、咳とGERDが相互に悪化し合う「悪循環」に陥ることがあります。
GERD関連咳嗽に対する治療選択
一般的な咳治療薬
・中枢性鎮咳薬(コデイン、デキストロメトルファンなど)
・去痰薬(カルボシステイン、アンブロキソールなど)
・気管支拡張薬(β刺激薬、抗コリン薬)
・吸入ステロイド
これらで改善しない咳嗽、特に前胸部不快感が残る場合には GERDの関与を考慮する必要があります。
診断的治療としてのPPI
本来、GERDの診断には内視鏡検査や24時間食道pHモニタリングが望ましいですが、侵襲性やコストの問題があります。そのため実臨床では PPIを一定期間投与し、咳が改善すればGERDが関与していたと判断する「診断的治療」 がしばしば行われます。
H2受容体拮抗薬が用いられる場合もありますが、酸分泌抑制効果の強さからPPIが第一選択となることが多いです。
薬学的注意点
・効果判定には数週間の投与が必要:数日での評価は困難。
・長期投与リスク:骨折、低Mg血症、腸内細菌叢への影響などを意識する。
・併用薬の確認:クロピドグレルなど一部薬剤との相互作用に注意。
薬剤師に求められる視点
咳止め=PPI?と驚かない
一見ミスマッチに見える処方でも、背景にGERDがある場合には合理的である。処方意図を理解し、医師と患者の橋渡しを行う。
併用薬によるGERD悪化に注意
テオフィリン製剤や一部Ca拮抗薬はLES圧を下げるため、咳が長引く患者では処方内容を吟味する必要がある。
服薬指導での声かけ
「胸焼けはありませんか?」
「咳が特定の時間帯や食事のときに悪化しませんか?」
こうした問いかけがGERD関連咳嗽を見抜く手がかりになる。
生活指導
薬剤師は薬だけでなく生活習慣指導も可能です。
・就寝直前の食事・飲酒を避ける
・食後2~3時間は横にならない
・肥満がある場合は減量指導
・枕を高くして睡眠
これらはPPIと併せて治療効果を高めます。
症例のイメージ
症例1:喘息治療中の患者
吸入ステロイドとβ刺激薬で喘息コントロールは良好だが、咳が持続。PPIを追加され改善 → GERD関連咳嗽と診断。
症例2:咳止めが効かない患者
鎮咳薬を投与しても咳が続き、胸焼け症状はなし。試験的にPPIを投与したところ咳が軽快 → 典型的食道症状を欠くGERD関連咳嗽と判明。
まとめ
・慢性咳嗽の原因としてGERDは見逃されやすいが重要。
・GERD関連咳嗽の機序は「微小誤嚥説」と「迷走神経反射説」。
・咳とGERDは相互に悪化させる関係がある。
・診断的治療としてPPIが用いられることがあり、薬剤師はその意図を理解する必要がある。
・相互作用や生活指導を含めた薬学的介入が、咳コントロールと再発予防に寄与する。