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味覚障害になったのは薬のせい?薬剤性味覚障害
公開. 更新. 投稿者:栄養/口腔ケア.この記事は約3分58秒で読めます.
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味覚障害は薬のせい?

「最近、何を食べても味がしない」「甘いはずなのに苦く感じる」──
そんな症状に心当たりはありませんか?
高齢者や慢性疾患の患者さんが訴える「味覚障害」は、加齢や栄養状態のせいだけとは限りません。
実は、飲んでいる薬が原因のことも少なくないのです。
味覚障害とは何か?
味覚障害とは、味の感じ方に異常が起こる状態をいいます。主に以下のタイプに分けられます:
・味覚減退(hypogeusia):味が薄く感じる
・味覚消失(ageusia):全く味を感じない
・味覚異常(dysgeusia):味が変に感じる(例:甘いものが苦い)
・味覚倒錯(parageusia):味と関係のない不快な味を感じる
これらの症状が薬剤の服用により引き起こされる場合、「薬剤性味覚障害」と呼ばれます。
味覚障害を起こす薬──主な原因薬一覧
味覚障害を引き起こす薬には、以下のようなものがあります:
薬剤カテゴリ | 主な薬剤名 | 特徴 |
---|---|---|
ACE阻害薬 | エナラプリル、カプトプリル | キレート形成によるZn欠乏 |
利尿薬 | フロセミド、ヒドロクロロチアジド | 亜鉛の排泄促進 |
抗がん剤 | シスプラチン、5-FUなど | 味蕾への直接毒性 |
抗甲状腺薬 | メルカゾール(チアマゾール) | チオール基でZnキレート |
抗パーキンソン薬 | レボドパ製剤 | アミノ基によるZn排泄 |
抗うつ薬 | 三環系(イミプラミンなど) | 唾液分泌低下・Zn影響 |
抗菌薬 | テトラサイクリン、キノロン、セフジニル | 金属キレート形成作用 |
その他 | プリンペラン、グリチロン、タチオンなど | 金属との親和性あり |
味覚障害の発症メカニズム
◆亜鉛(Zn)のキレート作用:
多くの薬剤性味覚障害の根底には、「亜鉛の欠乏」があります。
亜鉛は、味蕾や嗅粘膜の再生・維持に不可欠な微量元素。
ところが、以下のような構造を持つ薬剤は、体内の亜鉛と結合して排泄を促進してしまいます。
・チオール基(-SH)
・カルボキシル基(-COOH)
・アミノ基(-NH₂)
これらの基を持つ薬剤は、亜鉛と五員環や六員環のキレート化合物を作り、体外に排出されやすくなります。
結果、血中の亜鉛濃度が低下し、味蕾の機能が障害されるのです。
実例:ペニシラミン(メタルカプターゼ)
重金属中毒や関節リウマチ治療に使われるこの薬は、Znのキレート形成能が非常に高く、味覚障害の代表的な薬剤です。
◆唾液分泌の低下:
唾液は、味物質を味蕾へ運ぶ重要な媒介物です。
抗コリン作用を持つ薬(抗うつ薬、抗ヒスタミン薬など)は、唾液分泌を抑制し、味物質が味蕾まで届かなくなることで味覚障害を引き起こします。
誰がなりやすい?─リスク因子
・高齢者:亜鉛吸収能の低下、複数薬剤の服用
・腎疾患・肝疾患患者:亜鉛の結合タンパク(アルブミン)が低下 → 排泄増加
・透析患者:Zn喪失 → 塩味が感じにくくなることも
・薬剤多剤併用患者:薬剤性のリスクが高まる
味覚障害がもたらす影響
・食欲不振 → 低栄養 → フレイルやサルコペニアへ
・QOL(生活の質)の低下
・飲食業・調理業に従事する人では職業への支障
・服薬アドヒアランス低下の原因にも
薬の副作用として軽視されがちな味覚障害ですが、日常生活や栄養管理に与える影響は決して小さくありません。
味覚障害への対応策
●薬剤変更または減量の検討:
味覚障害が明らかに薬剤性と考えられる場合は、代替薬の選定や減量も視野に入れます(ただし、必要性とバランスを慎重に判断)。
●亜鉛補給(Zn製剤):
臨床では、ポラプレジンク(プロマック)などのZn含有製剤が使用されます。
Znは比較的安全性が高く、必要量の10倍程度までは長期投与しても問題ないとされています。
●食生活の見直し:
・インスタント食品や添加物(ポリリン酸、フィチン酸)はZn吸収を阻害
・Znを多く含む食品(牡蠣、レバー、牛肉、納豆、チーズなど)を意識的に摂取
●唾液分泌を促進
・十分な水分摂取
・ガム・レモン水・唾液刺激食品の活用
まとめ:味覚障害は“些細”ではない
味覚障害は、命に関わる副作用ではないかもしれません。
しかし、患者の食事・生活・精神的満足感に直結する症状であり、医療者としても見逃すべきではありません。
◆味覚障害に気づくポイント
・食欲が急に落ちた
・「何を食べても美味しくない」
・塩味を強く感じる、または全く感じない
・医薬品歴に亜鉛キレート能を持つ薬剤がある
これらのポイントを押さえ、“薬のせいかも”と気づくことが早期対応のカギです。
味覚は、人生の楽しみを構成する大切な感覚です。
その喪失に対しても、副作用の1つとしてしっかり向き合う視点が、これからの医療者に求められています。