2025年6月30日更新.2,505記事.

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吐き気に抗精神病薬が効く?

吐き気に抗精神病薬が効く?作用機序と使い分けのポイント

吐き気・嘔吐はがん治療やオピオイド投与、手術後など様々な場面で患者を苦しめる症状です。制吐薬として知られる薬は多いものの、どの薬が適するかは原因や病態によって大きく異なります。

意外に思われるかもしれませんが、抗精神病薬の一部も吐き気の治療に有効です。抗精神病薬がなぜ制吐作用を持つのか、その適応や使い分けの考え方、注意点などについて勉強します。

ドパミンD2受容体と吐き気の関係

吐き気や嘔吐の中枢は延髄に存在する化学受容体トリガーゾーン(CTZ)と呼ばれる部位にあります。ここは血液脳関門が弱く、薬物や代謝産物がダイレクトに作用しやすい領域です。

CTZでは主にドパミンD2受容体、セロトニン5-HT3受容体、ヒスタミンH1受容体、ムスカリン受容体、ニューロキニン1(NK1)受容体が関与し、これらの活性化が嘔吐中枢へシグナルを伝えます。

抗精神病薬は本来、統合失調症や躁うつ病に用いられる薬ですが、多くがD2受容体遮断作用を持っています。このD2遮断作用がCTZでの嘔吐刺激をブロックし、制吐作用を発揮するのです。

制吐薬として一般的に使用されるナウゼリン(ドンペリドン)やプリンペラン(メトクロプラミド)も、同様にドパミンD2受容体を遮断します。そのため、「抗精神病薬=制吐薬としての側面もある」と理解しておくことが大切です。

制吐作用を持つ抗精神病薬の種類と適応

一方で、すべての抗精神病薬が吐き気に適応を持つわけではありません。実際に、添付文書で制吐の効能効果が認められているのは限られた薬剤です。主なものを挙げると以下の通りです。

● ウインタミン(クロルプロマジン)
適応:統合失調症、躁病、不安・緊張・抑うつ、悪心・嘔吐、吃逆、麻酔前投薬など
特徴:鎮静作用が強く、術後や抗がん剤による吐き気にも使える

● コントミン(同上)
適応:ウインタミンとほぼ同様
特徴:同じ成分の別製剤

● ノバミン(プロクロルペラジン)
適応:統合失調症、術前・術後等の悪心・嘔吐
特徴:「術前・術後等」と幅を持たせているが、がん化学療法に対する適応は明記されていない

● ピーゼットシー(ペルフェナジン)
適応:統合失調症、術前・術後の悪心・嘔吐、メニエル症候群
特徴:めまいを伴う吐き気にも用いる

● ジプレキサ(オランザピン)
適応:統合失調症、双極性障害、抗がん剤(シスプラチンなど)投与に伴う悪心・嘔吐
特徴:近年注目される抗がん剤制吐の第一選択肢の一つ

このように、同じD2遮断作用を持っていても、適応症は薬剤ごとに大きく異なります。

たとえばセレネース(ハロペリドール)には添付文書上、吐き気の効能効果は明記されていません。しかし臨床現場ではオピオイドや抗がん剤による難治性の悪心・嘔吐に使用されることが多いのが現実です。

セレネースの制吐効果と使い方

セレネースは中等度~高度のドパミンD2遮断作用を持ち、抗精神病薬としては定型(第一世代)に分類されます。鎮静作用や制吐作用が強く、特に緩和ケア領域で頻用されます。

● 主な使用場面
・抗がん剤(特にシスプラチン)投与に伴う悪心・嘔吐
・オピオイド導入時の吐き気
・消化管蠕動低下による持続的吐き気
・原因がはっきりしない悪心・嘔吐

● 投与方法と注意点
初回は1mgを就寝前に経口投与し、効果や副作用を見ながら漸増・頓用に切り替えます。服用から1~2時間程度で効果が現れるため、患者さんの苦痛を早期に和らげることができます。

ただし副作用として
・強い鎮静・眠気
・薬剤性パーキンソニズム
・アカシジア
・便秘
が出現するため、特に高齢者では慎重な観察が必要です。

ジプレキサの制吐効果と特徴

近年、ジプレキサ(オランザピン)はがん化学療法に伴う悪心・嘔吐の新たな選択肢として注目されています。

ジプレキサはドパミンだけでなく、セロトニン5-HT3、ヒスタミンH1、ムスカリンM1など多様な受容体に作用します。そのため、多機序性の悪心・嘔吐に幅広く効果を示すのが特徴です。

また食欲増進作用があり、体重減少が問題となるがん患者には一石二鳥の効果が期待されます。

● 他の制吐薬との比較
・ナウゼリン・プリンペラン:ドパミンD2主体で、錐体外路症状に注意
・ノバミン:制吐作用は確立しているが、鎮静が強い
・ジプレキサ:多受容体遮断で制吐効果が高く、錐体外路症状が出にくい

ジプレキサは実際にがん化学療法に伴う吐き気の適応が公的に認められており、制吐薬としても「エビデンスベース」で使いやすい薬の一つです。

ただし
・血糖値上昇(糖尿病患者は要注意)
・眠気・倦怠感
・アカシジア
といった副作用への配慮は不可欠です。

オピオイドによる吐き気と制吐薬の選び方

オピオイド(モルヒネなど)は鎮痛薬として重要ですが、吐き気や嘔吐を引き起こしやすい副作用があります。特に投与初期や増量時に多く認められます。

オピオイド誘発の悪心・嘔吐は、以下の4つの経路で生じます。
・CTZ直接刺激
・前庭器を介した刺激(体動・頭位変換で悪化)
・胃運動低下による内容物停滞
・便秘の増悪

このため原因に応じて以下のように薬を使い分けます。

病態と推奨薬
・CTZ刺激:ドパミン拮抗薬(ハロペリドール、メトクロプラミドなど)
・前庭器経路:抗ヒスタミン薬(ポララミン、ジフェンヒドラミン)
・胃内容停滞:消化管運動促進薬(メトクロプラミド)
・便秘:下剤による便通管理

ハロペリドールは効果が強い反面、副作用(鎮静・錐体外路症状)が問題となることがあります。

ポララミンの吐き気への利用

抗ヒスタミン薬であるポララミン(クロルフェニラミン)も、オピオイド誘発性の嘔吐に使用されます。

体動や頭位変換で増悪する前庭器由来の吐き気は、抗ドパミン薬では不十分な場合があり、この経路には抗ヒスタミン薬が有効です。

海外ではcyclizineが使われますが、日本では未発売のため、代替としてポララミンが選択肢になります。

適応外使用と現場の実情

抗精神病薬は一部を除き、制吐の適応が添付文書に記載されていない場合が多いです。しかし現場では、エビデンスがあれば適応外使用が実践されています。

たとえばセレネースは公的な適応はないものの、緩和ケア領域で強力な制吐作用を理由に幅広く使用されます。この場合も、副作用と患者の状態を十分説明し、同意を得ることが重要です。

まとめ:抗精神病薬と制吐薬の理解を深める

抗精神病薬にはドパミンD2遮断作用を持つものが多く、制吐作用を期待できる薬剤が複数存在します。

ただし薬剤ごとに
・適応
・作用機序
・副作用
が大きく異なるため、吐き気の原因に応じた適切な選択とモニタリングが不可欠です。

特にがん治療やオピオイド投与に伴う悪心・嘔吐では、標準的な制吐薬に加えて抗精神病薬が重要な治療手段になることもあります。臨床で活用する際には、最新のエビデンスとガイドラインを参照しながら、安全に運用することが求められます。

2 件のコメント

  • 急速充電 のコメント
         

    毎日吐き気がするためドンペリドン錠を処方されてます。

    ドーパミンを抑制するって書かれてあって気になったのですが
    ドーパミンとかセロトニンとかは精神的に増やした方が良いと思っていたのですが
    吐き気のために抑制してしまっていいのかなと不安になりました。
    そういえばしばらくやる気が出ないし鬱っぽくなったような気がします。
    吐き気もあまり治ってないように感じます。

  • yakuzaic のコメント
         

    コメントありがとうございます。

    ドンペリドン(ナウゼリン)の添付文書に、「なお、条件回避反応等の中枢神経系に対する作用のED50と制吐作用のED50との間には極めて大きな分離が認められ、選択的な制吐作用を示した」という記載がみられます。確かにドンペリドンをたくさん投与すれば、吐き気を止める以外の副作用が出る可能性も高くなります。しかし、ドンペリドンは制吐作用とそれ以外の作用が出る用量差が大きいので、安全性が高い薬です。しかし、効果や副作用の出る用量については個人差もあるので、効果が感じられず、副作用を感じているのであれば、医師に相談し別の選択肢も考える必要があるでしょう。

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