2025年8月23日更新.2,596記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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熱中症のときNSAIDsを使っちゃダメ?

熱中症のときNSAIDsを使っちゃダメ?

夏になると毎年ニュースで取り上げられる「熱中症」。炎天下での作業やスポーツ、さらには室内でも高温多湿の環境下では誰にでも起こり得る危険な状態です。体温が異常に上昇し、場合によっては命に関わることもあります。

このとき「熱があるのだから解熱剤を飲めばいいのでは?」と思う人も少なくありません。しかし実は、熱中症の体温上昇にNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)などの解熱剤は効果がなく、むしろ危険を招く可能性があるのです。

熱中症の病態とNSAIDsの関係を整理しながら、なぜ使用を避けるべきなのかを勉強していきます。さらに、小児や高齢者といったハイリスク群への注意点、熱中症の種類と対応方法についても掘り下げます。

熱中症の体温上昇と「発熱」の違い

感染症による発熱
風邪やインフルエンザのときに見られる発熱は、体の防御反応です。体温調節中枢である視床下部が「セットポイント」を高めることで、体温を上げてウイルスや細菌を排除しようとします。

そのためNSAIDsを服用すると、プロスタグランジン産生が抑えられ、セットポイントが下がり、体温も下がるという仕組みが成り立ちます。

熱中症による高体温
一方、熱中症では体温調節中枢のセットポイントは変化していません。単純に外気温や発汗機能の異常によって、体の熱を逃がせず体温が上がってしまう「うつ熱」の状態です。

つまり、NSAIDsを服用しても下がらない熱であり、むしろ薬の副作用によってリスクが増すことさえあります。熱中症で必要なのは体を冷やす物理的手段であり、薬による解熱は意味を持ちません。

熱中症にNSAIDsを使うリスク

脱水と急性腎障害(AKI)
熱中症では多量の発汗や循環異常によって脱水が進行します。このときNSAIDsを使うと、腎臓に深刻な負担をかける可能性があります。

健常な腎臓では、脱水状態に陥っても自己調節機構により糸球体濾過量(GFR)が保たれます。輸入細動脈はプロスタグランジンによって拡張し、輸出細動脈はRAS(レニン・アンジオテンシン系)の働きで収縮することで糸球体圧を維持しているのです。

しかしNSAIDsはこのプロスタグランジンの産生を阻害するため、輸入細動脈の拡張が妨げられ、腎血流量がさらに低下。結果として急性腎障害(腎前性腎不全)を引き起こすリスクが高まります。

高齢者や基礎疾患患者のリスク
高齢者では動脈硬化によって腎血管が硬くなり、もともと自己調節能が弱まっています。また、CKD(慢性腎臓病)患者や降圧薬を服用している患者では、さらに腎血流が脆弱になっています。

特に以下の薬との併用は危険です。

・利尿薬(脱水を助長)
・ACE阻害薬やARB(輸出細動脈の収縮を抑制)
・NSAIDs(輸入細動脈の拡張を抑制)

この「トリプルワミー(Triple Whammy)」は、軽度の脱水でも急性腎障害を引き起こす有名なリスク要因です。熱中症時には避けるべき組み合わせです。

小児は特に熱中症に弱い

水分バランスの違い
小児は成人に比べて体液の割合が高く、細胞外液の比率も多いため、水分喪失の影響を受けやすい体質です。さらに腎臓の尿濃縮能が未熟であるため、脱水が急速に進みます。

例えば、乳児の体液は体重の約70%を占め、そのうち細胞外液の割合は成人よりも高くなっています。そのため、わずかな嘔吐や下痢でも容易に脱水状態になり、熱中症リスクが跳ね上がります。

発汗機能の未熟さ
乳幼児は汗腺の数自体は成人と同じですが、サイズや機能が未発達で発汗量が少ないという特徴があります。熱放散が不十分で体温が上がりやすいのです。

さらに、体重あたりの代謝量が多く、外気温が体温を上回る状況では熱を逃がせず危険な状態に陥りやすいとされています。

環境によるリスク
・車内:真夏の車内は15分で60℃以上に達することがあります。乳幼児の置き去りは命に直結します。
・ベビーカー:地表の輻射熱により、大人よりも1〜2℃高い環境にさらされています。

熱中症の分類と症状

熱中症は大きく4つに分類されます。

熱失神
 皮膚血管拡張によって血圧が低下し、脳血流が減少して失神する。

熱けいれん
 大量発汗後に水だけを補給すると低ナトリウム血症を起こし、筋肉に痛みを伴うけいれんが出る。

熱疲労
 脱水により全身倦怠感、めまい、吐き気などが出現。

熱射病
 体温が40℃を超え、中枢神経症状(意識障害、異常行動など)を呈する重篤な状態。救急搬送が必須。

かつては「日射病」「熱射病」と区別されていましたが、現在は「熱中症」に統一されています。

熱中症への適切な対応

・冷却:脇の下、首、股関節部など大血管の通る部分を氷やアイスノンで冷やす。
・水分補給:意識が保たれている場合は経口補水液を与える。意識障害があれば経口摂取は避け、医療機関で点滴管理が必要。
・救急搬送:意識がもうろうとしている場合や高熱が持続する場合は迷わず119番。

NSAIDsなどの解熱剤を投与するのではなく、体を直接冷やす物理的手段が唯一の有効な処置です。

まとめ

・熱中症の高体温は感染症の発熱とは異なり、NSAIDsは効果がない。
・脱水時にNSAIDsを使用すると腎障害を悪化させるリスクがある。
・特に高齢者、CKD患者、利尿薬やRAS阻害薬を使用中の人は危険性が高い。
・小児は体液バランスや発汗機能の未熟さから、熱中症にかかりやすい。
・熱中症の治療は「冷却と水分補給」が基本であり、薬による解熱は無意味。

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