2025年11月13日更新.2,666記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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整腸剤は気休め?

「とりあえず整腸剤」──日本独特の処方文化

日本では「下痢」「軟便」「抗菌薬の併用時」といった状況で、ほとんど自動的に整腸剤が処方されます。
ラックビー、ビオフェルミン、ミヤBM──どの薬局でもおなじみのラインナップです。

しかし、ふと疑問に思うことがあります。
整腸剤をこんなに日常的に処方している国は、世界でも日本くらいなのでは?

整腸剤は「腸内環境を整える」ことを目的とした薬ですが、その効果を実感できる場面は限られます。
「とりあえず出しておく」「気休め程度」という言葉で片付けられてしまうこともしばしばです。
では、整腸剤は本当に“気休め”なのでしょうか?

抗菌薬と整腸剤 ― セットで出される理由

臨床で最も多く見られるのが「抗菌薬+整腸剤」という組み合わせです。
抗菌薬は病原菌を殺す一方で、腸内の常在菌まで影響を与えてしまうことがあり、結果として下痢や軟便が起こりやすくなります。
そのため、整腸剤を“予防的に”併用するケースが非常に多いのです。

Q. 抗菌薬を飲むときは整腸剤も必要?
A. 一定の科学的根拠があります。

抗菌薬使用時に問題となるのが、「クロストリジウム・ディフィシル関連下痢症(CDAD)」です。
この菌は、抗菌薬によって腸内フローラが乱れた隙を突いて増殖し、偽膜性腸炎という重篤な下痢を引き起こすことがあります。

複数の研究で、プロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌製剤)を併用するとCDADの発症率が半減するという報告があります。
ミヤBM(宮入菌)、ビオフェルミン(乳酸菌・ビフィズス菌)、ラックビー(酪酸菌)などが代表的です。

ただし、すべての症例に必要というわけではなく、
・短期間の抗菌薬使用
・下痢症状がまったくない
場合には省略しても構いません。
整腸剤はあくまで補助的な位置づけであり、「飲んでいれば絶対に下痢しない」というわけではないことを理解しておく必要があります。

乳酸菌は胃酸で死ぬ? ― それでも意味がある理由

「乳酸菌は胃酸で死ぬから無意味」という話を聞いたことがある人もいるでしょう。
実際、胃の中は強い酸性環境(pH1〜2)であり、ほとんどの菌が生きて腸に届くことはできません。
しかし、乳酸菌には“生きて届かなくても意味がある”という特徴があります。

生菌だけがすべてではない
乳酸菌が腸に届く途中で死滅したとしても、その死菌や代謝産物が腸内で役立つことが分かっています。
例えば:
・死菌が腸管免疫を刺激し、IgA抗体などの免疫応答を活性化
・死菌がプレバイオティクス(善玉菌のエサ)として機能
・残存する乳酸や酢酸が腸内を酸性に保ち、悪玉菌の増殖を抑制

つまり、生きて腸に届かなくても、乳酸菌は「働く菌」なのです。
この考え方は近年のプロバイオティクス研究でも重要視されています。

植物性乳酸菌と動物性乳酸菌 ― どちらが腸に強い?

最近は「植物性乳酸菌入り」とうたう商品も多く見かけます。
ヨーグルトなどに含まれる乳酸菌(動物性)と、何が違うのでしょうか?

分類主な栄養源特徴主な食品例
動物性乳酸菌乳糖(ミルク中の糖)栄養豊富な環境で育つため酸に弱いヨーグルト、チーズ
植物性乳酸菌植物由来の糖(グルコースなど)塩分・酸度・低温にも耐える強さ漬物、味噌、醤油、納豆

植物性乳酸菌は、発酵食品などの“過酷な環境”でも生き抜く力を持っています。
そのため、胃酸や胆汁といった厳しい条件でも比較的生存率が高いといわれます。
また、味噌や漬物など、日本人が古くから食べてきた食品に多く含まれており、日本人の腸内細菌叢に適しているとも考えられています。

つまり、「日本人には植物性乳酸菌の方が合っている」という直感は、科学的にも一理あるのです。

カルピスは乳酸菌飲料? ― 加熱殺菌でも意味がある

カルピスは「乳酸菌飲料の代表格」として有名ですが、実はラベルに「乳酸菌飲料(殺菌)」と書かれています。
つまり、製品中の乳酸菌はすでに加熱で死んでいるのです。
それでも健康効果を期待できるのはなぜでしょうか。

答えは乳酸菌が作り出した発酵代謝物にあります。
乳酸発酵によって生成された有機酸やペプチド、アミノ酸などが、腸内環境の改善に寄与します。
生菌そのものではなく、“乳酸菌が生きていた証”が働いているのです。

カルピスのような飲料は、
・消化吸収を助ける
・有機酸により腸内pHを整える
・食後の血糖上昇を緩やかにする
といった作用が報告されており、殺菌後でも一定の生理的意義があります。

整腸剤は本当に安全? ― 思わぬ落とし穴

「整腸剤=安全」という思い込みには注意が必要です。
特に市販の整腸薬では、乳酸菌以外の有効成分を組み合わせたものが多く、薬理作用が複雑になっています。

例:「ザ・ガードコーワ整腸錠α3+」
この製品には、乳酸菌・納豆菌に加えて、沈降炭酸カルシウムやジメチルポリシロキサンなどが含まれています。
一見、マイルドな組み合わせに見えますが、併用薬や持病によっては注意が必要です。

・納豆菌(ナットウキナーゼ)はワルファリンの効果を減弱させるおそれ
・炭酸カルシウムは甲状腺機能低下症やサルコイドーシスで高カルシウム血症を悪化させる可能性

つまり、「整腸剤だから安全」とは限らないのです。
患者が自己判断で市販薬を併用するケースも多く、薬剤師による併用確認と服薬指導が重要になります。

プロバイオティクス研究の最前線 ― 「気休め」から「腸脳相関」へ

かつて整腸剤は「腸の調子を整えるだけの薬」と思われていましたが、現在の研究ではそれ以上の可能性が示されています。

腸と脳をつなぐ「腸脳相関」
腸内細菌が作る短鎖脂肪酸や神経伝達物質が、脳の機能に影響を与えるという「腸脳相関(gut-brain axis)」の概念が注目されています。
うつ病や不安障害、睡眠障害などの精神疾患にも腸内フローラの乱れが関与していることがわかってきました。
実際、特定の乳酸菌株(例:Lactobacillus helveticusやBifidobacterium longum)を摂取することで、ストレス軽減や睡眠の質の改善が報告されています。

免疫と炎症への関与
乳酸菌や酪酸菌は、腸上皮バリアを強化し、炎症性サイトカインの過剰分泌を抑える働きがあります。
これにより、アレルギーや自己免疫疾患、さらには感染症予防への応用も研究されています。
プロバイオティクスは単なる整腸作用を超え、免疫調節薬の一種として注目されつつあるのです。

まとめ ― 「気休め」でも意味がある

整腸剤の効果は確かに劇的ではありません。
服用した翌日からお通じが劇的に改善する、というような即効性は期待できません。
しかし、それを理由に「無意味」と切り捨てるのは早計です。

整腸剤には以下のような意義があります。
・抗菌薬関連下痢の予防
・腸内環境の恒常性維持
・日本人の食文化に適した発酵由来の菌補給
・腸粘膜バリアや免疫機能の補助
・精神面・代謝面への間接的な好影響

“気休め”という言葉には「即効性がない」「明確な変化が感じにくい」というニュアンスが含まれます。
しかし、腸内フローラの改善はゆっくりと、しかし確実に体質や免疫に影響を及ぼすものです。

整腸剤は「病気を治す薬」ではなく、「身体の調子を整える薬」。
この控えめな立ち位置こそが、実はとても日本的で、予防医学的でもあります。

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