2025年8月10日更新.2,574記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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ヒルドイドは本当に保湿に効くのか?

ヒルドイドとは

ヒルドイド(一般名:ヘパリン類似物質)は、皮膚の血流促進、抗炎症作用、保湿作用を有する外用薬です。医療用としてはヒルドイドソフト軟膏、ヒルドイドローション、ヒルドイドフォームなどの形で処方され、市販薬としても「HPクリーム」などの名称で販売されています。

主成分であるヘパリン類似物質は、その構造上、強い陰イオン性を持ち、水に溶けやすく、親水性が高いという特徴があります。この親水性が「保湿作用」と結びつけられ、しばしば「水分子と結合して水分を皮膚に保持する」と説明されることが多いのです。

マルホのサイトにも、作用機序「有効成分であるヘパリン類似物質は、硫酸基、カルボキシル基、水酸基など多くの親水基を持ち、水分子を引き寄せ保持することで、吸水・保水作用を示す。また、基剤による被覆効果も保湿作用に寄与する。」と記載されている。

よくある説明:「水分子と結合するから保湿作用がある」

ヘパリン類似物質の保湿作用は、次のように説明されることがあります。

・ヘパリン類似物質は水分子と水素結合を形成する。
・これにより角層中に水分を保持できる。
・結果として皮膚の乾燥を防ぐ「保湿作用」が得られる。

一見すると理にかなっているようですが、この説明は化学的にはあまりに単純化されすぎており、誤解を招く可能性が高いのです。

「水分子と結合する能力」=「保湿能力」ではない

水分子と水素結合を形成することが、そのまま保湿作用につながるわけではありません。

ここで重要なポイントは、「水と結合する能力」と「皮膚表面に水分を供給する能力」は別物であるということです。

水素結合はエネルギーが必要な結合である:
水素結合は比較的弱い非共有結合とはいえ、外部に水分子を「放出」するには結合を切り離すためのエネルギーが必要です。つまり、ヘパリン類似物質が自身と結びついた水分を角層に与えるには、外的な要因(温度上昇や揮発など)によって水素結合が切断される必要があります。

保湿とは「水を与える」だけではなく「水の蒸散を防ぐ」こと:
そもそも皮膚の保湿とは、「角層の水分を保つこと」であり、それには以下の2つの戦略があります。
・水分を外部から補う(補水)
・水分が逃げるのを防ぐ(閉塞)

ヘパリン類似物質の「水分子と結合する」特性は、前者というよりは後者──「水分の蒸発を防ぐ効果(モイスチャーリテンション)」に近いと解釈すべきです。

ヘパリン類似物質の真の保湿作用とは?

ヘパリン類似物質の保湿作用について、より科学的に正しい説明は以下のようになります。

高分子親水性物質としての「湿潤環境保持」:
ヘパリン類似物質は、構造的に多くの水分を吸着する能力がある高分子であり、皮膚表面に塗布されることで湿潤な状態を保つ働きをします。これは水そのものを皮膚に供給しているわけではなく、「水分の保持を助ける環境を作っている」ことになります。

バリア機能の補助:
ヒルドイドは油分をほとんど含まない親水性外用剤ですが、皮膚の微細な傷や乾燥した角層の隙間を埋めることで、角層の水分保持機能を間接的に高めると考えられています。

微小循環改善による肌代謝の促進:
ヘパリン類似物質には血行促進作用があります。これにより、皮膚への酸素や栄養の供給が促進され、ターンオーバーが改善されることで、皮膚自体のバリア機能が改善し、水分保持力が向上するという二次的な保湿効果も指摘されています。

実際の臨床使用と患者の実感

ヒルドイドの臨床使用においては、保湿剤として一定の効果があるという医師や薬剤師の実感は多くあります。

・アトピー性皮膚炎の乾燥部位に使用し、痒みや皮膚の亀裂が改善した
・高齢者の皮膚の菲薄化や乾燥肌に有効だった
・乳幼児の肌荒れに対してステロイドの補助的に使用

これらの効果は、単なる「水分供給」ではなく、皮膚の物理的・機能的バリアの改善を通じた間接的な保湿作用によるものでしょう。

なぜ「うさんくさい」と思われるのか?

それでも、「ヒルドイドはうさんくさい」といった印象を持つ人がいるのはなぜでしょうか?

保湿メカニズムが誤って伝えられている:
「水分と結合するから保湿効果がある」といった表現が一般向けに流布されていますが、これは誤解を招く科学的に不正確な説明です。実際は「水分を閉じ込めやすい性質を持っている」と言うべきでしょう。

美容目的での乱用報道:
一時期、美容目的でのヒルドイド使用が問題視された報道がありました。これにより、「本当にそんなにすごいのか?」「誇張されているのでは?」といった疑念が生じました。

実感しづらい効果:
ヒルドイドはあくまで薬用の保湿剤であり、即効性があるわけではありません。市販の高保湿クリームやオイルと比べると、しっとり感や潤い感が地味に感じられるため、効果が実感しづらいと感じる人もいます。

結論:ヒルドイドは「誤解されやすいが、科学的に意味のある保湿薬」
ヒルドイド(ヘパリン類似物質)は、決して「魔法の薬」ではありませんが、正しく理解すれば、理にかなった保湿メカニズムを有する外用薬です。

「水分と結合するから保湿」という単純な説明ではなく、以下のような観点から再評価すべきでしょう。

・高分子による湿潤保持環境の形成
・バリア機能の補助
・微小循環促進による肌の自己修復力向上

つまり、ヒルドイドの効果は水分を無理に「与える」のではなく、「逃げないように保つ」ことにより発揮されるのです。

薬剤師として患者に説明する際にも、この科学的な理解に基づいた説明が求められます。「なんとなく塗っている」から、「仕組みを理解して使う」へ──それが医療用保湿剤の正しい使い方です。

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