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S1P受容体調節薬まとめ
公開. 更新. 投稿者:免疫/リウマチ.この記事は約4分57秒で読めます.
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S1P(スフィンゴシン 1-リン酸)受容体調節薬まとめ

自己免疫疾患の治療は近年目覚ましい進歩を遂げています。中でも「S1P受容体調節薬(Sphingosine-1-Phosphate receptor modulators)」は、従来の免疫抑制薬とは異なる作用機序を持ち、注目されている新しい薬剤群です。
これらは「リンパ球の移動」を制御することで、過剰な免疫反応を抑えるユニークな特徴を持ちます。すでに多発性硬化症(MS)の治療薬として定着し、さらに潰瘍性大腸炎(UC)など消化器領域にも適応が広がっています。
日本では、
・フィンゴリモド(イムセラ®、ジレニア®)
・シポニモド(メーゼント®)
・オザニモド(ゼポシア®)
が使用されてきましたが、2025年には新薬 エトラシモド(ベルスピティ®) が承認され、臨床選択肢が広がりました。
S1Pとは? ― スフィンゴシン-1-リン酸の役割
「S1P」とは sphingosine-1-phosphate(スフィンゴシン-1-リン酸) の略称です。細胞膜を構成するスフィンゴ脂質から生成される生理活性物質で、全身に広がる5種類の受容体(S1P₁〜S1P₅)を介して多様な作用を示します。
・S1P₁受容体:リンパ球の移動(遊走)に関与。免疫反応の中心。
・S1P₂/₃受容体:心血管系や血管トーンに関与。副作用の原因になりやすい。
・S1P₄受容体:リンパ系組織で免疫を制御。
・S1P₅受容体:中枢神経系(オリゴデンドロサイト)に関与し、神経保護作用が期待される。
特に S1P₁受容体 を標的とすることで、リンパ球がリンパ節から血中に出るのを抑え、炎症部位(脳や腸管)への浸潤を防ぐことが可能になります。
日本で使用されるS1P受容体調節薬
一般名 | 商品名 | 適応症 | 特徴 |
---|---|---|---|
フィンゴリモド | イムセラ®、ジレニア® | 多発性硬化症 | 世界初のS1P薬。非選択的で副作用が比較的多い |
シポニモド | メーゼント® | 二次進行型多発性硬化症(SPMS) | S1P₁/₅選択的。遺伝子型により用量調整が必要 |
オザニモド | ゼポシア® | 多発性硬化症、潰瘍性大腸炎 | UC領域にも適応。漸増投与で安全性改善 |
エトラシモド | ベルスピティ® | 潰瘍性大腸炎 | 新規S1P₁/₄/₅選択的薬。心血管副作用軽減設計 |
各薬剤の特徴と比較
フィンゴリモド(イムセラ®、ジレニア®)
・2010年承認。世界初のS1P受容体調節薬。
・S1P₁〜₅全てに作用するため、心血管副作用(徐脈・房室ブロック)や感染症リスクが比較的高い。
・初回投与時には6時間の心電図モニタリングが必要。
・有効性は高く、再発抑制効果が確立している。
シポニモド(メーゼント®)
・S1P₁/₅に選択的に作用。
・二次進行型MS(SPMS)に適応があるのが大きな特徴。
・初回投与時の心血管リスクは低減しているが、CYP2C9遺伝子多型により代謝が左右されるため遺伝子検査で用量調整が必要。
オザニモド(ゼポシア®)
・S1P₁/₅に作用し、UCにも適応。
・多発性硬化症に加え、炎症性腸疾患領域(潰瘍性大腸炎)で使用可能な点が特徴。
・漸増投与スケジュールが組み込まれ、安全性を高めている。
・長期的な血球減少や肝機能障害に注意が必要。
エトラシモド(ベルスピティ®)
・2025年に日本承認。UCの新しい経口治療薬。
・S1P₁/₄/₅に選択性を持ち、心臓への影響(S1P₃関連)を避ける設計。
・海外の試験では、中等症〜重症UC患者において寛解率の改善が示されている。
・心拍数低下は軽度だが、投与開始時の観察は依然として推奨される。
・実臨床データはまだ少なく、今後の副作用報告に注目。
共通する副作用とモニタリング
心血管系(徐脈・房室ブロック)
・洞結節や房室結節にS1P₁受容体が存在し、薬剤が作用すると徐脈が生じる。
・フィンゴリモドで顕著だが、オザニモドやエトラシモドではリスク軽減。
感染症
・リンパ球減少による帯状疱疹・単純ヘルペス・PML(進行性多巣性白質脳症)に注意。
・投与前にVZV抗体確認、必要ならワクチン接種。
肝機能障害
・AST/ALT上昇が報告されており、定期的な肝機能検査が必須。
眼合併症(黄斑浮腫)
・糖尿病やぶどう膜炎の既往患者ではリスク増大。
・投与前後に眼科検査を推奨。
高血圧
・長期投与で血圧上昇が起こり得るため、定期的な血圧測定を行う。
腫瘍リスク
・長期免疫抑制に伴い、皮膚癌などの悪性腫瘍リスクが議論されている。
投与前に確認すべきこと(薬剤師視点)
・感染症既往(帯状疱疹、水痘、肝炎など)
・心疾患の既往(徐脈、房室ブロック、QT延長など)
・眼疾患(糖尿病網膜症、ぶどう膜炎など)
・妊娠・授乳(催奇形性リスクがあるため避妊指導が必要)
・併用薬(β遮断薬、Ca拮抗薬、抗不整脈薬など心拍数低下作用のある薬に注意)
服薬指導のポイント
・自己中断禁止:中止するとMSやUCが再燃・悪化するリスク。
・感染症徴候に注意:発疹、発熱などがあれば早めに受診。
・定期検査の必要性:心電図、肝機能、眼科検査、血球数チェック。
・避妊の徹底:妊娠リスクについて事前に説明。
・アドヒアランスの重要性:毎日の内服が効果と安全性維持に直結する。
まとめ
S1P受容体調節薬は、免疫抑制薬の中でも「リンパ球の移動」を標的にしたユニークな薬剤群です。
・フィンゴリモド:初の薬剤で有効性が確立。ただし心血管リスクが大きい。
・シポニモド:SPMSに適応。CYP2C9遺伝子型による用量調整が必要。
・オザニモド:MSに加えUCにも適応。漸増投与で安全性改善。
・エトラシモド(ベルスピティ®):最新薬。S1P₁/₄/₅選択性により心臓副作用軽減が期待され、UC治療に新しい選択肢を提供。
副作用として共通して心血管・感染症・肝障害・眼障害があり、薬剤師としてはこれらのモニタリングが重要です。
今後は、UCにおける実臨床成績、さらに他の炎症性疾患への応用可能性に注目が集まるでしょう。