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頻尿に利尿剤が効く?矛盾してみえる処方の理由
公開. 更新. 投稿者: 8,076 ビュー. カテゴリ:前立腺肥大症/過活動膀胱.この記事は約5分3秒で読めます.
目次
頻尿に利尿剤の処方?

トイレが近いのに利尿薬処方するのって何で?
薬局で患者さんから
「トイレが近いのに、利尿剤が出ているんですけど……」
と質問されることがあります。
確かに、“尿を出す薬”を“トイレが近い人”に処方するのは矛盾して見えます。
ですが、医師がそこに「治療上の狙い」を持っていることも多いのです。
利尿薬の薬理作用を踏まえながら、
なぜ頻尿に利尿薬を用いることがあるのか――その理由を整理していきます。
「頻尿」と「利尿」は似て非なるもの
まず最初に、用語を明確にしておきましょう。
・頻尿:排尿回数が多い状態(例:1日8回以上)ー膀胱容量の低下、過活動膀胱、前立腺肥大、夜間頻尿など
・利尿:尿を作って排泄する作用(薬理的・生理的な働き)ー利尿薬によるNa・水再吸収抑制など
つまり、「頻尿」は症状、「利尿」は作用です。
利尿薬は尿を作る仕組みに作用しますが、排尿回数を直接増やす薬ではありません。
そのため、利尿薬の使い方によっては、かえって夜間頻尿が改善することもあるのです。
利尿薬の服用は「朝が原則」でも例外がある
利尿薬の基本的な使い方は「朝食後」です。
夜に服用すると利尿作用が夜間に現れ、何度もトイレに起きることになります。
これは夜間頻尿の悪化につながるため避けられます。
しかし、一部の患者では、あえて日中や夕方に服用することで
夜間の排尿回数を減らす場合があります。
それは「夜間頻尿」に対して“逆転の発想”で使うケースです。
夜間頻尿とは? 〜夜に尿が増えるメカニズム〜
夜間頻尿は、就寝中に1回以上排尿のために起きる状態を指します。
加齢、睡眠障害、心不全、腎血流の変化、下肢浮腫などが関係します。
特に高齢者や心不全患者では、
昼間に立位で過ごすと重力で水分が下肢に貯留します。
夜に横になると血液が戻り、腎血流量が増えて尿が作られる――
これが夜間の排尿を増やす原因の一つです。
このような患者では、夜間の尿生成そのものを減らすより、
昼間のうちに利尿を促して体内の水分をあらかじめ排出しておくことが有効です。
フルイトラン(トリクロルメチアジド)を夕方に?
代表的なサイアザイド系利尿薬であるフルイトランは、
服用後3時間ほどで効果が最大になり、6時間程度作用が続きます。
この薬を就寝の6時間前(17時頃)に服用すれば、
利尿のピークが就寝直前に終わり、夜中に尿意で起きることを防げます。
つまり、
「寝る前に尿を出し切ってから寝る」
という考え方です。
ただし、脱水や低ナトリウム血症、起立性低血圧などの副作用には注意が必要です。
高齢者では体液調節が不安定なため、服薬時間の微調整と水分摂取指導が欠かせません。
フロセミド(ラシックス)で“昼のうちに出す”戦略
心不全の患者では、交感神経・レニン‐アンジオテンシン系の亢進によって
日中の腎血流が減少し、尿が作られにくくなっています。
しかし夜間に安静になると腎血流が回復し、
夜のほうが尿が多くなることがあります。
この“夜間多尿型”の患者に朝〜昼にフロセミド(ループ利尿薬)を投与すると、
腎尿細管でのNa・水再吸収を抑え、日中に利尿を促すことができます。
その結果、夜間に出る尿量が減り、夜間頻尿が改善します。
フロセミドは経口投与後1時間以内に作用し、6時間ほど持続します。
この“6時間作用”を利用し、朝または昼に服用して
「夜に尿が出ないようにする」という使い方が行われます。
利尿薬で夜間頻尿を軽減できる理由
夜間頻尿を改善する目的で利尿薬を使う場合、狙いは次の2つです。
体内にたまった水分を日中のうちに排出する
→ 寝る頃には体内の水分バランスが整い、夜間の尿生成が減る。
腎血流の昼夜リズムを調整する
→ 安静時に偏っていた腎血流を日中に再分配し、夜間の尿産生を減少させる。
つまり、利尿薬は“尿を出す薬”ではありますが、
出すタイミングを整える薬として使うことがあるのです。
利尿薬の副作用:脱水と電解質異常に注意
利尿薬の服用により尿量が増えると、
脱水や電解質異常(低Na血症、低K血症など)が起こることがあります。
特に高齢者は水分摂取量が少なく、体液量の調整も不十分なため、
以下のような症状に注意が必要です。
・口の渇き、皮膚の乾燥
・めまい、ふらつき(起立性低血圧)
・倦怠感、食欲不振
・血液濃縮による血栓症リスク
薬剤師としては、
「尿が出る=水分を減らす」ではなく、
「必要な分を排出し、体のバランスを整える」という観点で説明することが重要です。
利尿薬と抗コリン薬の併用について
利尿薬を服用している患者で「トイレが近い」と訴える場合、
泌尿器科から抗コリン薬(過活動膀胱治療薬)が追加されることがあります。
このとき、
「尿を出す薬と、我慢させる薬を一緒に飲んでいいの?」
という疑問を持つ人は多いです。
しかし、両者は作用部位がまったく異なります。
・利尿薬:腎臓(尿細管)ー尿を作る過程に作用して水・Na排出を促す
・抗コリン薬:膀胱(排尿筋)ー膀胱の異常な収縮を抑えて尿意を落ち着かせる
したがって、併用自体は理論的には矛盾しません。
ただし、「頻尿の原因が利尿薬そのものにある」場合は、
まず服薬時間や用量の見直しを行うべきです。
利尿薬を安易に中止してはいけない理由
「頻尿だから利尿薬をやめたい」と訴える患者も少なくありません。
しかし、利尿薬は心不全・高血圧・腎疾患などの
基礎疾患コントロールに直結する薬です。
これを中断すると、
体内に水分が再貯留し、
・浮腫の悪化
・呼吸苦(肺うっ血)
・体重増加
などを引き起こすおそれがあります。
頻尿の訴えがあった場合は、
「薬をやめる」ではなく、
服用タイミングを工夫して生活の質を維持する方向で考えることが大切です。
薬剤師が行うべきサポート
頻尿を訴える利尿薬服用患者に対しては、以下の点を確認しましょう。
・服用時間(朝・昼・夕)の最適化
・服用開始後の排尿リズムの変化
・脱水・電解質異常の有無
・睡眠への影響(夜間尿による中途覚醒)
・併用薬(抗コリン薬・降圧薬など)との相互作用
薬剤師は、処方の“意図”と“副作用”の境界を見極めることが求められます。
まとめ:頻尿に利尿薬は矛盾ではない
・「頻尿」は排尿回数の問題、「利尿」は尿生成の作用である。
・利尿薬は尿量を増やす薬だが、排尿のタイミングを整える目的で使われることがある。
・夜間頻尿の患者では、昼間の服用により夜間の尿意を減らせる。
・頻尿を理由に利尿薬を中止すると、心不全や浮腫が悪化する危険がある。
「頻尿に利尿薬なんておかしい」
と思ったときこそ、処方の“意図”を読み解くチャンスです。
利尿薬は尿を出す薬ではなく、「体内の水分バランスを再構築する薬」。
その目的を理解すれば、患者への説明もより説得力を持ちます。
夜間頻尿に悩む患者にとって、「トイレに起きない夜」を作るための利尿――
それは一見矛盾に見えて、実は理にかなった治療なのです。



