記事
ニトログリセリンは緑内障に禁忌?硝酸薬と眼圧の関係
公開. 更新. 投稿者:緑内障/白内障.この記事は約4分51秒で読めます.
9,648 ビュー. カテゴリ:目次
ニトログリセリンは緑内障に禁忌?

狭心症や心不全治療でよく使われる硝酸薬(ニトログリセリンや硝酸イソソルビド)は、循環器科や救急領域では必須の薬剤です。しかし、処方箋を確認していると、「閉塞隅角緑内障に禁忌」と添付文書に明記されていることに気づき、驚かれたことがある方もいるでしょう。
一方で、抗コリン薬やステロイドによる眼圧上昇は比較的有名ですが、硝酸薬が緑内障に影響を及ぼすメカニズムはあまり知られていません。
・硝酸薬と緑内障の関係
・禁忌の根拠と実際の報告
・ニトログリセリンの添付文書上の記載
・実臨床での疑義照会の考え方
について勉強します。
そもそも緑内障とは?
緑内障は、視神経が障害される疾患で、放置すれば失明に至ります。
大きく分けて以下の2つのタイプが存在します。
開放隅角緑内障
隅角(房水の排出路)は開いているが、排出機能の低下により眼圧が慢性的に高くなるタイプ。
閉塞隅角緑内障(狭隅角緑内障)
隅角が狭く、急性に房水が排出できなくなることで、短時間で眼圧が著しく上昇するタイプ。
抗コリン薬が禁忌とされるのは、この閉塞隅角緑内障で、瞳孔散大作用により虹彩が隅角を塞ぎ、急性発作を誘発するからです。
硝酸薬の場合も、この閉塞隅角緑内障の患者に注意が必要とされています。
硝酸薬はどうして眼圧を上げる?
硝酸薬の代表例はニトログリセリン、硝酸イソソルビド、ニコランジル、亜硝酸アミルなどがあります。
これらは主に血管平滑筋のNO(ニトリックオキシド)供与作用により、血管拡張を引き起こし、冠血流を増大させる薬剤です。
房水(眼房内の水分)は、
・毛様体で産生され
・隅角のシュレム管から排出される
というルートを通ります。
硝酸薬が血管拡張を起こすと、
・脈絡膜(眼球後部の血管層)の血管が拡張
・脈絡膜の容量が増加
・房水の排出抵抗が増し
・結果的に眼圧が上昇する
と推測されています。
ただし、これらの作用は急性に閉塞隅角緑内障を誘発するほど強力とは考えられていません。
実際、過去の報告では亜硝酸アミルを吸入後に一過性の眼圧上昇が認められた程度で、他の硝酸薬の使用で明らかな緑内障悪化が起きた症例はほとんどありません。
添付文書上の禁忌の記載
それでは、代表的な硝酸薬の添付文書で確認してみましょう。
アイトロール錠
ニトロール錠
ニトロールRカプセル
ニトロールスプレー
ニトロダームTTS
ニトロペン舌下錠
【禁忌】
「閉塞隅角緑内障の患者(眼圧が上昇するおそれがある。)」
いずれも添付文書に共通して
「閉塞隅角緑内障の患者に禁忌」
と明記されています。
◆シグマート(ニコランジル)
こちらは硝酸エステルではなくニコチン酸誘導体に分類されるためか、
緑内障に関する禁忌は記載されていません。
つまり、すべての血管拡張薬が禁忌ではないこともポイントです。
実際に眼圧が上がるのか?臨床報告
「添付文書に禁忌と書かれているなら当然危ないのでは?」と考えるのは自然ですが、実臨床では明確な緑内障悪化のエビデンスは乏しいのが現状です。
特に、
硝酸イソソルビド
ニトログリセリン
で急激な眼圧上昇が確認された報告はほとんどなく、
添付文書でも「報告はないが理論的可能性から禁忌とする」というスタンスに近いものです。
一方、亜硝酸アミル(救急時に吸入するニトロ薬)については、
・吸入後に一過性の眼圧上昇があった
といった報告が古い文献にみられます。
つまり、理論的には注意すべきですが、実際には重篤な発作誘発の頻度は非常に低いと考えられています。
実務上の対応:疑義照会するべきか?
では、閉塞隅角緑内障と診断されている患者にニトログリセリンが処方された場合、薬局としてどう対応するのが適切でしょうか?
結論としては、
・添付文書に禁忌記載がある以上、原則として疑義照会を行うことが望ましい
です。
ただし、処方医のコメントとして
・緑内障はコントロール良好である
・主治医と眼科で相談の上で処方している
・開放隅角緑内障で禁忌に該当しない
などの説明が確認できれば、処方を尊重するケースもあります。
眼科へ直接確認する場合もありますが、処方医と眼科がすでに情報共有している可能性が高いので、まずは処方医へ問い合わせるほうがスムーズです。
実臨床でのポイント
薬剤師として押さえておきたいポイントをまとめます。
・禁忌対象は閉塞隅角緑内障のみ
・開放隅角緑内障には禁忌ではない
・眼圧上昇のエビデンスは限定的
・理論的には脈絡膜血管拡張による眼圧上昇の可能性あり
・実際の有害事象報告はほとんどない
・疑義照会は基本的に必要
・添付文書に明確に「禁忌」とある
・患者背景を確認する
・緊急時はリスクより治療優先
・狭心症発作や急性心不全では眼圧より生命優先
・緑内障既往の情報を医療者間で共有する
まとめ
・ニトログリセリンや硝酸イソソルビドは閉塞隅角緑内障には添付文書上禁忌
・理由は脈絡膜血管拡張により眼圧が上がる可能性があるため
・実際の有害事象報告は乏しく、理論的リスクに基づいた禁忌
・緑内障の型を確認し、疑義照会を適切に行うことが大切
・緊急時は治療優先となるケースもある
薬剤師や医療従事者は、添付文書の記載と実臨床のバランスを踏まえ、患者背景をよく確認しながら慎重に対応することが求められます。