2025年6月28日更新.2,503記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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常用漢字と医療用語ー医療現場における漢字の壁

常用漢字改訂と医療現場の影響

2010年、日本の常用漢字表が大きく改訂された。これにより、新たに196字が常用漢字に追加され、公的文書や新聞、教科書などで使用しやすくなった。改訂当時、世間では「こんな漢字も今まで常用漢字じゃなかったのか」と驚きの声も多かった。

この中には、医療現場で頻繁に目にする漢字も多く含まれている。たとえば「処方箋」の「箋」や「覚醒剤」の「醒」である。これらは医療従事者にとって日常的に使用する言葉だが、実は長らく常用漢字には含まれていなかった。

しかし、常用漢字に追加されたからといって、すぐに法律や制度の中での表記が改まるわけではない。たとえば「覚醒剤取締法」は、法律名としては長らく「覚せい剤取締法」と表記され続け、法改正が行われたのは2019年、施行は2020年4月1日だった。言葉や表記の世界でも「慣れ」というものが大きく影響していることがわかる。

新常用漢字

鹿

医療用語に多い「新常用漢字」

医療現場で使われる言葉の中には、常用漢字に新たに加わったものが多い。以下は代表的なものだ。

潰(胃潰瘍)
腫(脳腫瘍)
脊(脊椎、脊髄)
咽(耳鼻咽喉科)
骸(骸骨、頭蓋骨)
顎(顎関節症)
股(股関節)
痕(傷痕、瘢痕)
塞(閉塞性肺疾患)
尻(尾てい骨)
腎(腎臓、腎不全)
腺(乳腺、唾液腺)
痩(栄養失調、消耗性疾患)
爪(爪白癬)
斑(白斑、紅斑)
眉(眉毛形成術)
膝(膝蓋骨骨折)
肘(肘部管症候群)
頬(頬骨)
嗅(嗅覚障害)
鬱(うつ病)
瘍(胃潰瘍、皮膚潰瘍)

改訂以降、これらの漢字は公的文書でも使用しやすくなったが、実際には以前から医療現場では漢字で表記されていたケースが多い。病名や診断名においては、漢字の読み書きが当然のように求められているからだ。

それでも「うつ病」と書かれる現実

中でも「鬱」は、改訂後も一般の文書や報道では依然として「うつ病」と平仮名で表記されることが多い。理由は単純で、「鬱」という字は画数が多く、一般人には書きづらく、覚えにくいためだ。筆者自身も日常的に「うつ病」と平仮名で書くことがほとんどである。

読めない医療用語 — 外国人医療従事者の壁

医療用語は、日本人にとっても難解な漢字が多く、外国人医療従事者にとってはさらに大きな壁となっている。

たとえば次のような用語がある:
褥瘡(じょくそう:床ずれ)
含嗽(がんそう:うがい)
産褥(さんじょく:出産後の期間)
仰臥位(ぎょうがい:仰向けの体位)
胼胝腫(べんちしゅ:たこ)
掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)
魚鱗癬(ぎょりんせん:皮膚疾患)
粃糠疹(ひこうしん:フケ様皮疹)
鵞口瘡(がこうそう:カンジダ性口内炎)
鱗屑(りんせつ:皮膚のはがれ)
苔癬(たいせん:皮膚病変)
嗄声(させい:声のかすれ)

こうした難読漢字は、日本の看護師国家試験にも出題される。外国人看護師や医師が資格を取得するためには、まずこれらの漢字を「読めて、書ける」ようになる必要がある。

看護師養成現場でも、こうした難読漢字の学習は大きな負担になっている。ある看護学校では、漢字の書き順に番号を振り、何度も反復練習させて覚えさせているという。厚生労働省もこうした実情を受け、近年は看護師国家試験の一部漢字表記にルビ(ふりがな)を付けるなどの配慮を始めた。ただし、現場で定着している専門用語については、今後も難読漢字のまま使用が続くと考えられている。

医療用語の表記と標準化の課題

医療用語の表記は非常に多様である。漢字には以下のような区分が存在する:

・常用漢字
・表外漢字(常用漢字以外の漢字)
・JIS漢字(日本工業規格で規定された漢字)

この区分が医療現場で問題になることがある。たとえば、患者名に含まれる「髙橋(はしご高)」の「髙」などは、病院の電子カルテやレセプトコンピューターで正常に入力・送信できないケースがある。その結果、処方せんやレセプト請求に支障が生じることもある。

また、診断名や病名も統一が難しい。たとえば「ニキビ」は「尋常性痤瘡(じんじょうせいざそう)」と呼ばれるが、この「痤瘡」という漢字自体が非常に読みにくい。多くの日本人医療従事者でさえ読めないこともある。「ざそう」と打ち込んでも「挫創(ざそう)」と変換されるのが普通であり、専門辞書が搭載された医療用端末でないと正確な変換は難しい。

今後の課題 — 多文化医療と漢字表記

高齢化・外国人労働者の受け入れ拡大とともに、日本の医療現場もグローバル化が進んでいる。その中で、日本語の漢字医療用語は大きな障壁となりうる。難読漢字の読み書きが必要な国家資格試験は、外国人にとって非常に高いハードルとなる。

国際標準の医学用語ではアルファベット表記(ICDコード、WHO分類など)が主流となっており、日本でもこうした標準化の流れをどう取り入れていくかが今後の課題となる。漢字文化を守りつつ、多文化共生に対応した柔軟な医療用語の運用が求められている。

まとめ

常用漢字改訂は医療用語表記の一助となったが、実際の現場では以前から漢字の使用は根付いていた。一方で、難読漢字は外国人医療従事者にとって大きな壁となっており、漢字表記の標準化と合理化は今後の医療現場の課題である。時代とともに言葉もまた進化する——その過渡期に私たちは立ち会っているのかもしれない。

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