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感冒後嗅覚障害とその治療─風邪のあとに臭いを感じにくくなったときの薬
公開. 更新. 投稿者:風邪/インフルエンザ.この記事は約4分57秒で読めます.
181 ビュー. カテゴリ:感冒後嗅覚障害

「風邪が治ったのに、なんだか臭いがしない」「食べ物の味も薄く感じる」──。こうした症状を経験したことがある人は少なくありません。特に新型コロナウイルス感染症の流行以降、嗅覚や味覚の異常に対する関心が高まりました。
風邪をひいたあとに鼻炎が長引くことは珍しくありません。鼻づまりや鼻水が続くと、鼻腔の奥にある「嗅覚受容体」ににおい物質が届かなくなり、臭いを感じにくくなります。これを「呼吸性嗅覚障害」と呼び、鼻炎が改善すると自然に回復することがほとんどです。
ところが、一部の患者では鼻炎が治った後も臭いが戻らず、数週間~数か月にわたり持続することがあります。この状態が「感冒後嗅覚障害(post-viral olfactory dysfunction)」です。
統計的には中高年の女性に多いとされており、男女比は1:2.4~7.5と大きく偏っています。風邪を引いてから数週間~数か月後に耳鼻科を受診するケースが多く、受診時にはすでに鼻腔や副鼻腔の炎症所見が乏しいのが特徴です。
嗅覚障害の分類とメカニズム
嗅覚障害は、障害される部位や原因によって以下のように分類されます:
・呼吸性嗅覚障害:鼻閉・鼻汁などで嗅覚刺激が嗅粘膜に届かない状態
・嗅粘膜性嗅覚障害:嗅細胞そのものの炎症や損傷による障害
・末梢神経性嗅覚障害:嗅神経の損傷による障害
・中枢性嗅覚障害:脳の嗅覚中枢(嗅球・嗅皮質など)の損傷
感冒後嗅覚障害はこのうち「嗅粘膜性嗅覚障害」に分類され、風邪ウイルスが嗅粘膜や嗅神経に直接感染したり、免疫応答の結果として間接的に嗅細胞が損傷されることで発症します。
嗅細胞は本来、再生能力のある神経細胞ですが、人間ではそのサイクルが非常に長く、完全な回復には数か月~年単位の時間がかかる場合があります。
感冒後嗅覚障害の症状
感冒後嗅覚障害では、
・においがしない(嗅覚低下)
・においが異なる形で感じられる(異嗅症)
・味がわかりにくい・薄く感じる(味覚低下)
といった症状が見られます。味覚と嗅覚は密接に関係しているため、嗅覚障害が味覚異常に見えることも多くあります。
特に「コーヒーが焦げ臭く感じる」「ごはんが金属のような味に感じる」などの異嗅症は、生活の質を著しく損なう症状であり、治療のきっかけとなることが少なくありません。
感冒後嗅覚障害の治療法
感冒後嗅覚障害に対して日本で使用される主な治療薬には以下のようなものがあります:
〇亜鉛製剤
亜鉛は細胞増殖や分化に必要な微量元素で、嗅細胞・味蕾の再生を助けると考えられています。
・主な製剤:ポラプレジンク、酢酸亜鉛、硫酸亜鉛など
・効果:嗅覚や味覚器の機能維持に寄与するとされるが、明確な有効性はまだ確立されていない
〇ステロイド点鼻薬
鼻腔内の炎症や粘膜の腫れを抑える目的で使用。
呼吸性嗅覚障害に対する効果は高く、感冒後嗅覚障害でも一定の改善が見られることがあります。
作用機序は不明であり、全例に効果があるわけではありません。
〇当帰芍薬散(漢方薬)
中等度以上の感冒後嗅覚障害において、治癒率51.1%と報告されており、ステロイド点鼻薬(22.7%)よりも高い改善効果があるとのデータあり(※研究報告に基づく)
基礎研究では、
・血流改善作用(血液粘度低下)
・神経成長因子(NGF)を嗅球で増加させる作用
があるとされ、嗅神経の修復を促進する可能性が示唆されています。
ステロイド点鼻で効果が不十分な場合に追加投与・切り替え薬として用いられます。
〇ビタミンB12(メコバラミン)
末梢神経の修復を促進する作用があり、神経障害型の嗅覚障害に使用されます。
経口薬または筋注で使用され、嗅神経再生への補助的効果を期待されます。
〇カリジノゲナーゼ(商品名:カリクレイン)
末梢血行を改善し、粘膜への酸素供給を増やす作用を持つ薬剤。
嗅粘膜の血流改善によって神経再生をサポートする目的で用いられます。
感冒後嗅覚障害とコロナ後遺症
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後にも、感冒後嗅覚障害と同様の経過をたどる症例が多く報告されました。これらも嗅粘膜や嗅球へのウイルス感染および免疫反応による二次障害と考えられており、治療法は類似しています。
現在では、当帰芍薬散、亜鉛補充、ビタミンB12などを組み合わせた治療が行われることもあり、治療の個別化が進んでいるのが実情です。
回復までの期間と予後
嗅細胞は他の神経細胞と異なり、一定の再生能力を持ちますが、再生スピードは非常にゆっくりです。
・軽症例では数週間で回復することもある
・多くは数か月~半年程度の経過を要する
・一部の例では1年以上症状が続くこともある
したがって、早期の診断と適切な治療介入が重要であり、治療開始が遅れるほど回復が難しくなる傾向も示されています。
◆ まとめ:風邪の後の「においがしない」は、放置せず相談を
感冒後嗅覚障害は、見過ごされがちな症状ですが、
・生活の質を大きく下げる
・食欲や安全感(ガス漏れなど)にも影響
・長期化する可能性がある
という観点から、軽視できない後遺症の一つです。
薬剤師や医療従事者としては、風邪後に嗅覚や味覚の異常を訴える患者に対して、
・受診の勧奨(耳鼻咽喉科)
・使用薬剤の説明
・根気よく治療を続けることの重要性
などを丁寧に伝えることが求められます。
嗅覚は回復まで時間がかかることもありますが、適切な治療と生活管理によって、改善の可能性は十分にあります。患者とともに、ゆっくりと取り組むことが大切です。