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後発白内障予防にリザベン点眼液?
公開. 更新. 投稿者: 5,651 ビュー. カテゴリ:緑内障/白内障.この記事は約5分43秒で読めます.
目次
後発白内障予防にリザベン点眼液?― 白内障手術後にまた白内障?その仕組みと薬の可能性

白内障手術後に「また白内障」になる?
「白内障の手術をしたのに、また白内障になったと言われた」
患者さんから、こうした話を聞いたことはないでしょうか。
実はこれ、多くの場合“白内障の再発”ではありません。
正確には後発白内障と呼ばれる、白内障手術後に起こりうる合併症です。
白内障手術では、濁った水晶体の中身だけを取り除き、水晶体嚢(袋)を残したままその中に眼内レンズを挿入します。
ところが、手術後にその水晶体嚢が濁ってくることがあり、これを後発白内障と呼びます。
症状としては、
・かすんで見える
・ピントが合いにくい
・まぶしさが増す
など、白内障とほぼ同じ症状が出るため、患者さんにとっては「また白内障になった」と感じられやすいのです。
後発白内障はどれくらい多いのか
後発白内障は、白内障手術後の合併症の中でも比較的頻度が高いことが知られています。
診療ガイドライン(MINDS)などを参考にすると、
・術後1年:約11.8%
・術後3年:約20.7%
・術後5年:約28.4%
と、年数が経つにつれて発症率が上昇していくことが報告されています。
つまり、白内障手術を受けた人の約3~4人に1人は、長期的に後発白内障を経験する可能性がある、という計算になります。
後発白内障の治療は「レーザー」
後発白内障は、残念ながら自然に治ることはありません。
しかし治療自体は比較的シンプルで、YAGレーザーによる後嚢切開術が行われます。
この治療では、
・濁った後嚢の中心部分だけに
・レーザーで小さな穴を開け
光が網膜まで届くようにします。
多くの場合、治療直後から視力の改善を実感でき、手術時間も短く、入院の必要もありません。
そのため医療者側から見ると「それほど深刻な合併症ではない」と捉えられがちですが、
患者さんにとっては「また目の治療を受けなければならない」という心理的・身体的負担は決して小さくありません。
後発白内障はなぜ起こるのか
後発白内障の発症機序は、ある程度明らかになっています。
ポイントとなるのは、手術後に残った水晶体上皮細胞です。
白内障手術では、水晶体の中身を取り除いても、
水晶体嚢の内側にごく少量の上皮細胞が残存します。
この残った細胞が、
・増殖
・線維化
・コラーゲン産生
を起こし、後嚢が白く濁ってくることで後発白内障が発症します。
この過程には、
・TGF-β(トランスフォーミング成長因子)
・bFGF(線維芽細胞増殖因子)
といったサイトカインが深く関与していると考えられています。
後発白内障を「予防」できないのか?
ここで出てくる疑問が、
後発白内障は、あらかじめ予防できないのか?
という点です。
レーザー治療が確立しているとはいえ、
・そもそも発症しない方がよい
・点眼で抑えられるなら患者負担は少ない
と考えるのは自然な流れでしょう。
そこで一部で話題になるのが、トラニラスト(リザベン)点眼液です。
リザベン点眼液とはどんな薬?
リザベン点眼液(一般名:トラニラスト)の正式な適応症は、
アレルギー性結膜炎
のみです。
作用機序としては、
・抗アレルギー作用
・線維芽細胞からのサイトカイン(TGF-βなど)産生抑制
・コラーゲン合成抑制
といった特徴を持っています。
この作用は、皮膚科領域では
・ケロイド
・肥厚性瘢痕
の治療に応用されており、「線維化を抑える薬」というイメージを持つ医療者も多いでしょう。
なぜ後発白内障にリザベンが注目されるのか
後発白内障の病態は、
・水晶体上皮細胞の増殖
・線維化
・コラーゲン沈着
が中心です。
つまり、
線維化を抑える薬が効くのでは?
という発想が生まれるのは自然なことです。
実際、白内障手術後にトラニラスト点眼を使用した研究報告も存在します。
特に、
線維柱帯切除術+白内障手術を行った症例で、
マイトマイシンCの術中使用の有無とともに後発白内障発症率を比較した研究などでは、
線維化抑制の重要性が示唆されています。
エビデンスとしてはどうなのか
では、リザベン点眼液は
後発白内障の予防薬として確立しているのか?
結論から言うと、
エビデンスは限定的で、積極的に推奨される段階ではありません。
・小規模研究が中心
・明確な予防効果を示すデータは乏しい
・ガイドラインでの推奨もなし
というのが現状です。
そのため、リザベン点眼液を後発白内障予防目的で使用する場合は、完全に適応外使用となります。
実臨床であまり使われない理由
実際の臨床現場では、
白内障術後の基本点眼
・抗菌薬
・ステロイド
・NSAIDs(黄斑浮腫予防)
だけでも、患者さんの負担は少なくありません。
そこにさらに、
・「エビデンスがはっきりしない点眼薬」を
・長期間追加する
というのは、アドヒアランス低下のリスクもあります。
そのため、
作用機序的には理解できるが、
実際にはあまり使われていない
という位置づけになっていると考えられます。
白内障そのものの予防に使えないのか?
時々聞かれるのが、
リザベンは白内障そのものの予防に使えないの?
という疑問です。
しかし、
加齢性白内障の主因は水晶体タンパクの変性・酸化であり、
後発白内障とは病態がまったく異なります。
そのため、リザベンの作用機序から考えても、
白内障そのものの予防効果は期待しにくい
と言えるでしょう。
薬剤師としてどう説明するか
薬局で、
「白内障でレーザー治療をしてきた」
という患者さんに出会った場合、
それはすでに眼内レンズが入っている後発白内障である可能性が高いです。
このとき、
「また手術ですか?」ではなく
「術後によく起こる合併症で、レーザーで改善します」
と説明できるだけでも、患者さんの不安はかなり軽減されます。
また、リザベン点眼について質問された場合は、
・適応外使用であること
・エビデンスが限定的であること
・現在の標準治療ではないこと
を、過度に否定せず、冷静に説明する姿勢が大切でしょう。
まとめ
・後発白内障は白内障手術後に比較的高頻度で起こる合併症
・病態の中心は水晶体上皮細胞の増殖と線維化
・リザベン点眼液は作用機序的に理論的裏付けはある
・しかしエビデンスは十分とは言えず、標準治療ではない
・治療の第一選択はレーザー後嚢切開術
「効きそう」と「実際に使われる」は別物。
この違いを整理して理解することが、薬剤師としての大切な視点ではないでしょうか。




