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イソジンシュガーパスタで血糖値が上がるか?
公開. 更新. 投稿者: 8,574 ビュー. カテゴリ:褥瘡.この記事は約5分25秒で読めます.
目次
「イソジンシュガーパスタ」ってどんな薬?

イソジンシュガーパスタという薬の名前を聞くと、多くの人が最初に思うのは
「シュガーって、砂糖のこと?」という素朴な疑問ではないでしょうか。
確かに、「シュガー(sugar)」とは英語で“砂糖”を意味します。
実際にこの薬には白糖(スクロース)が含まれています。
白糖入りの薬と聞くと、「糖尿病があるのに塗って大丈夫?」「砂糖が血糖値を上げるのでは?」と心配になるのも無理はありません。
しかし、結論から言えば――
イソジンシュガーパスタを塗っても血糖値は上がりません。
その理由を科学的根拠とともに勉強していきます。
成分と作用のしくみ
イソジンシュガーパスタは、正式には白糖・ポビドンヨード配合剤と呼ばれます。
主成分は以下の2つです。
・白糖(スクロース):高浸透圧により滲出液(うみ)を吸収し、細菌の増殖を抑える
・ポビドンヨード:殺菌・消毒作用(イソジンうがい薬と同じ有効成分)
白糖は単なる「甘味料」としてではなく、創部から余分な水分や膿を引き出す目的で配合されています。
この高浸透圧効果により、細菌の水分が奪われ、繁殖が抑えられます。
またポビドンヨードは広範な殺菌作用をもつため、感染を防ぐという二重の効果を持ちます。
糖尿病と褥瘡の深い関係
糖尿病の合併症のひとつに「末梢神経障害」があります。
これは高血糖が長期間続くことで神経が障害を受け、足先の感覚が鈍くなってしまう状態です。
最初はしびれや感覚の低下から始まり、進行すると痛みを感じにくくなります。
そのため小さな傷ができても気づかず、そこから感染や潰瘍に発展してしまうことがあります。
さらに血流障害が加わると、傷の治りが悪くなり、最終的には壊疽(組織の壊死)に至ることもあります。
こうした「糖尿病性皮膚潰瘍」や「褥瘡(床ずれ)」の治療において、
イソジンシュガーパスタは感染制御と浸出液除去のために使用されてきました。
「砂糖を塗ると血糖値が上がるのでは?」という疑問
外用薬に砂糖が含まれていると聞くと、多くの患者さんが
「皮膚から吸収されて血糖が上がるのでは?」と心配します。
しかし、外用薬に含まれる糖が血糖値に影響することは臨床的に問題ないことが確認されています。
経皮吸収の研究結果:皮膚からは吸収されない
白糖・ポビドンヨード配合剤を外用した際の白糖成分の吸収について、
ラットを用いた経皮吸収試験の結果が報告されています。
この研究では、スクロースの血中動態を追跡したところ――
・スクロースは皮膚から一過性に微量吸収されるものの、未変化体のまま約4時間後に排泄された
・スクロース活性は小腸以外の組織では認められなかった
・スクロースは体内で代謝を受けず、エネルギー源にはならなかった
ということが確認されています。
つまり、皮膚から吸収された砂糖はごくわずかであり、
体内でブドウ糖や果糖に分解されることもなく、
そのまま排泄されてしまうのです。
ヒトにおける臨床的検討
ヒトでは皮膚の角質層が厚く、さらに経皮吸収されにくい構造をしています。
したがって、ラットでさえ代謝されずに排泄されるのであれば、
ヒトにおいては吸収はほぼゼロに近いと考えられます。
実際に、糖尿病性潰瘍の患者にイソジンシュガーパスタを使用した際、
血糖値やHbA1cの変動は認められないとの報告が複数あります。
したがって、糖尿病患者に使用しても血糖コントロールへの影響はなく、
安全に使用できる外用剤とされています。
「糖」と「糖代謝」を混同しない
ここで誤解されやすいのが、「糖=血糖を上げる」という単純な図式です。
確かに、口から摂取する糖分(食事・お菓子など)は小腸で吸収され、
血中に入ることで血糖値を上げます。
しかし、外用薬に含まれる糖は経皮吸収の経路がまったく異なるため、
血中に到達することはありません。
皮膚から糖を吸収して血糖値を上げるためには、
皮膚を通して糖分子を通過させる特別な経路(たとえば注射や創面投与)を必要とします。
通常の創傷や潰瘍の表面から吸収される量では、血糖値に影響を与えることは不可能です。
イソジンシュガーパスタの「治療目的」
イソジンシュガーパスタが使用されるのは、
主に褥瘡の黒色期~黄色期と呼ばれる段階です。
褥瘡の治癒過程は大きく4段階に分けられます。
| 創傷期 | 創部の状態 | 主な治療方針 | 
|---|---|---|
| 黒色期 | 壊死組織が残存、感染しやすい | 壊死除去・感染防止(ポビドンヨードなど) | 
| 黄色期 | 滲出液が多く、膿や壊死物が混在 | 滲出液除去・感染抑制(イソジンシュガーパスタなど) | 
| 赤色期 | 肉芽組織が形成される | 肉芽促進(アクトシン、プロスタンディンなど) | 
| 白色期 | 上皮化が進む | 上皮形成促進(フィブラストなど) | 
イソジンシュガーパスタは、このうち「感染を伴う創傷初期」に使用される薬剤です。
白糖が余分な水分を吸収し、膿を減らすことで創面環境を整えます。
治療の進化:イソジンシュガーパスタからの移行
一方で、創傷治癒に関する研究が進んだ現在では、
滲出液の中にも成長因子や線維芽細胞、免疫細胞などの重要な要素が含まれていることがわかっています。
そのため、かつてのように「乾かすことが治りを早める」とは限らず、
むしろ過度に乾燥させると治癒を妨げることがあると判明しました。
白糖の高浸透圧作用は、感染制御には有効ですが、
創傷治癒が進む段階(赤色期以降)では、
必要な滲出液まで吸収してしまい、
肉芽形成や上皮化を遅らせる可能性が指摘されています。
このため、近年では創傷の段階に応じて外用薬を適切に使い分けることが重視されています。
現在の褥瘡治療における位置づけ
イソジンシュガーパスタは、
「感染や滲出液が多い時期の一時的な使用」に適しており、
創面が清浄化した後は肉芽形成促進剤(アクトシン、プロスタンディンなど)へ切り替えるのが一般的です。
薬剤選択の考え方は以下の通りです。
創傷の段階と推奨薬剤例
・感染・排膿期(黒色期~黄色期):イソジンシュガーパスタ、プロテアーゼ製剤
・肉芽形成期(赤色期):アクトシン、プロスタンディン
・上皮化期(白色期):フィブラスト、オルセノンなど
このように、イソジンシュガーパスタは創傷治療の初期で重要な役割を果たしますが、
血糖値上昇という懸念は根拠がありません。
糖尿病患者への使用上の注意点
糖尿病患者では、感染が悪化しやすく、創傷が治りにくい傾向があります。
そのため、外用薬の選択や使用期間の管理がより重要です。
ただし、イソジンシュガーパスタを使用する際に注意すべきは「糖」ではなく、ポビドンヨードによるヨウ素吸収です。
広範囲に長期間使用すると、稀に甲状腺機能異常を引き起こすことがあります。
つまり、糖ではなくヨウ素の方に吸収リスクがあるのです。
医師や薬剤師の指示のもと、必要最小限の範囲で使用することが大切です。
まとめ:砂糖は敵ではない
イソジンシュガーパスタの「シュガー」は、
血糖を上げるためではなく、感染を抑えるために働く“砂糖”です。
外用した砂糖はほとんど体内に吸収されず、血糖値に影響を与えることはありません。
糖尿病の患者さんでも安心して使用できます。
ただし、創傷の治癒段階に応じて薬剤を適切に切り替えること、
そしてポビドンヨードの吸収に注意することが重要です。
おわりに:名前に惑わされないで
薬の名前には、しばしば「糖」「油」「酸」「アルコール」など、
日常生活では避けたいイメージの言葉が含まれていることがあります。
しかし、それらは必ずしも体に悪いものではなく、
薬理作用や化学的特性を示すに過ぎません。
イソジンシュガーパスタもその一例であり、
砂糖=悪者ではなく、砂糖=治療の一部なのです。
名前に惑わされず、薬の働きを正しく理解することが、
より良い治療と安心につながります。




