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肝硬変にβ遮断薬?静脈瘤破裂を防ぐための薬物治療
公開. 更新. 投稿者: 4,570 ビュー. カテゴリ:肝炎/膵炎/胆道疾患.この記事は約5分7秒で読めます.
目次
肝硬変の最も危険な合併症

肝硬変は、肝臓の細胞が線維化して硬くなり、正常な血流が妨げられる病気です。
肝機能の低下だけでなく、「門脈圧亢進(もんみゃくあつこうしん)」という状態を引き起こすことが大きな問題です。
この門脈圧の上昇が続くと、食道や胃の静脈に“瘤(こぶ)”ができて破裂し、大量出血を起こすことがあります。
肝硬変患者の7〜8割に静脈瘤が見られ、破裂は命に関わる危険な合併症です。
この記事では、門脈圧亢進が起こるメカニズムと、薬物による治療の考え方を勉強していきます。
門脈とは? ― 消化器と肝臓を結ぶ“血流のハブ”
肝臓には「門脈」と呼ばれる太い血管が通っています。
これは、食道・胃・脾臓・腸からの静脈血を集めて肝臓へ送る経路で、
体内の老廃物や栄養成分をいったん肝臓で処理するための重要な通り道です。
しかし、肝硬変で肝臓が硬くなると、門脈を通る血液が通りにくくなり、
血液の“出口”がふさがれたような状態になります。
その結果、門脈内の血圧(=門脈圧)が上昇し、血液が逆流を始めます。
この状態を門脈圧亢進症と呼びます。
門脈圧亢進が引き起こす合併症
門脈圧が上がると、血液は行き場を失い、
門脈とつながる他の静脈(側副血行路)へ逃げ道を作ります。
代表的なのが以下の3つです。
・食道・胃…食道・胃静脈瘤:壁の薄い静脈が風船のように膨らみ、破裂すれば致死的出血を起こす
・脾臓…脾腫(ひしゅ):血液がうっ滞し、脾臓が大きくなる。血小板減少を引き起こす
・腹腔…腹水:血管内圧の上昇により水分が漏れ出し、腹腔内に貯留する
特に食道静脈瘤の破裂は緊急事態です。
一度破裂すると、吐血・ショックを起こし、死亡率は20〜30%に達するとも言われます。
食道静脈瘤の治療 ― 内視鏡と薬物の二本柱
● 内視鏡治療(EIS・EVL)
出血を止める、または予防するために、
・EIS(硬化療法):静脈瘤内に硬化剤を注入して閉塞させる
・EVL(結紮術):輪ゴムのような器具で静脈瘤を縛り、壊死脱落させる
といった治療が行われます。
しかし、内視鏡治療だけでは根本的な門脈圧の上昇は改善できません。
再発を防ぐためには、薬物で門脈圧を下げる治療(薬物療法)が欠かせません。
門脈圧を下げる薬の基本 ― β遮断薬と硝酸薬
① β遮断薬(Non-selective β-blockers)
門脈圧低下療法の基本となるのが、非選択的β遮断薬(NSBB)です。
一般的な降圧目的ではなく、門脈の血流を減らすために使われます。
作用機序
非選択的β遮断薬は、
・β₁受容体遮断 → 心拍出量の減少(全身血流低下)
・β₂受容体遮断 → 内臓血管の収縮(門脈への流入血流低下)
この二重作用によって門脈圧を下げます。
使用薬剤と特徴
・インデラル(プロプラノロール)最も古く、実績のある薬。静脈瘤出血の一次・二次予防に使用。
・ナディック(海外) ナドロール 長時間作用型。β₂遮断作用が強く、持続的な門脈圧低下を狙う。
・アーチスト カルベジロール β1・β2・α1遮断作用。末梢血管拡張による追加効果。
投与の考え方
初期用量から心拍数を20〜25%程度減少させるのを目安に調整します。
心拍数が極端に低下しない範囲(55〜60/分程度)が理想的です。
注意点
・徐脈・低血圧に注意
・喘息・COPD患者では禁忌(β₂遮断で気管支収縮)
・糖尿病では低血糖の自覚症状をマスクすることがある
② 硝酸薬(Nitrates)
硝酸薬(ニトログリセリン、一硝酸イソソルビドなど)は、血管を拡張して血流抵抗を下げる薬です。
門脈圧低下作用はβ遮断薬ほど強くありませんが、併用による相乗効果が期待できます。
代表的な薬剤は一硝酸イソソルビド(アイトロール)です。
作用機序
・末梢静脈の拡張 → 静脈還流の減少
・肝臓周囲の血管拡張 → 門脈系血流の減少
結果として、門脈圧がさらに低下します。
併用療法の有効性
研究報告では、β遮断薬単独よりも、一硝酸イソソルビドを併用した方が門脈圧がより下がることが示されています。
そのため、特に初回出血予防(一次予防)で併用が推奨されることがあります。
用法例
・一硝酸イソソルビド(アイトロール):10〜20mg/日から開始し、耐性や血圧を見ながら漸増
・β遮断薬(例:プロプラノロール):心拍数をモニタリングしながら併用投与
注意点
・硝酸薬単独では効果が不十分
・頭痛やめまい、血圧低下に注意
・高齢者では立ちくらみ・転倒リスクあり
急性期の止血に使われる薬 ― バソプレシン類似薬
静脈瘤がすでに破裂した場合、内視鏡止血までの時間稼ぎとして
オクトレオチド(サンドスタチン)が使用されます。
オクトレオチド(サンドスタチン)
・ソマトスタチン類似作用により、内臓血流を減らす
・結果的に門脈圧を下げ、止血を補助する
・通常は短期投与(数日間)
ただし、これは「緊急時の応急薬」であり、長期の門脈圧コントロールには用いません。
腹水・脾腫などの随伴症状に対する薬物療法
門脈圧亢進によって起こる腹水や脾腫による血小板減少に対しては、次の薬が併用されます。
・腹水[スピロノラクトン、フロセミド]:ナトリウム・水排泄促進。循環血液量を減らし、静脈圧を軽減。
・脾腫による血小板減少[エルトロンボパグ(レボレード)]:血小板産生刺激。TPO受容体作動薬。
薬物療法の目的 ― 「圧を下げて破裂を防ぐ」
門脈圧を下げる目的は単に数値を下げることではなく、
「静脈瘤破裂を予防する」ことにあります。
一次予防(まだ破裂していない段階)では:
非選択的β遮断薬単独、または硝酸薬併用が有効。
二次予防(過去に破裂した患者)では:
β遮断薬+EVL併用が標準。
β遮断薬の目標:心拍数を25%低下、または55〜60/分程度にコントロール。
まとめ ― 門脈圧を制する者が肝硬変を制する
治療目的
・門脈圧低下(一次・二次予防)[プロプラノロール、カルベジロール、アイトロール]:静脈瘤破裂を防ぐ根幹治療
・急性期止血[オクトレオチド]:応急的に使用、内視鏡治療の補助
・腹水対策[スピロノラクトン、フロセミド]:血流量減少で門脈負担軽減
・血小板減少[エルトロンボパグ]:TPO作動で骨髄造血促進
薬剤師が押さえるべき服薬指導のポイント
・服薬の目的を説明する:「血圧を下げるためでなく、肝臓の血管の圧を下げて破裂を防ぐ薬です」
・自己中断の危険性を伝える:静脈瘤破裂は予測できない。服薬中止で再発リスク増大。
・低血圧・徐脈の症状を聞き取る:ふらつき・息切れ・倦怠感などがないか確認。
・定期的な内視鏡フォローの重要性を説明。
結語:薬が命を守る ― 「静脈瘤破裂予防」という使命
肝硬変そのものを完全に治す薬はまだ存在しません。
しかし、「門脈圧をコントロールして静脈瘤破裂を防ぐ」ことは確実に可能です。
非選択的β遮断薬や硝酸薬は、出血を未然に防ぐ命の薬。
薬剤師としては、血圧の数値だけでなく、
「なぜこの薬が肝硬変に使われるのか」という本質を患者に伝えることが、
静脈瘤破裂から患者を守る最初の一歩になります。




