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パーキンソン病とうつ病― 見逃してはいけない「エフピーと抗うつ薬の禁忌」
公開. 更新. 投稿者: 67 ビュー. カテゴリ:パーキンソン病.この記事は約6分45秒で読めます.
目次
パーキンソン病とうつ病 ― 見逃してはいけない「エフピーと抗うつ薬の禁忌」

パーキンソン病の患者において、「うつ」は非常に一般的な非運動症状です。
運動症状よりも先に気分の落ち込みが現れることもあり、パーキンソン病の一部としてのうつとも言われます。
そのため、パーキンソン病の治療中に抗うつ薬が処方されることは珍しくありません。
しかし、ここで注意が必要なのが 「エフピー(セレギリン)」と抗うつ薬の併用禁忌 です。
添付文書上は明確に「併用禁忌」とされているにもかかわらず、
現場ではしばしば見落とされ、セロトニン症候群などの重篤な副作用につながる危険があります。
パーキンソン病とうつ病の関係
なぜ抗うつ薬が使われるのか
そしてなぜ「エフピー+抗うつ薬」の併用が危険なのか
を勉強していきます。
パーキンソン病にうつが多い理由
パーキンソン病は、黒質ドパミン神経の変性により発症する神経変性疾患です。
ドパミンが不足することで運動障害(振戦・筋固縮・寡動・姿勢反射障害)を呈しますが、
近年ではそれ以外の「非運動症状」も病態の中心にあることがわかっています。
非運動症状の例
・うつ、不安、無関心(アパシー)
・睡眠障害
・便秘、嗅覚障害
・認知機能低下
この中でうつ病は約40〜50%の患者に発症するとされており、
しばしば運動症状より先に現れることもあります。
病態的な背景
うつの原因は単なる「心理的反応」ではなく、脳内モノアミンの変化です。
パーキンソン病ではドパミンだけでなく、セロトニンやノルアドレナリンを産生する
縫線核・青斑核などの神経も変性しており、
結果としてうつ病の神経化学的基盤と同じ状態を呈するのです。
パーキンソン病患者に抗うつ薬が使われる理由
うつ症状が強い場合、抗うつ薬を併用することがあります。
主に使用されるのは SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬) や SNRI、
または睡眠障害を伴う場合は NaSSA(ミルタザピン) です。
| 分類 | 代表薬 | 特徴 |
|---|---|---|
| SSRI | セルトラリン、エスシタロプラムなど | 比較的安全、気分の改善効果 |
| SNRI | デュロキセチン、ミルナシプランなど | 意欲低下、疼痛に効果 |
| NaSSA | ミルタザピン | 睡眠・食欲低下に有効 |
これらの薬はパーキンソン病の「抑うつ」「不安」「無関心」を改善し、
QOL向上に大きく寄与します。
しかし、ここで大きな落とし穴があります。
MAO-B阻害薬(セレギリンなど)との併用禁忌という重大な制限です。
エフピー(セレギリン)の作用と危険性
セレギリンとは
商品名:エフピー錠。
ドパミンを分解する酵素「モノアミン酸化酵素B(MAO-B)」を阻害し、
脳内のドパミン濃度を高める薬です。
レボドパ製剤と併用して使われることが多い代表的なパーキンソン病治療薬です。
MAOの種類
| 酵素 | 主な基質 | 阻害薬 |
|---|---|---|
| MAO-A | セロトニン、ノルアドレナリン | 抗うつ薬(モクロベミドなど) |
| MAO-B | ドパミン、フェニルエチルアミン | セレギリン、ラサギリン |
セレギリンは「MAO-B選択的阻害薬」ですが、
高用量や代謝によってMAO-Aも部分的に阻害することがあり、
セロトニン代謝にも影響を及ぼします。
このため、セロトニンを増やす抗うつ薬と併用するとセロトニンが過剰となり、
セロトニン症候群を引き起こす危険があります。
セロトニン症候群とは
セロトニン症候群は、脳内セロトニンが過剰に蓄積した状態で、
放置すれば命に関わることもある重篤な副作用です。
主な症状
・精神症状:興奮、錯乱、不安、幻覚
・自律神経症状:発熱、発汗、頻脈、高血圧
・神経筋症状:振戦、筋強剛、ミオクローヌス
発症は投与開始から数時間〜数日以内に起こり、
ときに急激に悪化します。
臨床で見落とされやすい理由
・発汗・振戦・不穏などがパーキンソン病の症状や薬の副作用と似ている
・うつ症状改善のために複数の抗うつ薬が併用されている
・「エフピー」はドパミン薬と誤解され、抗うつ薬との禁忌が意識されにくい
これらが重なり、気づかぬうちにリスクが高まるケースが少なくありません。
添付文書上の「併用禁忌」
セレギリン(エフピー)の添付文書では、
以下の抗うつ薬が明確に併用禁忌とされています。
【併用禁忌】
・SSRI(フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリンなど)
・SNRI(デュロキセチン、ミルナシプラン)
・三環系抗うつ薬(アミトリプチリン、イミプラミンなど)
・四環系抗うつ薬(マプロチリンなど)
・トラゾドン、ミルタザピンなども禁忌扱い
加えて、トラマドール、リネゾリド、メチレンブルーなども
セロトニン症候群の危険がある薬として注意喚起されています。
実際に起こり得る臨床シナリオ
以下のような処方は現場で珍しくありません。
【症例イメージ】
・70代女性、パーキンソン病(メネシット+エフピー内服中)
・最近「気分が落ち込む」と訴え、精神科でセルトラリン25mg/日を開始。
・数日後、発汗・ふるえ・発熱・不穏。
→ 発作性の「せん妄」と誤認されやすいが、実際はセロトニン症候群。
入院加療・薬中止で改善した。
こうした症例は国内外で複数報告されており、
日本ではエフピー+SSRI併用による死亡例も添付文書に明記されています。
エフピー使用中にうつがある場合の対応
① 抗うつ薬を使わずに調整できるかをまず検討
・ドパミン作動薬(プラミペキソールなど)は抗うつ効果を持つことがある。
・アパシーや無関心が主なら、まずドパミン系の最適化を優先。
② どうしても抗うつ薬が必要な場合
・原則としてMAO-B阻害薬(エフピー、アジレクト、エクフィナ)を中止してから使用。
・中止後少なくとも2週間(セレギリンの場合)は間隔をあける。
・抗うつ薬中止後にMAO-B阻害薬を再開する際も、同様の間隔を取る。
③ エフピーを使わない選択肢
・MAO-B阻害薬を使わずに、L-ドパ増量やアデノシンA₂A拮抗薬(ノウリアスト)を検討。
・うつ改善にはミルタザピンやデュロキセチンなどが有効だが、MAO-B阻害薬併用中は避ける。
誤解されやすいポイントと啓蒙の必要性
誤解と正しい理解
「エフピーはドパミン系だから、SSRIと関係ない」➡セレギリンはMAO-B阻害薬であり、セロトニン代謝にも影響する
「少量だから大丈夫」➡少量でもMAO-A阻害作用が現れる可能性あり
「併用しても発症しないこともある」➡発症しなくても安全ではない。重篤例は急激に起こる
「うつがつらそうだから早く抗うつ薬を」➡まずエフピー使用の有無を確認し、代替手段を検討
現場では、処方医が異なる診療科にまたがるケース(神経内科+精神科)が多く、
情報共有の欠如により併用が成立してしまうことがあります。
薬剤師が「エフピー服用中です」と明確に伝え、
処方時点でチェックすることが極めて重要です。
まとめ ― 禁忌は「たまたま起きない」ものではない
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発症頻度 | パーキンソン病患者の40〜50%にうつ症状 |
| 原因 | ドパミン・セロトニン・ノルアドレナリン神経の変性 |
| 併用禁忌 | MAO-B阻害薬(セレギリン、ラサギリン、サフィナミド)+SSRI/SNRI/三環系/NaSSA |
| 主な副作用 | セロトニン症候群(発熱・発汗・振戦・錯乱など) |
| 対策 | 薬剤情報の共有、投与間隔の遵守、代替療法の検討 |
薬剤師としてできること
・処方チェック時にMAO-B阻害薬の併用薬を必ず確認
・うつ薬追加時には神経内科・精神科双方に情報を伝達
・疑わしい症状(発汗・発熱・錯乱)を見たらセロトニン症候群を疑う
・患者説明時には「うつの薬を追加する時は医師に確認を」と指導
「気分の薬ぐらいなら大丈夫」という誤解が、
致命的な結果につながることもあります。
結語
パーキンソン病にうつを合併することは珍しくありません。
だからこそ、うつ治療薬の追加時に「MAO-B阻害薬の併用禁忌」を思い出すことが、
患者の安全を守る第一歩になります。
「エフピーと抗うつ薬」――
一見よくある組み合わせこそ、最も危険な落とし穴です。




