2025年11月21日更新.2,666記事.

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悪性症候群とセロトニン症候群の違いは?

悪性症候群とセロトニン症候群の違い ―「似て非なる」重篤副作用を見抜く

精神科領域や神経内科領域の薬物治療において、発熱・意識障害・筋強剛といった全身症状を呈した患者を見たとき、まず疑うべき重篤な副作用に「悪性症候群」と「セロトニン症候群」があります。
両者は症状が酷似しているため、長らく混同されてきましたが、近年は機序・原因薬・経過などの違いが明確に整理されています。
ここでは、両者の違いを中心に、臨床的鑑別のポイント、治療法、薬剤師として注意すべき点を詳しく解説します。

悪性症候群とは

悪性症候群(Neuroleptic Malignant Syndrome:NMS)は、抗精神病薬の投与やドパミン作動薬の急な減量によって生じる重篤な薬剤性副作用です。
発症率は抗精神病薬治療中の患者の0.1〜0.2%とされ、現在では早期発見・治療の普及により死亡率は約4%まで低下していますが、依然として生命を脅かす副作用のひとつです。

発症機序
正確な機序は未解明ですが、中心的には中枢神経におけるドーパミン遮断が関与していると考えられています。
視床下部のドーパミン機能が抑制されることで体温調節機構が破綻し、さらに黒質線条体系のドーパミン低下によって筋緊張が過剰に高まります。

加えて、悪性高熱症(麻酔薬投与時にみられる類似疾患)と同様に、骨格筋小胞体からのカルシウム遊離異常が起こるという仮説もあります。
また、ドーパミンの体温下降作用とセロトニンの体温上昇作用とのバランス破綻説も有力です。

主な原因薬
・定型抗精神病薬(ハロペリドール、クロルプロマジンなど)
・非定型抗精神病薬(オランザピン、リスペリドンなど)
・抗パーキンソン薬の急な中止や減量(レボドパ、アマンタジンなど)

症状
発症は数日かけてゆっくり進行し、以下の特徴を示します。
・高熱(39〜41℃)
・全身の強い筋強剛(鉛管様固縮)
・発汗・頻脈・血圧変動などの自律神経症状
・意識障害、無動、緘黙(話さなくなる)
・血液検査でのCK(CPK)著明上昇(数千〜数万U/L)

前駆症状として、振戦・発汗・言語障害・流涎・嚥下困難などが出ることもあります。
早期にこれらを察知できるかどうかが、重症化を防ぐ鍵となります。

治療
・原因薬を中止
・体温・循環の管理、十分な輸液
・ダントロレン(ダントリウム)による筋弛緩
・ブロモクリプチンなどドーパミン作動薬で対症療法
・必要に応じてICU管理

発見が遅れると、腎不全やDICなどの合併症を生じるため、早期対応が極めて重要です。

セロトニン症候群とは

一方のセロトニン症候群(Serotonin Syndrome:SS)は、脳内セロトニン濃度の過剰上昇によって生じる中毒性症候群です。
原因となるのは抗精神病薬ではなく、抗うつ薬や鎮痛薬などのセロトニン作動性薬剤です。

発症機序
中枢および末梢のセロトニン受容体(特に5-HT1Aおよび5-HT2A)の過剰刺激が原因です。
セロトニンは気分・睡眠・体温・筋緊張などに関わる神経伝達物質であり、過剰に活性化すると全身性の過興奮状態になります。

主な原因薬
・SSRI(パロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンなど)
・SNRI(デュロキセチン、ミルナシプランなど)
・三環系抗うつ薬
・MAO阻害薬
・トラマドール、リネゾリド、トリプタン類、L-ドパ、漢方薬(五苓散との併用例も報告)

特にSSRI+MAO阻害薬やSSRI+トラマドールの併用は高リスクです。

症状
・投与または増量後数時間〜24時間以内に急速に出現します。
・発熱(37〜38℃台、悪性症候群ほど高熱にならない)
・ミオクローヌス(筋のピクつき)、振戦
・反射亢進(膝蓋反射の亢進など)
・不安、焦燥、錯乱
・頻脈、発汗、下痢、血圧変動
・瞳孔散大(悪性症候群との鑑別点)

多くは軽症で済みますが、重症化すると高熱・昏睡・痙攣・多臓器不全に至ることもあります。

治療
・原因薬の中止
・体温管理・輸液・鎮静(ベンゾジアゼピン)
・抗セロトニン薬、シプロヘプタジン(ペリアクチン)の投与
・重症例ではICUでの全身管理

多くの症例は24〜72時間以内に改善します。

悪性症候群とセロトニン症候群の比較表

特徴悪性症候群(NMS)セロトニン症候群(SS)
主因抗精神病薬、ドーパミン遮断セロトニン作動薬(SSRIなど)
機序ドーパミン遮断による体温調節障害セロトニン過剰による中枢興奮
発症速度数日〜1週間数時間〜1日
体温39〜41℃37〜38℃台
筋症状強い筋強剛(鉛管様)ミオクローヌス、反射亢進
瞳孔正常散大
CK上昇著明(数千〜数万)軽度〜中等度
意識障害重度軽度〜中等度
予後重篤化しやすく死亡例あり比較的予後良好
治療薬ダントロレン、ブロモクリプチンシプロヘプタジン、ベンゾジアゼピン

鑑別のポイント

両者は臨床的に似ていますが、次の点を意識すると見分けやすくなります。

原因薬の種類
・抗精神病薬 → 悪性症候群を疑う
・抗うつ薬やトラマドール → セロトニン症候群を疑う

発症までのスピード
・悪性症候群は数日かけて進行
・セロトニン症候群は数時間で急激に出現

筋緊張のタイプ
・悪性症候群:全身が硬直
・セロトニン症候群:ピクつきや反射過剰

体温とCK値
・悪性症候群:高熱+CK著増
・セロトニン症候群:中等度の発熱+CK軽度上昇

治療薬の反応
・ダントロレンで改善 → 悪性症候群
・シプロヘプタジンで改善 → セロトニン症候群

悪性症候群と悪性高熱症の違い

名前が似ており、古くから混同されてきたのが「悪性高熱症(Malignant Hyperthermia)」です。
これは、吸入麻酔薬や筋弛緩薬(スキサメトニウムなど)によって誘発される筋障害で、遺伝性素因に基づく代謝異常が原因です。

症状は悪性症候群に似ていますが、こちらは麻酔中・直後に発症します。
両者ともダントロレンが有効な点で機序的な関連性が指摘されており、骨格筋内カルシウム制御異常という共通点を持ちます。

セロトニン症候群を起こしやすい薬の組み合わせ

薬剤師として特に注意すべき併用例を挙げます。

リスクの高い組み合わせ
・SSRI+MAO阻害薬:最も危険。併用禁忌。
・SSRI+トラマドール:鎮痛薬併用時に発症報告多数。
・SNRI+トリプタン系:片頭痛治療薬との併用注意。
・SSRI+リネゾリド:抗菌薬によるMAO阻害作用あり。
・L-ドパ+セロトニン作動薬:ドーパミン・セロトニン両系が活性化。

「パキシル(パロキセチン)で発熱」といった訴えがあった場合、感染症だけでなくセロトニン症候群の可能性も視野に入れる必要があります。

薬剤師としての対応と服薬指導のポイント

早期発見のために
・「急に動けなくなった」「高熱が出た」「体がこわばる」「汗が止まらない」などの訴えを聞いたら、悪性症候群を疑う。
・「服用を増やしたら震えが止まらない」「目がギラギラして焦燥感がある」などはセロトニン症候群の兆候。

医療機関への受診を促すべきケース
・発熱と筋症状が同時に出ている場合
・抗精神病薬・抗うつ薬を服用している患者で、意識変容や異常行動を伴う場合
・新しい薬を追加して1日以内に体調が急変した場合

情報提供の工夫
・家族にも「高熱・こわばり・混乱があればすぐ受診」と説明
・他院処方との重複投与・併用を必ずチェック(特にSSRI+鎮痛薬)

まとめ ―「薬剤による熱」は副作用のサインかもしれない

悪性症候群もセロトニン症候群も、どちらも「薬剤が脳内の神経伝達物質バランスを崩すこと」で発症する重篤な副作用です。
発熱・筋硬直・精神症状を認めた際には、感染症などと見誤らず、薬剤性の可能性を常に疑うことが命を救うことにつながります。

薬剤師としては、処方内容の変化や併用薬に敏感に反応し、患者・家族への注意喚起を徹底することが求められます。

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