2025年12月8日更新.2,682記事.

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白血病治療の進化― チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の第1世代から第3世代まで ―

白血病は“治せる病気”へ

「白血病」と聞くと、今でも“命に関わる病”という印象を持つ方が多いかもしれません。
しかし、2001年にグリベック(イマチニブ)が登場して以来、白血病治療は大きく変わりました。
特に分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬:TKI)の登場は、慢性骨髄性白血病(CML)などの予後を劇的に改善し、今では寛解を維持しながら日常生活を送ることが可能な時代になっています。

白血病の基本構造から、分子標的治療薬の第1世代〜第3世代までの進化をわかりやすく整理します。

白血病とは?4つのタイプの違いを整理

白血病(Leukemia)は、「血液をつくる細胞ががん化して異常増殖する病気」です。
がん化した細胞の種類(骨髄系 or リンパ系)と進行速度(急性 or 慢性)によって、次の4つに分類されます。

種類英語表記がん化する細胞進行の速さ主な特徴
急性骨髄性白血病AML(Acute Myelogenous Leukemia)骨髄の芽球(未熟な白血球)急速成人に多く、進行が早い。治療は化学療法+造血幹細胞移植。
急性リンパ性白血病ALL(Acute Lymphoblastic Leukemia)リンパ系前駆細胞急速小児に多いが成人にも発症。Ph染色体陽性ALLも存在。
慢性骨髄性白血病CML(Chronic Myelogenous Leukemia)骨髄系細胞緩やか9番と22番染色体の転座(Ph染色体)による。TKIが有効。
慢性リンパ性白血病CLL(Chronic Lymphocytic Leukemia)リンパ球緩やか欧米で多く、日本では稀。B細胞性が大部分。

この中で、分子標的薬(TKI)が中心的に使われるのは「CML」と「Ph+ALL」です。
AMLやCLLでは、別の分子標的薬や免疫療法が研究されています。

フィラデルフィア染色体とBCR-ABL遺伝子

慢性骨髄性白血病(CML)患者の約95%以上に見られるのが、フィラデルフィア染色体(Ph染色体)と呼ばれる異常です。
これは、9番染色体と22番染色体の一部が入れ替わる(転座)ことで、BCR-ABL融合遺伝子ができてしまう現象です。

このBCR-ABL遺伝子が作り出す「チロシンキナーゼ酵素」が、細胞の増殖シグナルを常にONにしてしまう。
その結果、白血球が止めどなく増える ― これがCMLの病態の本質です。

つまり、この酵素の働きを止める=病気の進行を止めることになります。
この“暴走スイッチ”を止める薬こそが、BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)です。

第1世代TKI:グリベック(イマチニブ)― 白血病治療の革命薬

2001年に登場したグリベックは、世界初の分子標的薬として白血病治療を一変させました。
それまで骨髄移植しか根治の望みがなかったCMLが、「内服薬でコントロール可能」になったのです。

特徴
・標的:BCR-ABLチロシンキナーゼ
・適応:CML(慢性期〜急性転化期)、Ph+ALL、GISTなど
・副作用:浮腫、筋肉痛、発疹、肝障害 など

功績
・CMLの5年生存率を90%以上に改善
・「白血病=治らない病」という概念を覆す

課題
・長期使用で耐性変異が出る(特にT315I変異)
・作用が広く、副作用リスクも一定程度ある

第2世代TKI:タシグナ・スプリセル・ボシュリフ ― 耐性を乗り越える

グリベック登場から約10年後、耐性例や副作用不耐例に対応するため、第2世代TKIが次々と登場しました。

薬剤名一般名主な特徴適応
タシグナニロチニブグリベック耐性株にも有効。選択性が高く、心血管系リスクあり。CML慢性期・移行期
スプリセルダサチニブ中枢神経移行性が高く、Ph+ALLにも有効。胸水貯留に注意。CML、Ph+ALL
ボシュリフボスチニブ他TKI不耐例にも使用可能。下痢が主な副作用。CML(二次治療)

第2世代の意義
・グリベック耐性株に対応
・より強力かつ選択的な阻害
・ただしT315I変異には依然として無効

つまり、「グリベックで効かなくなった白血病」に対して、第2世代TKIが“次の一手”となりました。

第3世代TKI:アイクルシグ(ポナチニブ)― 耐性を超える切り札

T315I変異は、グリベックも第2世代も効かない“最強の耐性変異”として知られています。
これに有効な唯一の薬が、アイクルシグ(ポナチニブ)です。

特徴
・標的:T315I変異を含む広範なBCR-ABL変異
・適応:既治療抵抗性または不耐容のCML・Ph+ALL
・副作用:動脈閉塞、膵炎、高血圧、肝障害など

意義
・既存治療が効かない患者に希望を与える「第三世代TKI」
・難治性Ph+ALLにも有効

注意点
・血管閉塞症など重篤副作用に注意が必要
・そのため「最後の切り札」として慎重に使われる

世代別TKIの比較表

世代主な薬剤対象作用範囲耐性変異への効果主な副作用
第1世代グリベック初回治療BCR-ABLT315Iに無効浮腫、筋肉痛
第2世代タシグナ、スプリセル、ボシュリフグリベック耐性・不耐BCR-ABLの変異一部一部耐性に有効QT延長、下痢など
第3世代アイクルシグ多剤耐性・T315I変異広範囲(T315I含む)T315Iにも有効血管閉塞、膵炎

世代が進むごとに、
・作用の精密さ
・耐性克服力
・副作用管理の重要性
が増していきます。

治療段階(慢性期・移行期・急性転化期)と薬の使い分け

医薬品名慢性期移行期急性転化期
グリベック錠
タシグナカプセル×
スプリセル錠
ボシュリフ錠〇(二次治療)〇(二次治療)〇(二次治療)
アイクルシグ錠〇(二次治療)〇(二次治療)〇(二次治療)

アイクルシグはすべての病期で使用できますが、既治療抵抗性や不耐例に限定されます。
効果が強い分、血管系の副作用リスクもあり、臨床現場では慎重に選択されます。

分子標的治療の新時代 ― 治療から“卒業”へ

現在では、CML患者の中で長期にわたり寛解を維持できている場合、
TKIを中止しても再発しない「TFR(Treatment-Free Remission)」の概念が注目されています。
薬を“やめても再発しない”患者を見極めることが、新たな研究テーマになっています。

まとめ ― 世代を超えて進化する白血病治療

・第1世代(グリベック):白血病を「制御可能」にした革命薬
・第2世代(タシグナ・スプリセル・ボシュリフ):耐性を克服した強化型TKI
・第3世代(アイクルシグ):最強の耐性T315Iを打ち破る切り札

白血病は、もはや“終わりの見えない病”ではありません。
分子標的治療薬の進化によって、「治せる白血病」へと確実に近づいています。

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