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脾臓は無くても大丈夫?― 摘出後のリスクと知られざる役割
公開. 更新. 投稿者: 4,905 ビュー. カテゴリ:血液/貧血/白血病.この記事は約4分4秒で読めます.
目次
脾臓は“あってもなくてもいい臓器”なのか?

脾臓の役割って何?
「脾臓(ひぞう)」と聞いて、どこにあるかすぐに答えられる人は多くありません。
胃の裏側、左の肋骨の下あたりにひっそりと存在し、普段は特に意識されることもない臓器です。
一方で、脾臓を摘出しても生きていけるという話を聞いたことがあるかもしれません。
実際、事故や病気などで脾臓を失っても日常生活を送ることは可能です。
では、脾臓は本当に「なくてもいい臓器」なのでしょうか?
脾臓の働き・摘出の理由・失った後のリスクを勉強していきます。
脾臓とは?― 体の“血液リサイクル工場”
脾臓は、胃の左側に位置するソラマメ状の臓器で、
「血液をフィルターのようにろ過する」役割を担っています。
主な働き
・古くなった血球の処理
寿命を迎えた赤血球や白血球、血小板を壊し、鉄分などの成分を再利用します。
・免疫機能
血液中に侵入した細菌や異物を感知し、リンパ球を活性化して免疫応答を起こします。
・造血機能(胎児期)
胎児のころは骨髄の代わりに造血を行う器官として働きます。
・血液の貯蔵機能
血液を一時的に溜めておき、出血時などに放出する“血液の貯金箱”としての役割もあります。
まとめると
脾臓は「古い血液を壊し、新しい免疫を作る工場」。
生命維持の補助的臓器ではありますが、完全に“不要”とは言えない臓器です。
「五臓六腑の脾」と「脾臓」は別物?
東洋医学でいう「五臓六腑」の“脾”は、実は現代医学の「脾臓」とは異なります。
五臓の「脾」は、消化・吸収・栄養運搬などの機能を指し、
現代の解剖学で対応するのはむしろ膵臓(すいぞう)に近いとされています。
医学体系 「脾」の意味と対応する臓器
・東洋医学:消化・吸収・気血の生成。膵臓に相当
・西洋医学:血液のろ過・免疫。脾臓
つまり、「五臓の脾=脾臓」と思われがちですが、
東洋医学での“脾”は消化器系の働きを表す概念なのです。
脾腫とは? ― 脾臓が大きくなる病気
脾臓が何らかの原因で腫大した状態を脾腫(ひしゅ)といいます。
肝硬変や感染症、血液のがん(白血病・リンパ腫など)でよく見られます。
脾腫による症状
・貧血(赤血球の過剰破壊)
・出血しやすい(血小板の減少)
・感染しやすい(白血球の減少)
・左上腹部の違和感・圧迫感
脾腫では、脾臓が“過剰に働いてしまう”ため、
正常な血球まで壊してしまうのが問題です。
これを「脾機能亢進(ひきのうこうしん)」と呼びます。
脾臓を摘出するのはどんなとき?
主な摘出理由
・特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
血小板を壊してしまう抗体を抑えるため、脾臓を取ることで血小板数が回復します。
・脾腫による血球減少
脾臓が大きくなりすぎて血球を破壊する場合、摘出が有効です。
・外傷(交通事故など)
肋骨骨折などで脾臓が破裂すると、出血多量となるため摘出手術が必要になります。
ちなみに、脾臓摘出は「脾摘(ひてき)」と呼ばれます。
近年は腹腔鏡下手術が主流で、体への負担は少なくなっています。
脾臓を失うとどうなる? ― 免疫力の低下に注意
脾臓を摘出しても、肝臓やリンパ節などが代償的に働くため、生命に支障はほとんどありません。
しかし、免疫機能の一部が失われるため、感染症に対しては注意が必要です。
特に危険なのが、脾臓摘出後重症感染症(OPSI:Overwhelming Post-Splenectomy Infection)です。
これは、脾臓がなくなったことで細菌を処理できずに全身感染(敗血症)を起こす病態で、
数時間で重篤化することもあります。
感染リスクが高まる主な菌
・肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)
・インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)
・髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)
脾臓がない人に必要なワクチン接種
脾臓を摘出した場合は、予防接種(ワクチン)による感染予防が非常に重要です。
予防対象
・肺炎球菌(プレベナー13、ニューモバックスNP):成人でも再接種が必要な場合あり
・インフルエンザ菌b型(Hib)(アクトヒブ):子どもだけでなく成人脾摘後にも推奨
・髄膜炎菌(メナクトラ、メンビオ):留学・軍勤務者などにも推奨
また、海外では「犬・猫の咬傷にも注意」とされています。
犬や猫の口腔内に存在するカプノサイトファーガ・カニモルサスという細菌が、
脾摘後の人に感染すると壊死性筋膜炎や敗血症で死亡する例も報告されています。
このため、脾臓を失った人は動物咬傷後すぐに医療機関を受診する必要があります。
「脾臓がなくても大丈夫」は本当か?
◎生きてはいける
→ 代償臓器が働くため、日常生活は可能。
×まったく影響がないわけではない
→ 感染症への抵抗力が低下する。特に細菌感染は要注意。
◎注意すれば健康に暮らせる
→ 定期ワクチン、感染予防、体調変化への早期対応がポイント。
つまり、「脾臓はなくても生きていけるが、免疫という面では“少し守りが薄くなる”」というのが正確な表現です。
まとめ ― かわいそうな脾臓、実は“静かに体を守る臓器”
・血液リサイクル:古い血球の分解と再利用
・免疫防御:細菌や異物の除去
・血液の貯蔵:出血時に血液を放出
・造血機能:胎児期に骨髄を補う
確かに脾臓は「無くても生きていける臓器」です。
しかし、何もしていないわけではなく、静かに免疫と血液のバランスを支えている臓器です。
摘出後は、ワクチンや感染予防の管理が欠かせません。
かわいそうなほど影が薄い臓器ですが、
実は「体の健康を静かに守っている名脇役」――それが脾臓なのです。




