2025年9月14日更新.2,623記事.

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手術前に抜歯をする意味とは?

手術前に抜歯をする意味とは?周術期における口腔管理の重要性

手術を控えた患者さんから「なぜ手術の前にわざわざ歯を抜く必要があるのか?」という質問を受けることがあります。歯科治療と外科手術は一見無関係のように見えますが、実は深く結びついています。とくに全身麻酔下で行う大きな手術や、心臓手術、人工関節置換術、がん治療などでは「術前の口腔管理」がとても重要です。

口腔は「感染の入り口」

人間の口の中には、常に数百種類、数千億個以上の細菌が存在しています。普段は免疫力によってコントロールされていますが、むし歯や歯周病、歯の根に膿がたまっている状態があると、それらが「慢性的な感染源」となり得ます。

手術は体に大きな負担を与えるため、術後は免疫力が低下しやすくなります。そのタイミングで歯の感染が悪化すると、敗血症や人工物感染といった命にかかわる合併症につながることがあります。

したがって、手術前に口腔内の不良な歯を処置しておくことは、周術期感染症を予防するための大切な準備なのです。

抜歯が必要になるケース

では、どのような歯が「手術前に抜いておくべき歯」とされるのでしょうか。

重度の歯周病に罹患している歯
歯の動揺が強く、保存が困難な場合は抜歯対象となります。

歯根の先に膿がたまっている歯(根尖病巣)
潜在的な感染源となるため、術前に処置する必要があります。

埋伏智歯(親知らず)
炎症を繰り返している場合や、手術後に腫れや膿瘍を起こすリスクがある場合は抜歯します。

動揺が強い歯
麻酔導入時の気管挿管で脱落し、誤嚥や気道閉塞を起こす危険があります。

このように、「今すぐ症状は出ていなくても、術後のリスクを考えて先に抜歯しておく」という判断がされることがあります。

手術の種類と抜歯の必要性

心臓手術(人工弁置換術など)
心臓に人工弁を入れる手術では、感染性心内膜炎が最も恐ろしい合併症のひとつです。感染源が歯であることも多く、術前に歯科治療を済ませておくことが必須となります。

整形外科手術(人工関節置換術)
人工関節は一度感染を起こすと抜去せざるを得ず、再手術や長期の抗菌薬治療が必要になります。歯由来の菌が血流に乗り人工関節に感染することがあるため、術前の抜歯が強く推奨されます。

がん手術・抗がん剤治療・放射線治療
術後に免疫抑制や口腔粘膜障害が生じると、歯の感染症が急激に悪化することがあります。とくに造血幹細胞移植前には口腔内を完全に整えておく必要があります。

全身麻酔下での手術
挿管時にぐらついた歯が抜けて誤嚥や窒息を起こすリスクを避けるため、動揺歯は抜歯しておきます。

なぜ「術前」に行うのか?

「手術後に歯科治療すればいいのでは?」と思う方もいるかもしれません。
しかし、術後は以下のような理由で歯科処置が困難になります。

・免疫力が低下している → 感染が重症化しやすい
・抗凝固薬や抗血小板薬を使用している → 抜歯時に止血困難
・体力が低下している → 侵襲的な処置に耐えにくい
・外来通院が難しい → 遠隔での口腔管理が困難

そのため、手術前の体力が残っている時期に抜歯しておくことが理にかなっているのです。

抜歯の時期と注意点

抜歯の直後は創部が治癒するまで感染リスクが高まります。そのため、手術前に抜歯を行う場合は 少なくとも1~2週間の治癒期間 を確保することが望ましいとされています。

また、抗がん剤治療や放射線治療を予定している患者さんでは、さらに早めに口腔内の処置を済ませることが推奨されます。

薬剤師として注意すべきは、抜歯時に使われる抗菌薬や鎮痛薬との相互作用、抗凝固薬・抗血小板薬の休薬管理などです。周術期管理チームの一員として、服薬状況を正しく把握することが求められます。

患者への説明のポイント

患者さんの多くは「なぜ今抜歯を?」と疑問に思います。説明の際には以下のようなポイントを伝えると理解が得やすいでしょう。

・手術中・術後は免疫が下がり、口の中の細菌が悪さをしやすい
・口の中の感染が全身に広がると、手術の成功に大きく影響する
・動揺した歯は麻酔中に抜けて誤嚥の危険がある
・術後は体力や薬の影響で歯科治療が難しくなる

簡単にまとめると、
「手術を安全に行うための準備のひとつ」
「術後に大きなトラブルを起こさないための予防策」

という形で説明すると納得してもらいやすいです。

周術期口腔機能管理の広がり

近年は「周術期口腔機能管理」という概念が普及しており、がん手術や心臓血管外科手術を行う多くの病院では、術前から歯科口腔外科や歯科衛生士が関与するようになっています。

研究では、術前に口腔管理を行った患者は、術後肺炎や敗血症の発症率が有意に低下したという報告もあります。これは「ただ歯を抜く」ということにとどまらず、全身の予後改善に直結する重要な医療行為であることを意味しています。

まとめ

・手術前に抜歯を行う意味は、単なる「歯の治療」ではありません。
・口腔を感染源から守り、術後の合併症を防ぐ
・麻酔や挿管の安全性を確保する
・術後に処置が困難になる前にリスクを減らす

このように、手術の成功率を高め、患者さんの回復をスムーズにするために欠かせない準備のひとつなのです。

薬剤師としても、周術期管理における口腔の重要性を理解しておくことは、チーム医療において大いに役立ちます。患者さんからの質問に的確に答え、安心して手術に臨めるようサポートしていきたいものです。

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