2025年12月13日更新.2,686記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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プリンペランで無月経?生理に影響する薬

生理に影響する薬 ― ホルモン剤以外にもある月経への影響

女性の月経は、卵巣ホルモンと脳下垂体・視床下部からのホルモンが精緻に連携して成り立っています。
そのため、ホルモンそのものを含まない薬であっても、脳や内分泌系に作用することで月経周期に影響を及ぼすことがあります。

ホルモン剤以外で「生理」に影響する薬について、薬理学的な背景と代表的な薬を整理してみましょう。

ドパミンとプロラクチンの関係 ― プリンペランに代表されるD₂遮断薬

生理に影響する薬の代表例としてまず挙げられるのが、プリンペラン(メトクロプラミド)です。
一見「胃腸薬」や「制吐薬」として使われる薬ですが、高プロラクチン血症を起こすことで無月経や乳汁分泌を引き起こすことがあります。

●ドパミンの役割
ドパミンは脳内で神経伝達物質として働くと同時に、視床下部からの「プロラクチン抑制因子(PIF)」の放出を促進する作用を持っています。
つまり、ドパミンが分泌されている間はプロラクチンの分泌が抑えられる仕組みです。

●ドパミン受容体とその分類
現在知られているドパミン受容体には、D₁〜D₅の5つのサブタイプが存在し、

・D₁様受容体ファミリー(D₁、D₅):神経興奮性に作用
・D₂様受容体ファミリー(D₂、D₃、D₄):神経抑制性に作用

の2群に分類されます。

●プリンペランの作用機序と副作用
メトクロプラミド(プリンペラン)は、このうちD₂受容体遮断作用を強く示します。
D₂受容体は延髄の嘔吐中枢近くにある化学受容器引き金帯(CTZ)に多く分布しており、ここを遮断することで吐き気を抑えます。
また、消化管にも存在するため、消化運動を改善する効果もあります。

しかし同時に、視床下部や下垂体前葉にもD₂受容体が存在しており、ここを遮断するとプロラクチン分泌の抑制が解除されます。
結果として、血中プロラクチン濃度が上昇し、女性では以下のような症状が現れることがあります。

・無月経(月経が止まる)
・月経周期の延長
・乳汁分泌(授乳していないのに母乳様分泌が出る)
・不妊(排卵抑制による)

男性でも、プロラクチン上昇により性欲低下や女性化乳房がみられることがあります。

このように、ホルモン剤ではない薬でも、ドパミン遮断作用を介して月経や生殖機能に影響を与えることがあるのです。

同様のメカニズムを持つ薬 ― 抗精神病薬や制吐薬

プリンペランと同じように、ドパミンD₂受容体を遮断する薬は他にも多くあります。

●抗精神病薬
・ハロペリドール
・クロルプロマジン
・リスペリドン
・パリペリドン
・スルピリド(ドグマチール)

これらの薬でも高プロラクチン血症を起こすことがあり、無月経や月経不順、不妊の原因となることがあります。
特にスルピリドは、胃薬として少量使用されることもありますが、わずかな量でもプロラクチン上昇を起こしやすいため注意が必要です。

●制吐薬
・メトクロプラミド(プリンペラン)
・ドンペリドン(ナウゼリン)

これらも同様にD₂遮断作用を持ち、内分泌への副作用を起こし得ます。
「食欲がないからナウゼリン」「吐き気止めにプリンペラン」など、日常的に短期で使われることが多い薬でも、連用や高用量で生理が止まるケースがあります。

抗てんかん薬 ― 性ホルモン代謝への影響

抗てんかん薬も、直接的なホルモン作用ではないものの、性ホルモン代謝に影響して月経異常を引き起こすことがあります。

特に注目されるのは以下の薬です。

バルプロ酸ナトリウム(デパケン)
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)様の症状(無月経、多毛、肥満など)を起こすことがあります。
肝臓での性ホルモン代謝抑制やインスリン抵抗性の増加が関与していると考えられています。

カルバマゼピン、フェニトイン
エストロゲンやプロゲステロンの代謝を促進し、排卵リズムが乱れることがあります。

これらの薬は長期投与されることが多く、月経異常が出ても気づかれにくいのが問題です。
思春期や若年女性では、定期的に月経の有無を確認することが重要です。

ステロイド ― HPA軸・HPO軸の抑制

プレドニゾロンやデキサメタゾンなどの副腎皮質ステロイドは、長期使用により視床下部-下垂体-卵巣系(HPO軸)を抑制します。
これにより、月経周期が延びたり止まったりすることがあります。

特に、自己免疫疾患などでステロイドを慢性的に使う患者では、
・無月経
・不正出血
・周期の乱れ
が起こることがあります。

また、ステロイド離脱時にも一時的にホルモンバランスが乱れるため、月経再開の遅れが生じることもあります。

抗がん剤・免疫抑制薬 ― 卵巣機能への直接障害

がん治療に用いられる薬の中には、卵巣の発育中の卵胞を直接障害するものがあります。
代表的なのは以下のようなアルキル化剤です。

・シクロホスファミド(エンドキサン)
・クロラムブシル、ブスルファン など

これらの薬は、細胞分裂の盛んな卵胞細胞にも影響し、卵巣機能低下や早発閉経を引き起こすことがあります。
抗がん剤治療中の無月経は一時的なこともありますが、永久的に月経が止まる場合もあり、治療前の説明が重要です。

利尿薬・降圧薬 ― アンドロゲン・エストロゲン作用のバランス変化

●スピロノラクトン(アルダクトンA)
利尿薬の中でもスピロノラクトンは抗アンドロゲン作用を有します。
このため、男性では女性化乳房、女性では月経周期の乱れを起こすことがあります。
一方で、この性質を利用して多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に伴う多毛症の治療に使われることもあります。

抗凝固薬・抗血小板薬 ― 経血量への影響

抗凝固薬は直接ホルモンには作用しませんが、経血量に影響を与えることがあります。

ワルファリン、エリキュース(アピキサバン)、イグザレルト(リバーロキサバン)など
→ 血液凝固を抑制するため、月経量が増える(過多月経)ことがあります。

逆に、NSAIDs(ロキソニン、ボルタレンなど)はプロスタグランジン合成抑制により子宮収縮を抑えるため、経血量が減る傾向を示すこともあります。

甲状腺関連薬 ― 代謝と月経リズムの関係

甲状腺ホルモンは代謝を司るホルモンですが、卵巣ホルモンの分泌にも影響します。
甲状腺機能亢進症や低下症では、月経周期が乱れるのが知られています。

・チラーヂンS(レボチロキシン)
・メルカゾール(チアマゾール)

これらの薬の投与量調整により、ホルモンバランスが変動し、一時的に生理が乱れることがあります。
特に甲状腺機能低下では、エストロゲン代謝の低下から月経過多や周期延長を起こしやすい傾向があります。

その他 ― 体重・代謝・ストレスを介した間接的影響

ホルモン剤以外でも、次のような薬が間接的に月経に影響を与えます。

・GLP-1受容体作動薬(オゼンピック、リベルサスなど):急激な体重減少により無月経や周期変化が起きることがある。
・睡眠薬や抗不安薬:ストレス反応や睡眠リズムの変化を介して視床下部ホルモン分泌に影響。
・抗菌薬(リファンピシンなど):肝酵素誘導によりエストロゲン代謝促進 → ピル効果減弱・不正出血。

これらは「副作用」としてではなく、「身体のバランスの結果」として生じる変化です。

まとめ ― 月経異常は内分泌副作用のサイン

ホルモン剤でなくても、次のような作用を持つ薬は月経に影響を及ぼします。

機序代表薬影響
ドパミン遮断プリンペラン、リスペリドン、ナウゼリン高プロラクチン血症、無月経、乳汁漏出
性ホルモン代謝変化バルプロ酸、カルバマゼピン月経不順、PCOS様症状
HPO軸抑制プレドニゾロン無月経、周期延長
卵巣障害シクロホスファミド早発閉経
抗凝固ワルファリン、DOAC経血過多
抗アンドロゲンスピロノラクトン不正出血、周期変化

おわりに

月経の乱れは「婦人科疾患」だけでなく、「薬の副作用」としても現れます。
特にプリンペランやスルピリドのようなD₂遮断薬では、プロラクチン上昇による無月経・乳汁分泌が代表的な例です。

もし、薬を飲み始めてから月経が止まったり、不正出血が続く場合には、
「この薬が影響していないか」を確認することが大切です。

薬剤師としては、薬の作用機序を理解したうえで、“ホルモンをいじっていない薬でもホルモンバランスを乱すことがある” という視点を持つことが重要といえるでしょう。

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