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大腸憩室炎と盲腸(虫垂炎)の違い
公開. 更新. 投稿者: 38 ビュー. カテゴリ:下痢/潰瘍性大腸炎.この記事は約5分48秒で読めます.
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大腸憩室炎と盲腸(虫垂炎)の違い―症状は似ていても、治療も薬も違う?

「盲腸になったけど、薬で散らして終わった」と聞くことがあります。
また、「大腸憩室炎」という病名を告げられ、似たような痛みがあっても手術は不要だった、という話も珍しくありません。
実はこの2つの病気――盲腸(虫垂炎)と大腸憩室炎――は、とてもよく似た症状を示す一方で、発生部位も治療方針も再発リスクも異なる疾患です。
両者の違いをわかりやすく整理しつつ、最近話題になる「大腸憩室炎にペンタサ(メサラジン)が使われる」という情報についても説明します。
大腸憩室炎とは
大腸の壁の一部が袋のように外へ膨らんだ部分――それを「憩室(けいしつ)」と呼びます。
この憩室自体は加齢や便秘などで多くの人に見られ、無症状のまま一生を終える人も少なくありません。
ところが、その憩室の中に便や細菌が入り込み、炎症を起こした状態を「大腸憩室炎」と言います。
主な原因
・加齢による腸壁の脆弱化
・便秘・いきみなどによる腸内圧上昇
・食物繊維不足
・NSAIDs(ロキソニンなど)の長期使用
症状
・左下腹部痛(S状結腸に多い)
・発熱
・下痢・便秘
・腹部膨満感
・時に血便(出血性憩室)
日本人ではS状結腸(左側)に多く、欧米人では上行結腸(右側)に多い傾向があります。
そのため、右側に炎症が起きると虫垂炎とほとんど区別がつかない症状になります。
盲腸(虫垂炎)とは
一方の「盲腸」とは、正確には「虫垂炎」を指します。
盲腸の先にある細い袋状の部分(虫垂)に便や細菌が詰まって炎症を起こす病気です。
主な原因
・虫垂の閉塞(糞石・リンパ組織の腫脹など)
・細菌感染(E.coli、バクテロイデスなど)
・虫垂内圧の上昇による血流障害
症状
・右下腹部痛(マックバーニー点)
・発熱・嘔気・食欲不振
・腹膜刺激症状(押すと強く痛む)
CT検査で炎症の広がりを確認し、穿孔がなければ抗菌薬で治療、穿孔があれば手術が基本方針となります。
大腸憩室炎と虫垂炎の違い
| 比較項目 | 大腸憩室炎 | 虫垂炎(盲腸) |
|---|---|---|
| 発症部位 | 大腸(主にS状結腸または上行結腸) | 虫垂(盲腸の先の突起) |
| 主な原因 | 憩室への便・細菌侵入 | 虫垂の閉塞と感染 |
| 痛みの部位 | 左下腹部(右側もあり) | 右下腹部(マックバーニー点) |
| 治療 | 抗菌薬+絶食で安静(多くは内科治療) | 軽症は抗菌薬、重症は手術 |
| 再発 | 約2〜3割が再発 | 抗菌薬で散らすと再発率10〜30% |
| 根治法 | 生活改善で再発予防 | 手術で根治 |
| 合併症 | 穿孔・膿瘍・出血 | 穿孔・膿瘍・腹膜炎 |
症状は似ていても、「再発するかどうか」「手術が必要か」という点で大きく異なります。
虫垂炎は切除すれば二度と起こりませんが、憩室炎は腸管全体に憩室が残るため、再発のリスクが続きます。
標準治療の流れ
(1)軽症〜中等症(外来または短期入院)
・絶食または低残渣食で腸を安静に
・経口または点滴抗菌薬
・発熱・痛みが落ち着いたら食事再開
よく使われる抗菌薬
・フロモックス(セフカペンピボキシル):グラム陰性菌に広く作用
・クラビット+フラジール:嫌気性菌をカバー
・オーグメンチン:嫌気性菌も含む広域スペクトラム
※虫垂炎で“抗菌薬で散らす”治療にも同様の組み合わせが使われます。
両者とも大腸菌・バクテロイデス属など腸内細菌叢に対する抗菌活性が必要だからです。
(2)重症例
・絶食・輸液管理
・点滴抗菌薬(セフォゾプラン、ゾシン、メロペネムなど)
・膿瘍形成時はドレナージ
・穿孔・腹膜炎では外科手術が必要
再発予防と生活改善
治療で炎症が治まっても、憩室は消えません。
再発予防には「便通のコントロール」が何より大切です。
再発を防ぐポイント
・食物繊維をしっかり摂る(野菜・果物・豆類・海藻)
・水分を十分に取る
・便秘を放置しない
・NSAIDs(ロキソニンなど)の多用を避ける
・適度な運動
整腸剤(ミヤBM®・ビオフェルミンR®など)も、腸内フローラを整える目的でよく併用されます。
「ペンタサ(メサラジン)」は使われるのか?
ペンタサ(メサラジン)は、潰瘍性大腸炎・クローン病などの炎症性腸疾患(IBD)に使われる薬です。
これらは腸粘膜そのものに免疫的な炎症が起きる病気で、ペンタサはその局所的な抗炎症作用で症状を抑えます。
なぜ憩室炎に使われたのか?
憩室炎も「腸粘膜の炎症」であるため、理論上はペンタサのような抗炎症薬が効く可能性があるのでは?
という考えから、2000年代にヨーロッパを中心に研究が行われました。
一部の小規模研究では「再発を減らした」という報告もありましたが、
その後の大規模試験(Stollman N. Gastroenterology, 2013など)では有効性を示せなかったことが確認されています。
ガイドラインでの扱い
日本消化器病学会『大腸憩室症の診療ガイドライン2021』では、
「5-ASA(メサラジン)製剤の使用は推奨されない(エビデンスが不足している)」
と明記されています。
つまり、標準治療ではないということです。
実臨床では?
抗菌薬治療後にも炎症がくすぶる患者や、慢性的な腹部不快感が続く患者に対して、
医師の裁量で適応外使用として処方されることがあります。
しかしこれは「潰瘍性大腸炎のような持続性炎症を伴う特殊ケース」であり、
一般的な憩室炎では第一選択ではありません。
注意点
・保険適応:潰瘍性大腸炎・クローン病のみ
・憩室炎での使用:適応外(エビデンス不足)
・効果:明確な再発予防効果は証明されず
・使用例:慢性憩室炎・SUDD(症候性憩室疾患)など一部例外的に使用
盲腸(虫垂炎)との関係性
ここで改めて、盲腸(虫垂炎)と大腸憩室炎を比較してみましょう。
どちらも「腸内細菌による炎症」ですが、治療のゴールが違うことが分かります。
| 項目 | 大腸憩室炎 | 虫垂炎(盲腸) |
|---|---|---|
| 原因 | 憩室内への便・細菌の侵入 | 虫垂内閉塞・感染 |
| 主な治療 | 抗菌薬+絶食・食事療法 | 抗菌薬 or 手術 |
| 抗菌薬の種類 | クラビット+フラジール/オーグメンチンなど | 同系統(同じ菌種をカバー) |
| 手術の必要性 | 穿孔や膿瘍時 | 穿孔例・再発例では原則手術 |
| 再発 | 多い(2〜3割) | 手術後はなし |
| ペンタサ | 効果不明・適応外 | 使用しない |
「盲腸を薬で散らす」という保存的治療は、近年確立されつつあります。
実際、虫垂炎でも穿孔がなければ抗菌薬のみで治癒する例が増えています。
この点では、大腸憩室炎と似た治療アプローチです。
ただし、虫垂は再発すれば再び炎症を起こすため、最終的に手術になるケースも少なくありません。
薬剤師としてのポイント
・憩室炎も虫垂炎も抗菌薬の服用継続が非常に重要。途中でやめると再燃する。
・鎮痛剤はアセトアミノフェンを選択。NSAIDsは避ける。
・抗菌薬治療後は整腸剤や食物繊維摂取で腸内環境を回復させる。
・ペンタサは「腸の炎症に効く」として誤用されやすいが、適応疾患が異なることを説明する。
結語
盲腸(虫垂炎)と大腸憩室炎は、症状が似ていても発生部位・再発性・治療方針がまったく違う病気です。
いずれも抗菌薬で治ることがありますが、憩室炎では生活習慣改善や再発予防が欠かせません。
また、「ペンタサが憩室炎に効く」という情報はかつての研究から生まれたものですが、
科学的根拠は乏しく、標準治療には含まれません。
もし憩室炎を繰り返す場合は、食物繊維・便通改善・NSAIDs回避といった基本的な管理が最も効果的です。
薬ではなく、腸をいたわる生活そのものが最大の治療といえるでしょう。




